「いつかそうなる時はくる」 あや

7月4日

(少し前の話になってしまっています) 
〇いつかそうなる時はくる。
 少し質問しにくいな、話すのに勇気がいるなという話でした。(内容はふせますが)ドキドキしながらお父さんに相談すると、お父さんがすぐに受け入れてくれて、驚きとか、引いた感じとかが一切なくて、そういう自分もありのままに受け入れてもらって理解してもらっているように感じました。
 私は、やる気が強いこと。お父さんもやる気が強いこと。お父さんが同じだと話してくれて、それだけで自分が変なんじゃないかと思う気持ち、自分自身を軽蔑してしまう気持ちがどこかに消えました。そして、持っているやる気、意欲をいい方向に使うことを話してくれました。少し話すのに勇気がいる内容でしたが、お父さんに話せて、知っていただけて、より理解してもらえた、受け入れてもらえたという安心感が増しました。
 また、今までの挫折体験などは全部あてにならないから、挫折体験をもとに将来を描くのは違う、ということ、これからは全く違う人生を作っていくんだという気持ちを持つことを教えてもらいました。
 
 「オドオドしてしまう自分、対人関係が上手く取れない自分に対して、がんばって変えていく、通用するように変えていく、という気持ちでいいですか?」

 という質問に対しては、

「そうじゃない。特にがんばるわけでもなく、気づいたらそうなっているものだ」

 と話してくれました。「こんなふうになりたいな」「こんなふうに人間関係を取れるようになりたいな」と理想を描くこと。いつかポーンとそうなる日が来るから、明るく前向きに、理想を持って、今やるべきことに集中することが大切だと教えていただきました。理想の自分になるには少し長い道のりなんだな。でも、理想の自分になる時は絶対来る、と思うこと。
 お父さんも数年の間で、凄く変わったということを教えてもらいました。自分は変わったと思っていなくても、周りから変わったと言われる。その時には、自然とまた一段上の理想の自分を思い描いている。人はいつまでも成長できるし、変われる、それはいつの時も同じなんだと感じました。お父さんがそんなふうに変わってきた、と話してくださって、お父さんの言葉に希望をもらいました。
 もっともっとと高みを目指して、成長し続けるお父さんが、本当にかっこよくて尊敬します。私も、理想を持って、ただ、前向きにハツラツと過ごす。いつかそうなる時はくると信じて、目の前のこと一つひとつに取り組んでいきたいです。

〇自分を信じるということの意味
 夕食で、お父さんに聞いてみようの動画を見ました。「信じる人を見つける。次の師匠を見つける。そしたら、ずっと感じている寂しさ、悲しさはなくなる」という動画でした。
 質問者の「自分のことを信じられていない」という一文を聞いた時に、「私は、自分は信じられないけど、お父さんが信じてくれる自分は信じられる、という気持ちがあるけど、こういう自分の信じ方はあっているのだろうか?」と思って、またお父さんに聞いてみよう、と思っていたら、動画のお父さんがそのことも話していて驚きました。まるで自分の心を読んでもらっているようで、その場ですぐに答えをもらいました。摂食障害になってしまった人は、自分自身で自分を信じることはしばらくの間できないし、その必要はない。お父さん、お母さんを鏡にして、自分を信じる。この信じ方でよかったんだ、これが自分を信じる、ということなのか、と思いました。自分について、お父さん、お母さんを鏡にして、映す、ということを教えてもらっていたけれど、自分自身を信じるということもそうだったのか、と知りました。
 自分では、自分のことを信頼できません。懐疑的になったり、不安になったり、色々してしまいます。でもお父さんが大丈夫だと、かけてくれた言葉、やっていけるとくれた言葉、お父さんに映る、お父さんがいってくれる自分は、お父さんの言葉だから、お父さんが言った言葉だから、信じることができるなと思います。もっともっと、お父さん、お母さんを信じて、鏡にしていく。そして、私自身が発信者となれるように、自分を使って、探求していくように、自分が治る道、回復した道、を伝えられるくらい、作っていきたいです。