6月25日
今日は25歳の誕生日でした。
高校生くらいから、もういつ死んでもいいなあ、なんで生きているのかなあと考え始めて、どうしてほかの人は何の疑問もなく生きていけるのだろうと思っていました。自分だけ何かが違うのだな、うまく生きられない人間なのだとつらくなって悲しくなりました。摂食症の症状や人格的な問題によって、周りの人や世間に対してたくさん迷惑をかけてしまいました。
なのはなファミリーにいさせてもらって、少しずつですが自分が生きている意味を理解できてきたように思います。私みたいな、依存が強くて利己的でどうしようもない人間も、真っすぐに利他的でいることで、よく生きられる。私が体現したら、救われる人がいるのだと思うと、生きている意味があると思えます。
毎日、過ごさせてもらう中で、ああ、生きるって難しいなと感じます。私の行動はまだまだ気が利かなくて杜撰で、うまくいかないことだらけです。それでも私が毎日小さな喜びを重ねて生きていけるのは、そういう私のダメなところも含めてみんなが許してくれて、受け入れてくれるからです。
だからこそ、甘えていたらいけないな、と思います。なのはなの外へ出たとして、それでもどこでも通用する人格をもった人にならないと生きていけない。
みんなが、食事のときあたたかい言葉をたくさんくれたことも、本当にうれしかったです。なっちゃんが、「いつも廊下ですれ違うとき、目をしっかり見ておはようございますと言ってくれてあたたかい気持ちになる」と言ってくれたことを聞いて、そんなに小さなことで喜びを感じてくれているのだと分かって、私もうれしくなりました。そんな、なんでもないようなことで、毎日が成り立っていて、なんでもないことが重なって生きる活力になっていること。大きな幸せを求めて、結局得られず絶望していた自分。小さな喜びを重ねて誰かと共有していく毎日が幸せだと、なのはなにいると実感できます。
みんなが書いてくれた黒板には、『倉太郎の黒焦げシーンと、甘味が出るんだのシーン』『唐辛子』『Stop this flame』『草刈り』『全力三姉妹』……私が大好きになったものであふれかえっていました。私が何を好きなのか、何に夢中なのかをこれだけ理解してくれている人が近くにいるのが、とてもうれしかったです。私が一人で好きなのではなくて、それを理解して、それが好きな私を受け入れてくれる仲間がいることが、うれしかったです。だから、私の大事なもの、大好きなものをこれからも大切にしたいし、それを仲間のために使えるようにならないと、と思いました。
なのはなに貢献できる、強くてたくましい人間になれるように、全力で頑張ります。今日はたくさんありがとうございました。
p.s.
正直お父さんお母さんからのコメントを聞くのがとても怖かったです笑。何を言われるのか……不安でした(不安になるような過ごし方をするな! ということですが……)。
私自身の自己評価としては、回復するにあたって自分の状況は良くない状況だと思っています。だから、本当のことを言うと、お父さんお母さんからもらった言葉がうれしいを通り越して、自分自身にかけられた言葉と自覚できないくらい、実感の湧かないものに感じています。
お父さんが言っていたように、これまで頑張ってきた方向を向いて動く世界と、利他心で動く世界は見え方が全然違って、狭いところから、もっとスケールの大きな、大事な見方に気づかされているように思います。私は、過去があるからつらかった。過去にこだわって、引きずって、すがろうとしていたから苦しかった。今いる人たちや、将来出会うだろう人に目を向けて、そのために生きるなら、強くなれるし前向きになれる。前を見て、たくましい人間に成長する。そういうふうに、解釈しました。
この一年、たくさん失敗してダメダメだったけど、それ以上に楽しかったなあという一年でした。お父さんお母さん、これからも私はできない人なので、ひねくれず拗ねないのでたくさん教えてほしいです。
草刈りも、大好きでまったく飽きないので、どんどんやります! ダンスもたくさん踊りたいしもっと笑顔が出せたらいいなあ。新しいことがたくさんできる一年にしたいなあ、謙虚に努力し頑張る一年にします。
