6月7日
あきこさん、かりんちゃん、ななちゃんと一緒に過ごせた時間が嬉しかったです。特に直接お話をしたりはしていないのですが、食事のコメントの時などに、なのはなの、一つの目標に向かって全員が気持ちを揃えていることや、ダンスの感想や活動のことなどを話してくれて、なのはなを暖かく思ってくれていることが伝わってきて、増々パワーをもらいました。また、いつかななちゃんのバレエ姿を見れる時や、一緒にステージを作れる時があったら嬉しいです。
〇生き方を。
今日はあゆちゃんにカノホナピリカイのダンスを見ていただきました。群舞ならではのフォーメーション移動の仕方、揃え方。溜めや緩急。魚が舞うように、一気にガッと広がること。チェンジの瞬間の大きな一歩、そこからキュッと小さくなり、フォーメーションを形作ること。同じフォーメーション移動でも、歩幅の違いで大きく変わって見えるのだろうな、と踊っていて感じました。その広がる時に、これからのよしえちゃんやしんやさんの未来や、進む世界、私たちの生きる未来、理想が目の前に見えるような移動でありたいです。
また、魚は敵への防御の1つとして集団で群れをなしているのであって、それは命がけだと話してくれました。みんなの中の安心に浸りすぎて、守ってもらう、ぬくぬくとした気持ちではダメだと話してくれました。お互いがお互いに命がけで守り合う。戦う強さが必要。ただ美しいだけでは完全ではなくて、いつでも、そこには強さが必要不可欠なのだと感じました。
この曲はゆったりとした曲だけど、意志の強さが大切で、自分たちがどう生きていくか、どんな世界を見て、理想として、見ていくかを表現する曲なのだと教えてもらいました。もちろん、お二人をお祝いする曲の一つであるけれど、もう一つ。私たちが目指す世界を、仲間になってくださったしんやさんに(私たちはここを理想として生きていきます。その世界に賛同してくださいますか。)という気持ちを(少し言葉が違っていてしまって、私が思っている意味で伝わるといいのですが)魅せるような気持ちで踊ることを教えてもらいました。利他的な世界を見て、自分たちがありたい世界を見て、その世界が見えるように踊りたいです。
〇結婚の意味
あゆちゃんが、誓いの言葉についての話もしてくれました。私は、誓いの言葉というと、結婚する人がお互いに「あなたを大切にします」「よそ見をせずに、生涯大切にします」という2人の中で完結されていて、そこだけの切り取られた空間、というイメージがありました。実際、そんなニュアンスで誓っている人も多いように感じます。でも、それは違ったことを今日気が付きました。
本当は、神様や、自分の一番近しい人に、「私はこの人をパートナーに選んで、人生を共にする理由はこれです。この人が新しい仲間になります。賛成してくれますか」と、この人と一緒になって、どう生きていくか、どう役割を果たしていくか、それを誓うのだと教えてもらいました。
結婚するって、パートナーと結ばれる、ってそういうことなんだ、と思いました。何か、果たしたい役割、向かっていきたい未来があって、それが一致する。その世界を見て、手を取って歩いていく。それが結婚なのか、と思いました。結婚するのは、ただお互いに好きだから、ずっと一緒にいたいから、ただそれだけの理由だと思っていました。でも、本当は違って、目的や向かう未来がないと、どこかで終わってしまう、飽きが来てしまう、前にあゆちゃんが話してくれたことが繋がりました。
結婚相手も仲間なんだ、と当たり前のようなことだけど、胸にストンと落ちる感じがしました。
そのことに気が付いて、よしえちゃんとしんやさんの進む未来を思いながらパフォーマンスしたい、と思いました。
〇ダンスをしている間は理想が現実になる。その言葉が胸に残っています。
自分がこうありたい。こんな未来でありたい。理想の世界を思い描くこと。ダンスの中では、それを表現していて、ダンスの中ではそれは現実になる、ということがとても嬉しい衝撃でした。理想の世界は、その世界に行かないと見えない、と思っていたけれど、その世界を表現している、その一瞬一瞬は実は存在していて、理想の中にいることになるんだ、と知りました。そして、人生はその一瞬一瞬の連続で生きて行けばいい。
今がどんなに未熟でも、「こうありたい。こんな自分になりたい」と思っていたら、そう思っている時点で、未熟だけど未熟じゃない。そんな自分になることを目指しているうちに、本物になっていく。本当に導かれるように、自分がなりたい、と思っている自分になっていくのだと思いました。自分はこんな人になるんだ、という意思を強くもって、どんなに未熟でもそれに近づけていく気持ちで向かいたいです。
考えればシンプルで、日常もダンスを踊る時と同じような心持ちを続けて、地にしていくことなのだと感じました。オンとオフの差を作りすぎて、ダンスが終わると一瞬で、今の地の自分に戻ってしまいます。ダンスの場は地を捨てる、演じる、という訓練の場でもあって、ダンスで掴んだその気持ちをいかに日常に反映させれるかなんだなと感じました。本当になのはなの活動は回復のために大切なことばかりなのだなと感じます。日常から見る世界を広く持って、ダンスでも表現できるように、そのダンスでの表現を人生に反映する気持ちで向かいたいです。
