「それが分っただけで」 のりこ

6月27日

 今日は父の日をみんなでお祝いできて、とても温かくて幸せな気持ちになりました。食事のコメントで、言えなかったので、日記に書きます。
 
 お父さんに出会えて、今まで知らなかった世界をたくさん見させてもらいました。こんなにも温かくて優しい世界があるということ、今その場に居られることにとても感謝しています。お父さんが、私のように引き受けるにはリスクの大きい人間でも、快く引き受けてくれて、今も迷惑ばかりかけていますが、見放さずにいてくれることを、とても感謝しています。お父さんのような心の広い人は他にはいないと思います。お父さんのように強い人も他にはいないと思います。そんなお父さんの娘になれて、そんな人が自分の師匠になってくれて、本当に有難いと思っています。

 今は嬉しい、楽しい、幸せだ、温かいなぁ、と思えることがたくさんあります。人生には、こんなに幸せがたくさんあるんだなぁと今になって気づきます。
 なのはなに来てやっと自分の居場所を見つけられたような気がします。なのはなに来るまでは、どこにも居場所がなく、引っ越しを繰り返し、旅に出ては自分の居場所を探していました。でもどこに行っても居場所はなく、それは周りの環境に原因があるのではなく、自分に原因があるから、どこに行っても自分からは逃れられないので、居場所がなかったんだと思います。人を求めながらも人と関わることが苦しく、猫に癒しを求め、最後は宗教の世界に自分の居場所を求めようとしました。でもそれは嘘だと分かっていながら、それでも宗教の世界が本物だと信じ込もうとしていました。今は、嘘なくここが本当の居場所だと確信を持つことができます。でも私は今でも自分のような人間がここに居てもいいのだろうか、という恐さが芽生えることがあります。恐くてたまらなくなることがあります。それでも、お父さんが私のことを信じてくれて、だから自分でも自分のことを信じてみようと思えることができます。

 お父さんが、利他的に生きる生き方を教えてくれました。私は、なのはなに来るまでは利己的そのものだったと思います。だから苦しかったのだと思います。利他的に生きれば苦しさから解放されて、生きることが怖くなくなるし、本当の幸せを感じられるのだと思います。私はまだ、苦しいと感じることがあります。利他的な心を、完全に自分の中に入れていかなければいけないと思います。
 
 なのはなに来て、初めて自分のことを本当に理解してもらえました。お父さんが私のことを理解してくれた時、自分が一番求めていたことは、深く理解してもらうことだったんだ、と気づきました。理解してもらえただけで、摂食症から治る勇気が持てたと思います。
 理解し、理解される関係、それが愛で、それが幸せだ、ということがすごくストンと自分の中に入り、それが分っただけで、本当に世界が開けたように明るい気持ちにさせてくれます。その言葉が、自分をすごく安心させてくれるし、理解し理解される関係がここにはあることが本当に幸せで有難いことだと思います。
 私は自分でも自分のことが分からず、得体のしれない恐ろしさを感じていました。でもお父さんが私のことを理解してくれるので、自分でも自分のことがだんだんわかってきました。

 今まで間違った生き方をしてきて、今でも間違いが抜けきらず、間違いだらけの考え、行動をしていると気付くことが多いです。それを一つずつ修正していかなければいけないと思っています。お父さんが、長い目で私が利他的な人間になることを待ってくれていることに本当に救われています。お父さんの優しさに甘えてばかりもいけないと思っています。お父さんのように広い心と強い心を持ち、お父さんの作った優しい世界を広めていきたいと思います。