
本当に本当に、胸がいっぱいになる、3時間半でした。そして、心から、楽しかったです。
2025年12月21日。なのはなファミリーウインターコンサートを、勝央文化ホールで行ないました。
今回、私は初めて役者という立場で、コンサートに出させてもらって、役者として舞台に立ちました。人生で初めて、舞台でセリフを言うということ。多くのお客さんを前にして、自分を表現すること。舞台の上でスポットライトを浴びて、思いっきり、自分の口から自分の言葉を言う。その役になり切って、その役として、ステージに立つこと。すべてが私にとって初めてでした。
演劇なんてやったことがない。何もわからない。そこからスタートしました。正直、不安でいっぱいでした。自分が演劇をできる自信がありませんでした。舞台に立つこと、なのはなのコンサートで役者としてステージに立つ自信がありませんでした。でも、私は独りぼっちじゃありませんでした。一人でコンサートを作っていくんじゃない。みんなで作っていく。何もわからない私に、お父さん、お母さん、なおちゃん、あゆちゃん。たくさんたくさん、教えてくださる人たちがいました。そして、なおちゃんをはじめとする、そなちゃん、あやちゃんと、毎日一緒に演劇練習を積み重ねました。
きっと一人ではここまで来ることは決してできなかったと思います。一緒に立ち向かってくれる仲間がいる。正しいほうへと導いてくださる人たちがいる。そして、大きな家族があって、手を取り合って、一体となれる人たちがいるからこそ、私はその中で、お父さんお母さんが導いてくれる道へと、おびえず、くじけず、まっすぐに進んでいくことができた、と感じます。
本番は一瞬でした。本当に、数分のように感じました。お父さんお母さんが、
「本番は泣いても笑っても、本番。それは一瞬であって、本番まで練習するその過程が大切なんだ。その過程の、残滓みたいなものが、今日なんだ」
と、おっしゃっていました。その言葉にぐっと、胸を刺されるものがありました。
コンサート練習。毎日毎日、演劇練習を積み重ねました。お父さんや、なおちゃんが演劇練習を見てくださって、たくさん教えてくださいました。その中でものすごく学ぶものがありました。ただひたすらに演技をしていても、お客さんには何も伝わらない。自分がどうしたいの? お客さんに伝えたいの? この脚本に感動してる? 何をどこを、どう伝えたいのか。気持ちがないと何も伝わらないんだ。すべてのセリフに感情を持つ。そして、舞台の上で常に輝き続けること。どんな表情も、見せる。そして輝く。お父さんと演劇練習をする中で、自分の演じる「ゆめの」が、どんな子なのか、どういう考えをもっているのかが、はっきり見えてきました。
「ゆめの」は引きこもりだけど、ちゃんと生きたい。この世の中を変えたい。自分の意思がはっきりある子なんだ、と。もちろんくじけそうにもなりました。でも、そんなときは、手を取ってくれる仲間がすぐそばにいました。あゆちゃんが、
「ゆうなちゃんは、本当はまじめに生きたいんだよ。なのはなにいるみんなもそう。だから摂食障害になって、ここにいるんだ」
と私にくれた言葉。その時、
「私もゆめのと一緒なんだ。そしてなのはなにいるみんなも、ゆめのと同じ。『ちゃんと生きられると思えない』というセリフから、この舞台を通して『これからはちゃんと生きていくことにする』と言うまでになる、ゆめのの成長は、みんながなのはなで成長させてもらった過程と同じなんだ」
と、強く感じました。私はその言葉を、みんなの気持ちを代弁して言わせてもらっているんだ。ここでくじけるとか、あきらめるとか、絶対にしたくなくて、なのはなに出会って、生きることができた、ここまで来ることができた、その過程を、舞台で表現するんだ。って。まっすぐに進んでいこうって、強く思いました。
そして、私はなおちゃんと一緒に演劇練習ができて、本当に楽しかったです。たくさんの優しい気持ちをもらいました。なおちゃんは絶対に誰かを置いてきぼりにすることはありませんでした。誰かが、困っていたら、絶対に一緒になって悩んでくれます。ここではどういう動きをしたらいいか? どういう風にこのセリフを言ったらいいか? なおちゃんが一緒になって考えてくれて、一緒になって演技をしてくれました。誰かを思って人のために演技をできる、その、なおちゃんの姿が本当にかっこよくて、すごく、輝いていました。なおちゃんは演劇が大好きなんだ、と。そんななおちゃんと一緒にいると、自分も、いつの間にか、ものすごく演劇が大好きになっていました。
なおちゃんの演技は、本当にすごいです。表情がころころ変わり、常にその人になり切っている。どんな時もお客さんに伝えることを忘れない。私と比べ物にならないくらい、舞台の上で輝いていました。手相見妖怪として。でも、そんななおちゃんと一緒に演劇をしていると、一緒に舞台に立っていると、その姿から、沢山のことを教えてもらいました。そして、わたしもなおちゃんのように表現するんだ、という強い気持ちをもらいました。
なおちゃん演じる手相見妖怪からの目線のバトン。深い気持ちがものすごく伝わってきました。自分の、
「これからはちゃんと生きていくことにする」
というセリフの前に、なおちゃんからの目線のバトンがありました。その時のなおちゃんの強い視線。ぐっと自分の胸にくるものがありました。なおちゃんの力強い演技。そして優しい演技。すべてが自分の心に響きました。なおちゃんが一緒に演技をしてくれたからこそ、今の自分がある。お父さん、お母さん、なおちゃん、あゆちゃん、演劇を見てくださってたくさんのことを教えてくださって、そして、なのはなのみんなと一緒にコンサートに向かって、進んでいく、そんな家族に囲まれていたからこそ、私はここまで来ることができました。私はコンサートを通して、改めて、なのはなにきて、なのはなのお父さんお母さん、そして大切な家族に出会えたことが、どれほど幸せなことか、心から実感しました。
実際に舞台に立って、客席にいるお客さんに表現することは、本当に楽しかったです。もちろん緊張もしましたが、それ以上に、みんなをたくさん感じられて、胸がいっぱいになりました。
初めの曲、『ボヘミアン・ラプソディー』。
お客さんに、
「これから、なのはなのコンサートが始まりますよ。最後まで楽しんでいってくださいね」
という気持ちを表現すること。誰一人として欠けてはいけない。大きな円を作るのも、隊列移動をするのも、誰一人、欠けてはいけないし、違う位置に一人でも立ってしまったら、違ったものになってしまう。一人ひとりの存在がものすごく大きい。
コンサート直前まで場ミリを確認しました。本番、一人ひとりがそのことを意識している、そして一体になろうとしている。それをものすごく感じました。
そして、ももかちゃんがリフトで上がった時、大きな歓声と拍手がありました。その空気だけで本当に涙があふれそうになりました。自分たちの伝えるものがお客さんに届く、それがどれほど、うれしいものかが、ものすごくよくわかりました。
お客さんの拍手は、沢山ありました。ゆめの、じゅり、ちのの3人で妖怪たちをやっつけに行く。いい結果が出なくてもいいから、この世の中を少しでも変えたいんだ。そのことをお客さんに伝えた後で、「ねこ、やめないよ」で決めポーズをした時、拍手がありました。ねこが帰ってきた時の反応も、ゆめのの強いセリフも、店員に見つかった時の動きも、たくさん練習してきたシーン。私ひとりじゃない。一緒に来てくれる仲間がいる。3人がやっと一体になるシーンでお客さんから拍手をいただけて、すごくうれしかったです。
そして何より、リトル・トリーのシーンで拍手をたくさんもらえたことが、本当にうれしかったです。ゆめのが、
「どうして豊かな暮らしができるのか」
そう聞いたときにリトル・トリーは、
「おじいちゃんが、山の木のことを、全部、知ってるからだよ」
と伝える。リトル・トリーが大好きでで、ずっとあこがれていた、そのリトル・トリーの口から教えてもらうその瞬間。お客さんから大きな拍手がありました。コンサート直前に少し動きを変えたシーンで、リトル・トリーえお演じる、まりかちゃんもきっと不安もあったと思います。でも、リトル・トリーとして、大きな声で、間をおいてお客さんにしっかりと伝えた、あの瞬間。本当に自分の胸に響きました。リトル・トリーに会うことができた、その喜びが本当にあふれてきて、胸がいっぱいになりました。
そして、「I kin ye」のシーン。
幸せは過去に向かってしか使わない言葉。そして、理解し合うことが愛情なんだ。理解し合う日々を1日1日積み重ねることが、幸せになることだ。
そのシーンは私も、本当に大好きなシーンでした。なのはなに来て教えてもらったこと。それがいっぱい詰まっているシーンでした。お客さんから大きな拍手があって、お客さんにちゃんと伝わったんだって、心から感じました。理解し合うことがどれほど大切なことか。今は人と人とが向き合えていない、共感できていない、分かり合えていないということばかり。誰もが理解し合う、共感しあう、それが本当の愛情なんだ。本当の幸せなんだって、お客さんに強く伝えることができて、自分たちの役割が果たされたような、喜びがありました。
当日の午前中まで、出はけの練習をしました。
今、どのようなシーンをやっているのか。そのシーンを思って、移り変わる次のシーンはどんな色か。一人ひとりの気持ちがないと、お客さんには伝わらない。
自分が、「ちゃんと生きられると思えない」そう言った時に、ザッとみんなが『Don’t Try So Hard』で出てきてくれる時、いつも以上に、「大丈夫だよ」「そんなに頑張らなくていいんだよ」という気持ちが伝わってくる感覚があって、ゆめのの傷や、辛さを癒してくれるように感じました。その時、なのはなにきて、お父さんお母さんに、自分が何もできてなくてもいい。大丈夫。いてくれるだけでうれしい。と自分の存在を認めてもらったときの、癒しがよみがえってきて、そのことが本当にありがたくて、幸せなことだって強く実感しました。
猫ファミリーのシーンの後の『Cool Cat』。天国の後の『The Miracle』。リトル・トリーの、「おじいちゃんは全部知っているんだ」と言った後の『O Vai』。未来世界の前の『Bad Habits』。
劇と劇をつないでくれるダンサーのみんなが、そしてアンサンブルのみんなが、そのシーンの人になり切ったり、そのシーンの最後の言葉を大切にして、その言葉を思って出てきてくれて、それがものすごく舞台袖から見ていると伝わってきて。そんなダンスと、劇が、重なって、よりお客さんに伝わるものがあるんだ、と実感しました。
お父さんから、ダンスでもコーラスでも演劇でも、楽器演奏でも、教えてもらうことがあります。それは、何よりも気持ちが一番大切だ、ということ。どんなにうまくても気持ちがなかったら何も伝わらない。何が言いたいのかわからない。へたくそでも、できなくても、お客さんにこれを伝えたい、ここを強く言いたい、そういう強い気持ちがあったら、お客さんに深く届くんだ、と。
なのはなの舞台に立つみんなは、同じことを思って、強くそういう意思をもって立っています。だからこそ、深く届くものが、やっている私たちにも、見ているお客さんにもあるんだって感じます。
舞台はみんなでつくるもの。コンサートの前日に、お父さんお母さんがそう言っていました。
ここまで来たのも、自分一人じゃない。コンサート当日も、そのステージを作るのは私ひとりじゃない。みんなの力があって、このコンサートがあるんだ、と。
「誰かの小さなスーパーマンになる」という目標の週がありました。本当に全員が、全員のスーパーマンであったと感じます。劇をつないでくれるダンスがあるから、演劇が成り立つ。ダンスをつなぐ劇があるからダンスができる。曲を演奏するバンド。コーラス。照明、ピンスポットの切り替えを常にしてくれている方。写真や映像を撮って、DVDを作ってくださる方たちがいる。常に音響を調整してくださっている。
そして、舞台袖では必ず誰かが早着替えをしている。早着替えをして次のステージに向かっている。それを支える人がいる。私は主要役者でほとんど着替えはないのですが、一度だけ、早着替えがあります。それは『Awake』の最中に、白のデコチューに着替える早着替え。かなりの戦いです。一つ間違えたり、失敗があると絶対に間に合わない。でも、それを支えてくれる仲間がいました。
主要役者のメンバー以外は『Born For This』への着替えがある。けど、私たちの早着替えを助けてくれました。私のヘルプに入ってくれるのはみつきちゃんだったのですが、黄色い鬼の恰好(着替え途中)で、服の着替え、マイクのセット、身なりのチェックまで、一緒にやってくれて、私は次の舞台に立つことができました。
きっと自分一人では間に合わない。でも、手伝ってくれる、繋いでくれる仲間がいるから、できるんだ。本番でも、通し練習でも、困っている人がいたら絶対に助けてくれる仲間がいます。突然のハプニングが起きたとしても、絶対に乗り越えられる。みんながいるから大丈夫だって、強く感じます。そういう風に感じられるのは、本当に舞台に立つみんなが一体となって、一つとなって、お客さんに伝えたいことを伝えているからだと思います。
今回、主要役者として舞台に立たせてもらって、お客さんに表現する、そのことが本当に気持ちが良くて楽しいことなんだ、と強く感じました。自分の言葉が、客席の奥まで響き渡る瞬間。スポットライトの中で思い切り、ゆめのとして演じる瞬間。お客さんからの笑い声、歓声、拍手があって、伝えるものが次々に伝わっていく、瞬間。すべてが私にとって宝物で特別なものでした。
自分を表現することが怖かった。多くの人の前に立つことさえできなかった。セリフを言う? 大きな声を出す? 表情をお客さんに見せる? 私にはできない。「ちゃんと生きていきたい」けど、できない私が、嫌だった。憎らしかった。だけど、私はなのはなにきて、180度変わりました。何も怖くない。恥ずかしくない。表現するのも、ステージに立つのも、何も怖くない。そして、「自分はちゃんと生きていっていいんだ」と思うことができた。なのはなにきて、正しい道を教えてもらって、何のために生きているのか、ちゃんと生きるということがどういうことなのか。その道に自分が進んでいいんだって、強く感じることができました。そして、この舞台でそのことを、表現できたことが、本当に本当に、うれしかったです。なのはなにくることができた、そしてお父さんお母さん、仲間に出会って今ここにいられることが、今の自分を思いっきり、舞台の上で表現できたことが、幸せでした。理解し合う仲間に出会ったからこそ、今の自分があるって感じます。
私は、こんなにも、自分を表現することが楽しいことだったんだ、と初めて気が付きました。
自分は、今まで、軽い人生を送ってきました。軽くて浅いコミュニケーションばかりを取ってきて、点と点の会話しかできなくて。そんな自分が嫌でした。ものすごく変えたかったです。
でも演劇をする中で、初めて深い感情を知りました。浅い感情のまま演技しても、浅い気持ちしかお客さんには伝わらない。深いところでお客さんに届けるためには、自分が深くて、強い、役の感情を知らなければいけませんでした。
演劇をする中で、自分を捨てて演技することがいつの間にかものすごく楽しいものへと変わっていました。何かの役になり切ること。深いところで解釈をして、深いところで演じる。ゆめのとして演じ、劇の中で、妖怪や閻魔大王、未来の人、リトル・トリーなどたくさんの人たちに出会って。その瞬間が本当に楽しくて、幸せの時間でした。毎日の演劇練習が楽しくてたまらないものになっていました。本当に、今までの自分とは、まるで違って、初めての感情でした。練習すればするするだけ、徐々に慣れてきて、そのシーンが良いものへと変わっていく、本当にうれしかったです。努力することが、自分を磨いていくことが本当に楽しかったです。
コンサートを迎えるうえで、多くの家族に囲まれました。なのはなの卒業生が次々と帰ってきてくれました。
竹内さんや、中嶌さん、相川さん、正田さん、大竹さん、など、コンサートをやる上でたくさんの方々が協力してくださいました。そして、照明、カメラ、台所など、沢山手伝ってくださって。本当に、自分一人ではできないコンサート。多くの方の支えがあって、できる。一人ひとりの存在が大きくて大切で。多くの方が集まって、ホールは暖かい空気で包まれました。その空気の中にいられたことが、本当に幸せでした。
大切な家族と日々の練習を積み重ねる日々。そして本番、幕が開く前の緊張感。みんなで「エイエイオー!」と、言った瞬間。主要役者の4人で肩を組んで「頑張るぞ!!」と言った瞬間。お客さんからの温かい拍手があって、その瞬間、あたたかい空気で舞台が包まれて。終わった後、みんなが抱き合って喜び合って。お父さんお母さん、そして見てくれていた卒業生や、地域の方々から「すごくよかった」と言ってもらえたこと。すべてが私にとって特別な、そして大切で宝物のような瞬間だって思います。きっと、私の一生に残る、大切な経験です。
コンサートは終わってしまったけど、私たちは決して終わらないです。私たちにお父さんお母さんが伝えてくれたものがあります。人は何のために生きているか。理解し合う日々を積み重ねること。そして、今回の脚本で初めて、自分の人生は自分で選んだものだということを知りました。摂食障害になることを、なのはなに来ることを、選んだのはすべて自分なんだ。摂食障害は、ずっと走り続けなければいけない病気。治り続けなければいけない病気。成長し続けなければいけない。その人生を私は選んだ。なのはなに来て、利他心を持つことを、まだ見ぬ誰かのために治ることを、選んだ。
自分が選んだ人生を、まっすぐに生きていこうって、心から思います。理解する、その癒しを、ほかの誰かにつなげていく。その役割を持って生まれてきた。その役割は私はやり通す――、『The Show Must Go On』で歌われているように。
なのはなに来てたくさん教えてもらったことを、私は次の誰かにつなげていく一人でありたいです。なのはなの一人として、摂食障害になった一人として、生きていきたいと心から感じます。なのはなに来る前の自分、軽くて浅くて、チャラチャラして、周りの人たちに流されて、何も考えず生きる。そんな自分をなのはなで変えて、お父さんお母さんのように利他的に、理解し合うことを広めていく、その一人になりたい。自分が生きる意味がここにあるって思います。魂磨きを続けていくこと。魂磨きのために生まれてきたこと。お父さんお母さんからのメッセージを自分のものにして、これからも進んでいきたいです。
お父さんお母さんが自分を「ゆめの」として、この脚本での役割をくれました。そのこともお父さんお母さんからのメッセージだと思います。ゆうなは、ゆめのの役を通して成長してほしい。お母さんから、その言葉を聞いたとき、私は、ものすごくうれしかったです。自分の成長を願って、この役を与えてくださった。そのことがどれほどありがたいことか。私はその言葉を聞いて、お父さんお母さんが望む、その道へ、突き進んでいきたいと心から感じました。
ゆめのは、ちゃんと生きたい、この世の中をもっと優しい世の中に変えたい気持ちを強く持っています。私よりもはるかに。でも、私はこの役を通して、ゆめの達と同じくらい、もっともっと強い気持ちを持ちたい。
ゆめのとして、旅する中で、
「魂磨きをすることが尊いこと」
「理解し合うことが愛情だということ」
「幸せは過去に向かって使う言葉だ、ということ」
「自分の人生は自分で選んで生まれてきたということ」
「私たちが求める未来はエネルギー問題も、貧しい国も、地球温暖化もすべて解決され、平和に穏やかに暮らしていること」
を知りました。時空を超えて、世界を超えて旅する中でたくさんの人に出会い、沢山の発見がありました。その新事実を、知った一人として、その事実を本当に実現していく一人になりたい。お客さんに伝え、世界に広める一人でありたい。コンサートが終わっても、ゆめのを演じることはやめない。ゆめのや、じゅり、手相見さんやちのたちと旅した、あの一瞬を、自分のものにして、世の中を変えていきたい。Kin NHFを作っていく一人でありたい。そう強く思います。
本当になのはなファミリーウィンターコンサートが、とても楽しい、そして私の一生に残るような、宝物のような時間でした。なのはなに来れて本当に良かった。お父さんお母さん、そして大切な家族に出会えて本当に良かった。私はこの喜びを、まだ見ぬ誰かにつなげていきます。これでおしまいじゃなくて、ここが始まりで、これから、私はコンサートで学んだことを、つなげていきます。なのはなの一人として。明日も頑張ろう!!!
【ウィンターコンサート2025 感想文集】
❖「“ゆめの”を演じて」 ゆうな
❖「初めての舞台、伝える側になれた喜び」 ここの
❖「良い生き方を求めることに誇りをもって」 ゆうは
❖「永遠になる一瞬をみんなと積み重ねながら」ほのか
❖「閻魔大王として舞台に立って」みゆ
❖「人間にはネコ的な要素が必要だということ」ななほ
❖「生きていく道標」まなか
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