「もう挽回しなくてもいい」 えつこ

3月10日

 憑き物が落ちたような気持ちです。私はずっと、ボロボロにされた自尊心を挽回させるために利己的に生きてきたことが苦しかったです。でも、もう挽回しなくても良い、忘れても良いのだと思うと、安心の涙がぼろぼろと落ちてきました。

 ミーティングの後、力が抜けてぼーっとしてしまったけれど、夕食後のお父さんのお話を聞いて、また次に向かってのやる気がめらめらと湧きあがってきました。治してもらう人でいるのではなくて、治す側になることで自分も治ること。私はもう「してあげる側」としてしか生きたくないと思い、甘えの残りかすを、打ち捨てました。

 町民音楽祭が終わり、ミーティングが終わり、次は、26日の長寿者大学でのコンサートに向けて走り出しました。やるからには、もっと良い演奏にしたいと思い、夜のアンサンブル練習の前に、『ガラスの香り』の音源を5回聴きました。

 ミーティングのときにお父さんがおっしゃっていた、ひとつのパートだけを聴く、ということをしてみました。最初はバリトンサックス、次はソプラノサックス、その次はアルト、というように、最初から曲全体を聴くのではなく、ひとつひとつのパートだけに集中して聴いて、ひととおり聴いてから、全体を聴いてみました。
 そしたら、同じ曲なのに、聴こえ方が全く違いました。曲のなりたちをしっかりと知ると、こんなに立体的に聴こえるのかと、思いました。
 ここで一番に聴かせたい音はこれだ、そしてその音の効果を高めるためにこのパートのこの音があるのだ、というのがわかると、より音楽に夢中になり、もっと勉強するべきことがたくさんあることに気がつき、こんなに奥深い曲なのだと、より『ガラスの香り』が好きになりました。

 理想が分かると、私が今までうっすらと感じてきた、アンサンブル練習でリーダーをするときの腰が引けてしまう感じが、なくなり、頭にあるのは、未熟なりにも、みんなでこの曲を作りたいという気持ちだけでした。

 私は、さとみちゃんとのアンサンブル練習が大好きで、さとみちゃんがアンサンブルの楽しさを教えてくれて、私もさとみちゃんのように、その曲の奥深さ、楽器の奥深さを誰かに伝えられる人になりたいです。ずっとそういう気持ちがあったけれど、私には才能がないからという気持ちから、教わる側からなかなか抜けられませんでした。そういうスタンスでいるから、いつまでたっても、教わったことも自分のものにできずにいました。
 確かに、私はさとみちゃんみたいに耳は良くないし、誰よりも練習が必要だけれども、でも、これからは、教える側、してあげる側の気持ちで、これからのアンサンブルに向かいたいです。

 みんなに伝えられる人になるには、私には、もっともっともっと勉強が必要です。ここまでというゴールがなくて、無限に良いものを求めるのだと思うと、心がわくわくと踊りました。
 偉そうかもしれませんが、少しでも、誰かにプラスの何かを与えたいです。そんな気持ちで、私はいつも、アンサンブルに向かっています。