「最終地点は同じ」 あや

5月11日

 今日、集合でお父さんが、卓球の試合の話をしてくださいました。「自分は優勝する人だ。優勝することは決まっていて、ただ今の目の前のことに全力で打ち込んでいたら、そうなる」と思っていると、欲がなくて、無心になって、綺麗なプレーができること。謙虚に向かっていて、雑念がないから、結果的にいい結果になること。
 勉強と同じだ、と思いました。
 お父さんのお話と最近、自分の中で実際に感じていたことに繋がりを感じました。
(神様が利他的な世界を作るのに、私がその道に必要だと思ったら、その道へ行く。違う道に私が存在していたほうが利他的な世界に繋がると思ったら、そっちの道へ行く。)
 これは、前向きな意味で書きますが、私は、利他的な世界を作るためのパーツの一つであること。どの道に行っても、利他的な世界を作るという最終地点は同じである。そう思ったら、気持ちが楽になって、深く集中することができたり、将来に対しての不安が消えていくのを感じました。また、(仕事をするなら、やっぱり医療の仕事をしたい。医療のことを学びたい)という欲が出てくると、なれなかった時の恐怖や不安が大きくなるのも感じていました。
 お父さんのお話と実体験とが重なって、とても自分の中にストンと入っていくように感じました。結果は求めない。欲は持たない。今、すべきことに100%集中する。それが結果として必然的に未来に繋がっていくのだなと思います。
 また、どっちに転んでも明るい未来があること。充実した未来があること。それを考えるとどんな未来も怖くないなと思います。勉強が自分の欲や利己的な部分との闘いだなと感じます。
 お父さんが、「まさに欲が出そうなことをしているでしょ」と笑っていってくれて、本当にその通りだなと思います。どれだけ、欲を捨てて、欲が出そうになってきた時は欲を抑えて、いつも謙虚に、首を垂れて過ごせるかだなと思います。欲に埋もれず、利他的な世界を作るパーツの一つとして、無心に打ち込みたいです。
 
 また、お父さんが、(自分は今はどうしようもないダメ人間だとしても、将来は素晴らしい人になっているんだ。今よりも凄い人になっているんだ)と未来の自分に焦点を置くことを教えてくださいました。そうすると単発的な狭い視野から抜け出て、広がりができることや、前向きな方を向けるのだなと感じました。今、私はできないことだらけで、自分のできなさに打ちひしがれそうになるけれど、そう考えて前向きに向かいたいなと思います。
 今日の集合のお話がとても嬉しかったです。