「幸せとは時間の途中にあること」 あや

10月10、11日 (1日遅れの日記になってしまいました)

 集合で、お父さんが幸せについて話してくださいました。幸せとは止まっているものではなく、動いているもの、と教えていただけた時間が、胸にじんわりと広がっています。
 何かを得られたら幸せになれるというのは、間違い。幸せとは時間の途中にあることを話してくださいました。何かを得られたからといって幸せになるわけではないというお話が本当にそうだなと思います。
 なのはなに来る前、好きなもの、欲しいもの、旅行とかをしたら楽しくて、生きる意味も見つかるんじゃないかと思っていました。なんとか生きるために、好きなものを買って、それでもすぐに虚しい気持ちが広がって。また、苦しくなったら気持ちを楽にするために買って。そして、その効果はまたすぐに消えて。何かを得られたら幸せになれるということはなかったなと思います。
 誰かのためになりたいと思った時、自分の使命を果たしたいと思った時、自分の幸せや希望のことは考えていなくても、自然と幸せや希望を感じます。
 未来に自分の幸せがあるか、や希望をどう見出すかを考えていなくても、おまけ的な感じで同時に一緒についてくるという感じです。(上手く言葉にできているか分からないのですが)
 まだ見ぬ誰かのために、という気持ちが自分に希望を与えてくれるし、誰かのためになれた時やその過程で大きな幸せを感じるのだろうということに確信があります。
 準備ができている人のところに運がくる、というお話もアメリカのインディアンの言葉で「愛する」と「理解する」が同じ言葉だというお話も凄くありがたくて、嬉しかったです。
 日々の生活で一人を慎んで、理想を持って、人のために動けるように準備をしっかりしていたいなと思い、気持ちが正されました。
 最近、お昼の掃除の時間が楽しいです。今まで汚いから掃除したくない、という気持ちから、汚い場所を見るとここを掃除したい、ここが綺麗になったら空気が変わるかもという気持ちに変わってきました。
 同じ掃除場にあけみちゃんがいてくれて、あけみちゃんがプランを持って、掃除に誠実に取り組んでいる姿や空気感に自分ものせてもらっているのを感じて、同じ掃除場でいさせてもらえることがありがたいです。
 掃除をするのも一つの計画で、行動は全部プランなんだなと実感しています。綺麗になると、自分自身の気持ちもとてもすっきりして、気持ちが良いなと感じるようになって、そう感じられるようになったことが嬉しくて、楽しくて、ありがたいです。

 あと、話が変わるのですが、また新しい子が入ってくれることが凄く嬉しくて、希望です。きっと大きな勇気が必要だったと思うのですが、その勇気が本当にかっこよくて綺麗だなと思います。私も新しい仲間が過ごしやすいような自分でいたいです。
 
 お父さんのお誕生日会の準備もとても楽しいです。私のチームは制作物がたくさんあって、完成できるだろうか! 間に合うだろうかという焦りの気持ちがあったのですが、制作物がコツコツと終わって、形になっていったのが、とても楽しかったです。何としてでも良いものを作りたい、絶対に間に合わせるんだと思ったら、仕事も早くなって、やるべきことも見えて、頭が整理されたように感じました。
 なおちゃんやひろちゃんが書いてくれた脚本を読ませてもらって、ここに繋がるのかー! この衣装がこのキャラクターになるのか! と凄く驚きで、わくわくした気持ちが増しました。
 お父さんの材料になれるように、私も自分の役割をしっかり果たして、みんなで良いものを作りたいです。
 
 明日は金時祭り。私は今回応援組ですが、ウォッチャーにならないで、しっかり自分をどう魅せるか、どんな自分でいるかプランと理想を持って、みんなが演奏しやすいように、みんなと同じ気持ちでがんばります。