第31回『椿』
知らなかったのだ
君が椿だったということを
そう、知らなかったのだ
ずっとずっと前から、
君がすぐそばにいたことを
気付かずにいたとはいえ、
何の気遣いもせず
傍若無人に振る舞っていた
君は揺るぎのない存在感で
そこにいた
小鳥達に憩いの場を与え、
夏の盛りに
日陰を作って人を休ませ、
それが
君の仕事なのだとばかり思ってきた
紅色の花を、
朝陽の中に見つけたとき
僕は一瞬、息が止まった
深い感慨に襲われ
身動きできなくなった
TSUBAKIという生命を、
たった1つのかけがえのない命を、
君はこんなにも美しく
生きていたのだ
僕はなぜか
己の驕りに恥ずかしさを覚え、
ただ祈るように、
すがるように、
いつまでも
その紅色を見つめていた
〈 撮影場所: 玄関前 〉