

私は、拒食と過食の症状がありますが、もしも1週間に限るとすれば、普通の食事量で過ごすこともできます。こんな私も摂食症なのでしょうか?
【お父さんの答え】

最近では、こういう女性が、増えていると思います。
では、ずっと拒食も過食もしないとできますか、といえばずっとはできないわけです。やっぱり、1週間と期間を決めているので、無理無理にでも我慢はできます、と言うことですね。
実は、その「1週間」の中身も、ちょっと怪しいなと私は思います。というのは、食欲中枢が壊れているので、1週間の食べる量を、厳密に事前に決めておいて、決めた量を食べるということだと思います。
だから、摂食症ではない人のように「お腹が空いたから食べよう」とか、「お腹がいっぱいになったから、もう要りません」ということができないでしょうね。
事前にちゃんと自分で決めておけばできるのでしょうが、応用は効かないはず。その都度、自分が適切な量はどのくらいか、タイムリーに分かるということは、難しいというかできないと思います。
これは立派な摂食症です。「1週間に限れば」と言ったところで、人生が1週間で終わるわけじゃないですし、我慢しているだけなので、必ず定期的に破綻します。
それと、よく言うんですが、仮に一時的に治ったふりができたとしても、心のなかまでは治ったふりはできないでしょうということなんですね。
ずっとずっと、寂しい気持ち、辛い気持ち、常に我慢をしながら生きていく気持ち。人が楽しんでいることを、楽しいとして味わえない気持ち――。
そういう心ですから、生きていることが楽しくも何ともないわけです。そして、普通の人が持っている喜怒哀楽の感情も、よく分からないままなんですね。
そういう意味で、手放しで自分の喜怒哀楽を味わったり、感じたり、出したりすることができないのが摂食症なのです。そういう精神的な状況が、物心ついた頃からずっと続いていて、自分にとってはそれが普通のことなので、おかしいことだとさえ思わない。
摂食症の症状が出る前から、実はずっと、楽しさは味わえていないはずです。おそらく、ずっと我慢しているという自覚もあるはずです。
喜怒哀楽の感情をよく知らないので、他の人もみんな我慢しながら生きているだけだろう、と思っているだけなのです。
摂食症から回復する、そのことの本質は、ちゃんと食べられるということではなくて、
我慢しながら生きる人生を離れて、信頼する人と出会って、安心して喜怒哀楽を味わい、その感情を人と共有することができるようになることです。
それができるようになったら、1週間だけ普通の食事ができるではなく、ずっと普通の食事ができるし、ストレスがあっても過食衝動が起きない心になっているはずです。拒食とか過食が止まるかどうかだけでなく、そういう心の正常化ができたかどうかが摂食症からの回復の本筋だ、と理解していただけたらと思います。
(2026年8月6日 掲載)





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