6月21日
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作業のあるべき形、あるべき考え方、そして自分のあるべき姿を見た、感じた、そんな1日でした。
午前中はあゆちゃん、午後はやよいちゃんに引っ張っていってもらって、大人数でニラの植え付けや豆の補植をさせていただきました。
ニラの植え付けは昨日のリベンジでした。昨日、あやちゃんと2人で、2畝の植え付けしか進めることができませんでした。これは失敗したな、と思う反省点は山ほどあったけれど、具体的にどう改善策を打つか、それがはっきりしないままでした。
けれど今日は、あゆちゃんがすみずみまでやり方を見ていって、変えていってくださいました。苗を掘りおこすのは1~2秒で、束にしておいたら後で植え付けやすい。苗はテミではなくて苗箱にしたら入れやすい。役割分担をすれば進みがいい。
同じもの、同じ畑だけれど、昨日とは全く違うニラの植え付けでした。
「ニラが収穫できるようになったら、餃子を作りたいね」
と、あゆちゃんが、小さな声でこっそり話してくれました。あゆちゃんは何気なく言ったのかもしれません。でもその瞬間が、すごく心に残っています。
そのとき、急がなくてはという気持ちで手を動かしていました。急がなければ終わらせられない、終わらせなければ失敗、そうやってわたしは勝手に、自分を追い込むような気持ちになってしまっていたけれど、あゆちゃんは急かすも責めるも、そんな気持ちはひとつもない。ただみんなで、テンポよく効率よく、気持ちいい作業にしたいというだけなんだと、今、日記を書いていてつくづく感じました。
あゆちゃんが昨日も作業に居たわけではないけれど、どうしたら早くなるのか、効率よく出来るのか、そして自分たちがどう困っていたのか。それをすべてお見通しで、声をかけていってくださったことがとても嬉しくて有難かったです。
午後からは、ニラの植え付けの続きと白大豆やササゲの補植でした。やよいちゃんは「みんなで同じ列に入って、一気に終わらせよう」と言ってくれました。畝に入るのにも、ペアで入るのか、全員で入るのか、それだけでガラリと変わりました。少しでも移動しなくて済んだり、少しでも力を使いすぎることがなくなったり、効率が良くなって、みんなの空気感も変わっていくのだと分かりました。
1人ひとりの存在が大きいです。それぞれの動きや気持ちが、みんなに、畑に、野菜に、すべてに伝わっていくのを、改めて感じました。
何か工程をするのに、次の人のことまで、先の未来のことまで考えなくてはいけないのに、わたしはそれが出来ていなかったです。穴を掘ったときに、見当違いな幅、深さになってしまうのも、先のことまで考えられていない。この穴を掘ることになんの意味があって、次の工程にどうつながるのか、そこまで考えられていなかったです。
自覚がなかったのが恥ずかしいけれど、これは利己的で、優しくなかったです。
やよいちゃんがかけてくれる言葉で、自分が「もっとこうしなければな」と何度も悔しさを感じて、はっと気が付かせてもらいました。もっと先のことまで、誰かのため、野菜のためを思って、いつだって考えながら動けるようになりたい、動けるようになる、そう思いました。
言われたことをただやるだけ、そんな分かりました妖怪に取りつかれている。残念ながら、今のわたしはそういう状況です。勘を働かせて、今自分がどこに入るべきなのか、何をするべきか、1人ひとりの存在が大きいこの作業のなかで、自分がもっともっと変わって、動けるようになったら、きっとみんなの大きなプラスになります。
1人ひとりの存在が大きいのだから、そのなかのひとりとして、もっとみんなにとってプラスになる、意味のある動きをしていきます。
やよいちゃんやあゆちゃんの作業が、効率も流れが良く、「楽しくて良い作業」だからこそ、自分が何が足りていないのか、何が違って、ずれているのか、どうすれば伸びるのか、見いだせるんだなあと感じました。
明日も定植があると聞いたので頑張ります。
