
○主人公たちの苦しさ、生きづらさ
「生きていたくない、どうでもいい」
「誰かが攻撃してくるとは思わないけど、自分がちゃんと生きられるとも思えない」
それは、なのはなに来る前の私だと思いました。
生きていくのは苦しいこと。やりがいがない。自分が小さいころからずっと持っていた「何か違う」という気持ちが解消されない悲しさを、私の代わりに代弁してくれているように感じました。
理不尽な事件が毎日のように当たり前に報道されているのが怖くて、テレビが嫌いだった。授業で地球温暖化のことを習った時にも、本当に人が住めなくなってしまうのに、周りにいる人のだれもそのことについて危機感を持っていなかったり、行動しているが誰一人いなくて、自分が大人になった時に恐ろしいことが待っているような気がして怖かった。
戦争を知った時にも、おじいちゃんとかおばあちゃんが死んでしまったら、怖さを伝える人がいなくなって、大人になった人が絶対戦争を起こしてしまうんだろうと思って、怖かった。
生きなければいけないのなら、狼少女みたいに動物になりたい。遊牧民みたいに転々と移動しながらその場所その場所で暮らしたい。小さなころはそんなことばかり思っていました。本当に未来に希望を持てる要素が、なにひとつなかったと思います。
じゅりやゆめのが、そんな不安や苦しさを抱えたまま再会し、自分が思ってきたことに共感しあえるシーンで、いつも救われた気持ちになりました。
自分もなのはなファミリーに出会って、ずっと思っていた疑問やおかしいと思っていたことが正しいよと言ってもらえた気持ちと同じだと思いました。
○ネコ
今年の脚本の読み合わせで、「ネコ」という存在に驚きました。
ネコがいることでお互いの理解が深まる。側にいる人が温かい気持ちになる。
ただ黙って話を聞く。相手が何をしていて、何を考えているかを知って、共感する。
じゅりちゃんのように、いつも誰かに良かれの気持ちいっぱいでいるだけで、まわりにいる人たちが生きやすくなる。自分自身も気負うことなく生きていける。そのことに驚きました。
何が出来ても出来なくてもいい、と、なのはなファミリーで言ってもらっていたことは、こういうことだったのか、と新しく知りました。
どこかで、自分が難しいと思うところ、要領が悪いところ、不器用なところ、ついていけてないと感じてしまうところを感じる度に、自分は本当に皆の中にいて役に立つ人になれるんだろうかと苦しくなる気持ちがありました。
今年に入り、特に「ちゃんとしなきゃ」「分かる人にならなきゃ」「邪魔にならないように」そう思えば思うほど、辛くて頑張っても全然前に進まないように思いました。
私は自分のネコである部分を許せなかった……というか諦めてしまっていたと思います。
自分の存在を軽く考え、いてもいなくてもどちらでもいい人、代わりはいくらでもいるんだから、とりあえず今できることだけやっている、踏ん張る、頑張る、そんな風にマイナスな気持ちで皆の中で逃げ場をつくるような考えになってしまうところがあったと思います。
じゅりが、今まで植え付けられていた「こうでないければならない」という型を手放して、生きていける道をみつけられたように、なのはなで教えてもらう利他心を基盤にして、もっと自分の存在を許したいなと思いました。
じゅりちゃんの強さや、正義心、自分以外の誰かを思う優しさを思うたびに胸が熱くなります。
何かに追い立てられることなく、自分のやるべきことに自らずんずん進んでいくネコの姿は、私の希望になりました。
○「幸せ」は理解しあう日々の積み重ね
リトル・トリーのシーンが大好きです。
『オ・ヴァイ』を歌っている時にいつも、山の中へ向かうチェロキーたちと一緒に歩いている気持ちになりました。
おじいちゃん、おばあちゃん、リトル・トリーの関係が温かくて、これが家族なんだなと思います。
お互いのことをよく分かりあっていること、家族の中に役割があって、そのことに誇りをもっていること、大きな視野を持って物や命を大切にして生きていること。リトル・トリーを知れてよかったなと思いました。
白人たちが苦し紛れに言った、「モノが多いほうが幸せになれる」「大きな幸せを狙っている」というのは、なのはなに来る前に、周りの人が目指していた幸せだったなと思います。そもそも、「今が幸せ」と言いながら、どこか未来に幸せを目指してみんな動いていたと思います。
トレイルオブティアーズの話しを知り、そのチェロキー族の誇りの高さに心を打たれました。
見ている白人たちも自分たちのしていることの酷さに、涙した。そうやって誇り高く自分たちの意思や正義を持っていたら、心優しい人は気が付くことができるんだなとも思いました。
自然の中に自分たちが生かされているという感覚を持っている人はほとんどいなかったと思います。自分も大人になって苦しくなると、この地球がおかしくなって壊れる前に死んでしまいたいと、たくさん救われてきた山や川、空のことを思うと苦しくて罪悪感でいっぱいになりました。
そういう気持ちを誰かが汲んでくれていたか、分かってくれる人はいたかな、と思った時に、多分誰も分からなかったと思います。
愛は理解し、理解されること。自分がどれだけ愛に飢えていたんだろうと思います。
本当の幸せは、今なのはなで感じているこの尊くて温かい気持ちなんだなと思いました。
○死んだ後の世界
人は魂磨きをするために生きているのだから、どこへ行ってもそれは終わることはないんだなと思いました。
魂を磨くことだけが尊い。それは今こうして生活していてもそのままだなと思います。
感動するとき、誰かを見てちゃんと生きようと思えるときは、いつもその人が自分から離れて精一杯で動いているときだなと思います。
地獄も天国も現世も関係なく、魂磨きをする場所が違うだけなんだ。
そう思うと、皆が平等で誰も特別な人はいないんだなと思います。
魂がかえって行く場所、魂を見ていてくれる何者かを思うと、なにも怖くないなという気持ちになります。
○カードおやじ
カードを引いて人生を選ぶというのが、ものすごく嬉しかったです。
私はきっと、
「摂食障害になり、人の痛みが分かる、優しく強い人になる。本当の優しさが分かる1人になる」
というカードを引いたのだと思います。
苦しいのは誰のせい、というか苦しいのが当たり前すぎて、こういうものなんだと開き直っていたけれど、全ては魂磨きをするために自分が選んだ人生だったんだなと思ったら、本当にちゃんと今の自分の課題に向き合っていかなければ、いい魂磨きが出来ないなと思いました。
砂漠を歩く間、忘却の川へたどり着いた時、どんな気持ちだっただろう。次の人生をきっといいものにする、きっと一番いいカードを引いたと思って歩いていたんだろうと思います。
私の人生を選んだ私の勇気、覚悟に誇りをもって、今の人生を生きていきたいです。なによりも私自身が納得して一番満足できる人生にしなければ、いい魂に近づくことは出来ないのだろうなと思いました。
○KIN NHF
主人公たちが200年後の未来に行くシーンでは、自分の未来をぱっと照らしてもらえる気持ちなりました。
地球の問題が解決している未来、誰もが穏やかに過ごしている未来。自分では思い描いたことがない、どこまでも優しく温かい未来です。
なのはなに来なければ、たった1人で恐ろしい未来を想像するしかできなかったです。
未来を作っていくという志を持てたこと。そう言いあえる仲間が実際にいること。このことで、この脚本にある明るい未来を本当に信じられます。
そこに集まる誰もが、理解し、理解する関係。それは、自分がずっと求めていた場所だなと思います。
自分たちの生きていく道標が、この言葉だと思いました。
○コーラス係・マイクコーラス
コーラス係として動かせてもらいました。バンドではマイクコーラス、ボーカルをさせてもらう曲もありました。
歌うことって難しい! 声を楽器にするのって本当に難しい……! なのはなに来てから歌うという概念が変わっていっています。
お父さんやあゆちゃんに教えてもらいながら、歌い方を直していきました。
私の歌い方は、声を奥にひっこめてしまう癖があることを教えてもらった時に、「ああ、自分の気持ちとおんなじだな」と痛感しました。
正しく出そうと思うと、どんどん喉の奥に音が籠っていきます。とくにコーラスをするときの声はそうで、「レースのカーテンみたいに……バンドと調和するように……」と思えば思うほど声が小さくなり、自分の音が頭や耳のほうでぼわぼわと響くような音になっていたんだなと分かりました。
綺麗な声ってなんだろう。いいコーラスってなんだろう。恥ずかしいけれど、歌声について、こんなにちゃんと考えたことがなかったです。
正直まだ思考錯誤中なのですが、よくわかったのは、声がこもると気持ちもどんどん籠ることです。
意識して声を前にだしてコーラスをしてみたときに、驚いたのは他の音が今までよりずっとクリアに聞こえて、音やリズムがずっと取りやすくなりました。力んで籠っていると自分の音ばかりが聞こえてしまうんだなと思って、これは自分にこもるのと同じだなと思いました。
それと、理想をくっきり持つことの必要さを本当に感じました。
曲を細部まで緻密に聞き込むと、表現したい理想がこんなふうに見えてくるのだなと、未熟ながら思いました。
音楽は人と人との間にあるもの。自分の理想が緻密にあればあるほど、聞いている人が共感したり、心に届く部分が大きいのではないかなと思いました。
コーラス係として音入れや練習をするときも、イメージが細かくある部分は皆に伝えるのが上手くいったなと思います。逆に、自分がまだその部分のコーラスの効果を正しく分かっていなかったり、ざっくりと大枠で捉えて一音一音に意識がいっていないと、全体の声もただ音が鳴っているだけになってしまったなと思ったこともありました。
理想の持ち方、というのをこのコーラスを通じて、少しずつですが知っていけたかなと思います。
○コンサート当日
当日に向けて、卒業生やボランティアの方々がたくさんいらっしゃいました。
本番前のホワイトルームで食べる昼食が、一年の中で一番好きだなと思います。
こんな沢山の人に守られているんだ。自分もその中の一人なんだ。そう思うだけで涙が出てきます。
仲間のためにも、絶対に前を向いて進んでいかなければいけないな。といつも強く思います。
いざコンサートが始まると、お客さんの温かさに胸がいっぱいになりました。
今まで何度も通しをしてきて、物語と一緒に旅をしてきたのですが、最後が一番心に温かく落ちてくる感覚がしました。
1曲目の『Bohemian Rhapsody』から、会場がステージに吸い込まれていくのを感じました。
お客さんの心が動いているのを感じると、まだ1曲だけだけれど涙が出てきました。この曲をみんなで演奏できただけでも、この3か月間が全部自分の生きていく力に変わっていくのを感じました。
演奏を見たり、演劇を袖から見ている時に、一人ひとり同じ痛みを知っていて、ここで出会えたんだな、だからこの脚本が本当になるんだよな、と改めて思い、涙が出ました。
自分が脚本を読んで感じた気持ちを、そのままお客さんが受け取っていることが分かりました。
ラストシーンでゆめのが「I KIN YEだったわよね」と言ったとき、お客さんが何人も涙をぬぐいながら頷いてくださっているのを見たときに、ああ、この脚本がこのみんなで出来て本当に良かったなと改めて思いました。
コンサートに向かっていると、どこをとっても、仲間がいなければ完成しないのだなと思います。ひとりひとりがパーツになって、始めてこのステージで物語を伝えられるのだなと思うと、今いる皆のことも、自分のこともとても大切なものに感じました。
このコンサートが本当になるように、これから自分がやるべきこと、誰もが理解し合える場所を作るために生きていきたいです。
【ウィンターコンサート2025 感想文集】
❖「“ゆめの”を演じて」 ゆうな
❖「初めての舞台、伝える側になれた喜び」 ここの
❖「良い生き方を求めることに誇りをもって」 ゆうは
❖「永遠になる一瞬をみんなと積み重ねながら」ほのか
❖「閻魔大王として舞台に立って」みゆ
❖「人間にはネコ的な要素が必要だということ」ななほ
❖「生きていく道標」まなか
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