「お母さんが21歳だった時」 あや

3月20日

〇お母さんと話してみよう
(お母さんは、私と同じくらいの歳の時、どんな人だったんだろう)
 そんな知りたい疑問を前から密かに持っていました。いつかお母さんのお話を聞けたら嬉しいな、そんなふうに思っていました。私は今はもう21歳なのに、摂食症になってからずっと子供のまま。身体は大人なのに、傷ついた時から時が止まっているような、摂食症になった時から心だけがずっと大人になれないまま。楽観的になりたいし、責任をきちんと持てるようになりたい。強さも持ちたい。今の私は課題がたくさんあって、歪みも持ってしまっていて、日常生活でも21歳としての責任を果たせていると思えない。年齢相応のあるべき姿、果たすべき役割、生活に向かう姿勢。
 お母さんは、21歳の時、何を思って、どんな気持ちで、どんな風に感じて、どんな21歳だったのか知りたい。お母さんと話してみようの時間に、そんな質問をさせてもらいました。
 その時、お母さんは「見たことなかったかな?」と言って、奥からお母さんのアルバムを出してくださいました。お母さんの成人式の時の写真を見せていただいたことはあったけれど、今日見せてもらったのは初めて見るアルバムでした。
 ピンク色のアルバムはとても綺麗で、見せてもらう前からキラキラと、大切なものが詰まっているのを感じました。
 写真に写っていたのは、お母さんが21歳ごろの時、養護学校で働いていた時の写真でした。養護学校の生徒さんと活動しているお母さんは、凄く楽しそうで、キラキラしていて、21歳にして芯の強さ、守る人としての強さを凄く感じて、(この時がお母さんの21歳なんだ)と心に響くものを感じました。どの写真もキラキラしていて、美しくて、今のお母さんと同じお母さんでした。コンサートの舞台背景でも作られていたものそっくりのレンガの家や段ボールで作られた木のお家。段ボールには見えないクオリティで、どの背景も凄く素敵でした。この時からお母さんは、ずっとお母さんのままなんだなと思いました。
 お母さんが、謙虚でいること、人の上に立つのではなくて、同じ目線で見ること、同じ場所に立つことを話してくださいました。お母さんは、
「こうべを垂れるように謙虚に過ごすこと。あやたちは一度どん底に落ちたから、人の上に立ったり、上から目線になることはないと思うけど」
 と話してくださったけれど、どん底に落ちたとは言え、自分を守るために利己的な価値観を身につけて、利己的な価値観に埋もれて生活してきてしまったので、しっかりと心にとめて、自分で自分を制して、いつも謙虚の気持ち、こうべを垂れる気持ちで過ごさないと、簡単に踏み外してしまうと思いました。人の上に立つのではなく、同じ苦しさを感じている人と同じ目線で、謙虚にいたいです。
 お母さんはなっちゃんと出会って、謙虚に、地に足をつけて、ここまで歩いてくることができたんだと話してくれました。

 話の後、お母さんがくださった言葉は「今からだよ」「これからだよ」でした。その一言に、とても気持ちをすくってもらったような、心を軽くしてもらった感じがしました。感覚で感じたので、自分でもなんでそう感じたかは正確には分からないのですが、きっと、
(あぁ、今できていないことも、ダメだと思うことも、全てはこれから作っていけばいいもので、地道に、毎日誠実に過ごしていく中で少しずつでも前進していくことが大切なことなんだ)
(今がゴールではなくて、今はスタート。摂食症から回復して、やっと人生をスタートできるんだ。ここからがスタートでここから積み上げていくんだ)
 という気持ちを思ったからかなと思います。
 私は過去に固執して、過去をこねくり回して、ジャグリングしがちだけれど、1秒前も過去。失敗した時も、1分進めば私は未来にいる。1秒前の自分は過去のもので、過去の自分にこだわるのではなく、1秒前の自分より、今の自分のほうが良い自分になれた、失敗によって1秒前の自分とは違う自分になっている、そう思ったら、過去があるようでないものに感じてきました。昨日よりもいい自分で。1秒前よりもいい自分で。そんな自分であれるように過ごしたいです。

 私たちは、これから長い長い人生がまだたくさん待っている。何が起こるかも分からないし、その出来事がどう繋がっていくのかもまだ未知の世界。
 今日、お母さんがアルバムを見せてくださいながら話している時、本当に私たちはお母さんの子供なんだなと思いました。今日、お母さんが話してくださったように、私もこれからの人生の出来事をいつか、同じように誰かに話す時が来るんだろうな、と思いました。これから起こる出来事も、全部誰かに伝える材料で、繋がる材料で、その「誰か」が誰なのかはまだ見えない、まだ見ぬ誰かだけれど、今日お母さんが話してくださったように自分も伝える時が来る、と思うと、どんな未来もわくわくするような気持ちがしました。お母さんが、最後に、「これからの未来を作っていくのはお前たちだからね」「頼んだよ」と声をかけてくださいました。
 その言葉だけで、もっといい自分になろう、がんばろう、と前向きな気持ちになりました。守りを捨てて、次世代の精神的な基盤を作っていく1人として、あるべき自分でいたい。
 前向きに、お母さんが21歳だった時のように、過ごしたいです。