「脚本から気づいたこと」 ななほ

11月8日

 私は今回の脚本で、とても大切なことに気が付きました。

 それは、私には「ネコ要素がない」ということです。そして、これまで猫になりたいと思ってもなれなかったのは、私が自分が自分がになることで自分を守り、みんなの中の1人として生きられていなかったからでした。

 だから、苦しかったです。

 私は物心ついた時からずっと、ネコになることを怖いと思っていました。ネコになることを自分に許せない。ネコ的な家族に対して不安、焦り、怒りを感じてきて、だから私はちゃんとしないといけない、私まで猫になったら家族は壊れてしまうと思ってきました。そして今も、その延長をしていて何も変われていなかったです。

 本当は私がネコになっても、家族が壊れることもなかったと思います。

 そして今も、私はネコになり切れていないから、出すぎたり、やる気が行き過ぎたり、理想は高すぎて現実が付いていけず、イライラしたりしてしまったりし、そのせいで人間関係でバチバチしてしまうことが多いです。

 以前、お父さんに、

「ななほはとてもまじめでやる気はあるんだけれど、それが行き過ぎてしまうことがある。役に立ちたいと思うのは一見いいことのようだけれど、行き過ぎたら欲になってしまう。もっと、何も考えずにみんなの中でボーっとしていてもいいんじゃないかな。今は、ななほは良かれの気持ちで動いていても、それが空回りして、結果的にこの人に任せたいと思わせるような信頼をなくしてしまっているし、ななほの良さが失われているんじゃないかな」

 と言われたことがありました。

 その言葉が今、すごく身にしみてわかります。

 そして、この脚本を読む中で。そして、劇の中でネコさんが、

「私、これまでずっと役に立つ人にならなくちゃ、と焦っていて、いつも追いつめられていて、自分の思いとは反対に、いつも役に立たない邪魔な人になっていたと思う。私は、ずっとねこでいたほうが役に立つのかも」

 という台詞を聞いた時、ハッとしました。

 あ、私のことだと感じました。

 正直、ネコになるのは私にとってとても難しいです。

 それは私が、自分が自分がになっているからで、本当は自分から離れることさえできれば、簡単に上手にネコになれるんだろうなと思います。

 今の私はネコになろうとして演じることはできても、心の中で「本当はこうしたいのに」「本当は今、こうしないといけないのに」という焦りやイライラが出てしまい、それと葛藤しながらネコになっているけれど、本当に利他心になれたなら、その心のうちの葛藤もなくなり、もっと生きやすくなるんだろうなと思いました。

 そして、私はネコ要素を持たなければ、一生苦しいと思います。子どもを知らず知らず上から押し込めて、家庭を持っても家庭の中に上下の価値観を作り、温厚な家庭、穏やかで優しい人間関係は築けないだろうなと思います。

 どこで誰といてもどこかで自分が我慢するか、あるいは気持ちをどこかに逃がすか、自分の思いを押し通して人に迷惑をかけるかしかできないと思います。

 そして、将来に対する捉え方、自分がどんな人になりたいか、どんな希望を持ちたいかという考え方も少しずれてしまうと思います。それがずれたままだと、どんなに頑張っても、どんなに努力しても、自分自身に納得がいかない苦しさや虚しさ、「こんなはずじゃなかった」「こうだったら」という、手遅れ感や後悔が尾を引いてしまうと思います。

 だから、変わりたいです。そのことにこの脚本を通して改めて気が付きました。私の中では大きな気づきです。

 私が何かしなくても、案外うまく回ること。自分の考えが正しいというのは思い込みで、時には絶対だめだと思うような意見が良いこともある。

 もっと仲間を信じて、仲間を大切にします。

 自分から離れて、one of themで、なのはなファミリーの1人としての役割や動き、責任を考えていきたいです。