7月5日
今日、お母さんが話してくれた言葉を自分の中に全て吸収したいです。
夕食の時間に、YouTubeで、毎日投稿している「お父さんに聞いてみよう」の動画を、見ました。
今回の質問は
「可愛い犬や、猫、綺麗な花を“可愛い”“綺麗”だと感じる事ができない。以前はもっと楽しむことが出来ていたのか、それとも、昔からこうだったのか、それすら分かりません」
というものでした。
その事についてお父さんは、こんな風に話していました。
そういう状態というのは、摂食障害の症状がかなり進んだ人と言える。
自分の気持ちの辛さの極地、この辛さを感じないように、感じないようにと、どんどん自分で自分の感情を消してしまう。
喜びが高ければ、高いけど、悲しみは、その分大きい。
喜びの度合いが、低ければ、低いほど、悲しいも少なくて済む。
それと同じにように、嬉しさを感じさせないようにしている。
そしてその人は、子供の頃から、心に傷を負いながらも、周りの人に凄くサービスをしていた人。
我慢をして周りの人を傷つけないようにと、自分の気持ちを倍に持ってサービスをしていた。
それが、思春期になり、いざ親離れ中枢が働き、自分で自分の人生を作っていくとなっ時に、それまでやってきた苦労が何にもならなかった、と感じてしまう。
今まで自分は綺麗だと思い過ぎていたのかもしれない、叱られた時も、過度に受け止めすぎて辛い。
それならいっそ、もうプラスの感情を出すのはやめよう。
そうやって、何を見ても綺麗だと感じず、喜びも感じず生きていると、人生のテーマが痛みをどうやって耐えるかという事になってしまった。
もう、人生の楽しみを求めるのはやめた。自分はこの世からいつ消えても良い。そう本当に思ってしまった。
そういう人は昔の記憶がない、思い出せないという。
周りから見たら普通に育ってきているようで、この人にとっては辛すぎる過去でしかなかった。
でも、実際は、花を見て、綺麗だなと思えたりすることができていたけど、思春期になって、摂食症になって、この人の自分の優しさ、自分の迷いを受け止めてくれる人がどこにもいないと気づいたとき、絶望してしまった。
この世には、自分の痛みを分かってくれる人は誰1人もいないんじゃないか、と思った。
この宇宙で自分だけが1人ぽつんと取り残されているよう。
そう、思った日からこの人は、究極の苦しさを味わい続けている。
だから、可愛いとも、なんとも思わない、思えない。
でも、本当は、この人を救う道、救われる道がある。
感情を取り戻すことができる。
もし、自分の周りにそういう人がいたら、軽く考えないですぐに手を打ってあげた方がいい。
そう話していました。
その後に、お母さんが、真剣な眼差しで私たちに沢山言葉を伝えてくれました。
お父さんが最後に、自分の周りの人にそういう人がいたら、軽く考えないで、すぐにでも手を打つべきだと言ったように、決して、受け身でお父さんの話を聞いてはいけない。自分が助ける人になる。お父さんから教えてもらった言葉、自分の体験を踏まえて、その人に伝えていける人にならなくていけない。
ここにいる限り、ここで沢山経験しているのに、今初めて知りました、とか、1つの動画を見て、はい、もう私は分かりました。と思ってはいけない。
摂食障害を軽く見てはいけない。
伝える人、助ける人になっていなくて、受け身だったら、お父さんの話を何度聴いても、今初めて知りました、知らなかったです、になってしまう。
そうじゃない。私にも、ちゃんと責任がある。ここにいる責任ある。
治してもらう人、言われた通りにただただやる人になってはいけない。
お父さんだったらどうするか、お父さんの考えを、全て吸収して、ちゃんと自分で、自分を積み上げていく。誰かに自分の中身を積み上げてもらうのではない。
自分で、お父さん、お母さんの考えを全て吸収して、積み上げていく。
お父さんは、私たちのために、この世の中で苦しんでいる人のために、1人でも多くの人を救いたい、その気持ち一本でいつも動いている。
その気持ち一本で、ハウスミーテング、集合、YouTube、お父さんに聞いてみようのラジオ、お父さんの本………、色んな所から発信し続け、皆に伝え続けている。なのはなを信じて、お父さん、お母さんを信じて、全てを吸収していき、次の人に伝えていく使命が私にはある。
