7月18日
〇お母さんと話してみよう
少し前、お母さんと話してみようの時間がありました。その日は、みんながダンス練習で、当番後の時間が空いている人がいなかったようで、まりのちゃんが、空いてますか、と声をかけてくれて、急遽、そなちゃんとお母さんと話してみように行かせてもらえることになり、とても嬉しかったです。
何を話そうかなと考えていたのですが、最近嬉しく感じていることを話しました。
人に送るもの用に名前を書いていることです。(のし)その中で、お父さんの名前も30枚ほど書いていました。お父さんの名前を書くなんて、普段ないことで、そして、何回も書けることがとても嬉しかったです。
お父さんの名前を書くたびに、癒された気持ちになり、心が落ち着きます。
特に最後のお父さんの「人」という字を書くたびに、どこまでも人と繋がり、人に寄り添い続けるお父さんのことが浮かんできて、嬉しくなったり、お父さんが好きだなと思います。
少しおごった言い方になってしまうかもしれないけど、自分の文字によって、お父さんや、なのはなへの印象の伝わり方が多少影響してくるのでは、と思って緊張していること。お父さんに見合った字を書きたい、ということ。形にこだわろうと思うと、細く、繊細な方によりがちだけど、細かったら、お父さんのイメージも弱くなってしまうように思えること。太く書こうと思っても、後でみたら、やっぱり細い。まだ、試行錯誤だけど、納得のいく、お父さんのイメージだ! と思えるような字が書きたい。書けるようにがんばりたいと思っていること。
たくさん話している中で、お母さんが凄く優しい目で話を聞いてくださって、一言一言に、うんうんとうなずいてくれて、さらに幸せな気持ちになりました。
話し終えた後、「字はその人を映すからね。」とお母さんが言いました。
自分の人格が見える。線の細さ、しっかりとした感じ。芯があるかないか、どっしりとかけているか、線一つひとつが表現で、自分が現れる書道がとても奥が深くて、趣深い世界だなと感じます。
その話の流れで、前々から疑問に思っていたことをお母さんに質問させてもらいました。
習い事の習字で、ボランティアで、生徒さんに教えていた時。私が持っていた資格では、中学生や小学生まで教えることができて、行く度に、生徒のみんなが、キラキラした目で呼んでくれたり、先生に会いたい! と言ってくれていたり、伝え方によって、字を書くのが楽しい、もっとうまくなりたい、という気持ちが高まっていたりするのが伝わってきて、嬉しい気持ちをもらっていたこと。
友達と会うと、どこかモヤモヤする、食べたい気持ちが出てきてしまうけれど、そのボランティアで教えている時は一切出なくて、教えるということだけに集中できていました。その時は、気持ちが凄く楽になったような、スッキリした感じがして、雑念がなくて、ずっと人と関わっていても疲れることがありませんでした。「これは利他心が関係していたのでしょうか?」と聞くと、お母さんが、「そうだと思うよ」「自分がどうありたくて、どういう字を書きたいかの理想を自分で持つ必要があって、かつ、それを人に教えるということが生きやすさ、利他心に通じるものがあったんだと思う」と、言葉は少し違うけれど話してくれました。
私は当時、ただ字を書くのが好きだから。こんなふうな字が美しくて、こんなふうに書きたいな、もっとこうしたら、綺麗だな、という気持ち一本だったけど、自分では無自覚だったけれど、そういうところが繋がっていたのか、と知りました。
お母さんが、その成功体験があるなら、そのことを元に、それを体現して、その時のように生きたらいいんだと教えてくれました。
「理屈じゃなくて、観念的に、その時の嬉しい気持ちとか、楽になった実体験などを元に生活を作っていったらいいんだよ」
と話してくださって、自分の取るスタンスが前よりも見えたような気がします。
生徒さんにどう思われるかとかじゃなくて、私はこれが理想だと思う、これが美しいと思う、と伝えていた時、生徒さんが喜んでくれた時、楽しいと思ってくれていた時の気持ち。そんなふうに自分はこう思う、こうありたい、こうなりたいという理想をしっかりもつこと、そしてそれを人に魅せる形、伝える形で生きたらいいのかなと思いました。
まだ、それをベースに生きるということが、完全に理解できたか分からないけれど、その時の気持ちをイメージして、生活してみようと思います。
また、ソーシャルフィールドで、医者をやりながら、習字教室をしてみたい、という話に対して、お母さんが「いいね! 採用!」と飛び切りの笑顔で言ってくれて嬉しかったです。
お母さんは、冗談を言っているんじゃなくて、この話も本気なんだよ、と話してくれて、全部のことに本気で、真剣なお母さんがとてもかっこいいなと思いました。私もそんなふうに両立したり、たくさんのことをして自分の幅を広げたりしながら働けたらいいな、と思いました。どちらもやって、たくさんいろんなことをして、人と関わって、幅をつけたいです。
また、お母さんのお話の中で、一枚岩で、誰にでも通用する自分、作らない自分。人に合わせない自分を作ることを教えてくださいました。内の自分と外の自分にギャップが無くて、かつ、人にも受け入れてもらえる自分を作っていくのが大切なのだと、思いました。課題だな、と思うので、意識してがんばりたいです。
そなちゃんと話す中で、そなちゃんが普段思っていることを聞かせてもらったり、そのことに対するお母さんの答えを聞いて、知らなかったことを教えてもらえたり、そなちゃんのことを今までより知れた気がして、嬉しかったです。お母さんと話してみようの時間をもらってから、そなちゃんとの距離が前より近づいたような、話しやすくなったような気がして、嬉しいです。
お父さんが、愛情とは理解だ、と教えてくれるのですが、(あぁこれがそういうことなのかな)と思いました。
お母さんと話してみようの時間の度に凄く元気をもらいます。また、その時、話忘れてしまったのですが、以前、お母さんに、「強くなりたい、とか、抽象的ではなくて、一つひとつの具体的な事、それぞれにどういう行動や気持ちが利他心なのか、具体的に積み重ねるんだ」と教えてもらってから、自分の中でパッと道が開けました。いつもありがとうございます。
一つ一つ具体的に、利他心を入れていきたいです。
