10月27日
心を動かされ、忘れられない1分間があります。
ボヘミアンラプソディのダンス練習で、上手、下手の二つの円とリフトになったとき、なるちゃんがリフトの頂上で踊っていた。
そのときのなるちゃんの曇りのない瞳。少し上目の希望ある目線。その場の空気に風を送って、あらん限りの力が指先まで込められていることを感じた。
人の肩の上はさぞ不安定なことだろうと思う。けれど、そのときのなるちゃんの顔はこの世のものとは思えないほど清々しく、壊れたおもちゃのような狂気感、アニメのようなキャラクターとしての存在感。人ではない何か、天使か悪魔かが憑依しているかのようにも見えた。
殻を破ること。一生懸命、やりすぎなくらいやって、それがちょうどよいのだと、あけみちゃんが教えてくれた。全力一生懸命が恥ずかしいのは、今まで持ってしまっていた苦しい価値観。どうせできないから、みたいな、そんなもの捨て去る。
『The show must go on』の和訳にもあるように、自分の役を「やりすぎた」と言われるほどにやり通して、舞台に立つ。
だから始終お休みは存在しないし、腹筋背筋も緩めない。役だって全力でやってみせる。ダンスでは固めた意思を表現する。
コーラス練習の際、まなかちゃんがAURORAの話をしてくれた。そのときの話が印象に残っており、その後調べてみた。
ノルウェーの森の中で育ち、一人で考えてじっと座っていること、ピアノをひくことが好きだったそう。
彼女はインタビューで、人前で歌うことは好きではないと話したらしい。本当は歌手になるつもりはなく、たまたま歌声が評価されたことがきっかけで、歌手になった。彼女は伝えるべきこと、今の世の中に必要なことを、神様から自分の身体、自分の口を通して発信しているだけなのだ、ということを知った。
世間からの評価とか、浅いところではなく本当に深いところで生きている彼女が素敵だと感じた。私もそんな風に、志高く、深いところで生きたい。
午後から、係作業で念願の照明台本作りに取り掛かりました。
今日はまず舞台背景の足場パイプなどをみんなで移動させてから、ミラクルの照明台本をエクセルに打ち込む作業をして、およそ8割方完成しました。自分がエクセルの使い方に慣れていないから、本来は短い時間で済むところを、ちょっと時間をかけてしまっていたなと思います。わからないところはかにちゃんに質問させてもらって、理解することができました。
歌詞をフォーマットに打ち込んで、その行間が合っているかあゆちゃんの歌を何度も繰り返しこま切れに聞きながら確認しました。歌詞の英単語を1から自分のパソコン上で打ち込むのは、まるでひとつひとつの歌詞を咀嚼しているようで、クイーンの世界にどっぷりと浸かる至福の時間でした。
歌を分解していく作業は、ダンスを踊る頭の中の整理にもなりました。
緻密に1行1行の歌詞と連動させてダンス、演奏の動きを書いていく作業が非常に面白く、時間が飛ぶように過ぎていきました。
『Bohemian rhapsody』も『The show must go on」も、深めれば深めるほど、その意味の深さ、重さに気づいていきます。
現実のなか息をしていることが苦しく、どこにいっても安心することができなくて、今まで罷り通ってきた囲いの中の正論も跳ね返ってもうどうにも、普通に生きることができなくなってしまった。ただ一生懸命、真面目に、正義感を持って大人になりたかっただけなのに、もう二度と来た道を引き返せない場所まで来てしまった。こんなはずじゃなかった。こうなるはずじゃなかったんだよ。
このような思いは、自分の中に確かに存在していて、それがBohemian Rhapsodyの中の思いと共鳴します。
気持ちをダンスで、表情で表現する。景色を自分も見て、その景色を映すような表現をする。お客さんとの間に、景色、物語を広げたいです。
