第23回『コスモス』
私が4歳のとき、一家5人は、
突然、父の実家を出て引っ越した。
小さなトラックの荷台に揺られて着いた先は、
8畳一間の間借り。
母は井戸端に置いた七輪ひとつで、
一家5人の3食を賄った。
その生活は3か月で終わり、
川沿いの一軒家に移ることになった。
移った先の家は、
わずかに2間しかないが、台所もついていて、
庭から丸見えのとってつけたような風呂まであった。
真っ黒の庭土、そして植え込み。
植え込みの内側で、色鮮やかに茂る花があった。
私はその花に引き寄せられた。
私の背丈近くもある花は、微かに揺れ、
何かを語りかけてくれていた。
大きな安堵が心の中に広がっていく。
私は母を振り返って聞いた。
「これも、僕たちのもの?」
「あ、コスモスが咲いてる! そうだよ!」
母の笑顔が嬉しかった。
私は『コスモス』に抱かれるように、
いつまでも立ち尽くしていた。
コスモス、コスモス、コスモス、コスモス……。
君を忘れない。
コスモス、コスモス。
(2019年10月14日)