6月13日
15日のケニーモナーク、セブンブリッジに向けて準備する中で、自分もできることをやっていきたいと感じます。
今日は、ゲストの大竹さんや相川さんも来てくださるかなとお仕事組の朝食の席で話していて、一緒にケニーモナークができることが嬉しいなと感じます。『パテパテ』のチームで、大竹さん、相川さん、ひでゆきさんたちと合わせられる日が楽しみです。
伝えるためにと感じてると、自分の中にはっきりとした言葉として残るのを感じました。(自分の中にはっきりと言葉にしていないと伝えられない)
小さいことではあるのですが、今日、朝食の席でのんちゃんが職場の人からいただいてきたミニトマトをいただきました。『アルル』という品種で新しく知りました。酸味も甘みもほどよく、フルーティーなミニトマトでした。
最近、職場でトマトの土で肥料袋のまま育てられるというものに『ぜいたくトマト』という品種の中玉トマトを植え付けたものを見本としておいていて、花や野菜の水やりのときに一緒に水をやっていて、最近実が赤く色づいていたので収穫をしました。
食べてみると、酸味が強く甘みもはっきりとしていて濃厚でした。(パッケージにも濃厚と書いてあり、その通りだなと感じました)酸味が強いもの、甘みがつよいもの、どれもひとつひとつに主張が強く、味が濃く感じました。皮の硬さも驚きでした。(皮が薄いトマトがお好みの人には勧められないなと感じました)とても印象に残るトマトとなりました。
販売するとき、どのトマトが甘い品種ですか?どのトマトが皮が薄いですか?どのトマトが育てやすいですか?とたずねられます。これまで、パッケージを見て勧めるくらいしかできなかったけど、いくつもの品種を知ることで、信憑性をもってつたえることができるなと感じました。
実際、調べて書いてあったことを伝えるだけになってしまうことも多く、そういうときはやっぱりもやもやした気持ちになります。自分の目で見て、感じて、体験したことは伝えるとき、自分でも迷いがなく、はっきりと伝えられると感じます。
これまでいくつもの場面で何かを得ようとするとき、自分のためだけだったと感じました。自分だけで知って自分のものにして溜めていき、人の上に立った気持ちになって安心感を得ていたいという気持ち、利己的で自分を守るための気持ちが強かったと感じました。
何かを知りたい、できるようになりたいという気持ちも目的が間違っているので続かなかったと感じます。できないから、わからないからと甘えを許して楽になっていても、いつもつまらなくなっていたと感じます。自分で生きることをつまらなくさせていたと感じます。
受け取る側でいることと発信する側でいようとすることで、自分の中に残るものの大きさ、はっきりとくっきりと残る感じも違うものになるのを感じました。誰かに伝えられたらいいなと感じていると喜びも大きいし、自分にできることがあるかもしれないという希望をもち過ごせると感じました。
お父さんが英会話教室で一番英語がうまくなる人は、英会話教室の先生だと教えてくれます。うまくなりたかったら自分が伝えるがわになること。
私がお父さんに今の自分の気持ちを相談したとき、お父さんが、勤め人ではなく経営者になって考えることを教えてくださいました。いつも受け身ではなく、能動的に動くこともおしえてくださいます。
最近、お父さんのお話や、あゆちゃんのお話、お仕事組とセブンブリッジの準備をする中で、お父さんとのエピソードでの気づきなどを教えてもらい、お父さんが伝えてくれていたことは今までの私の間違いを否定したり、私を怒ったり、私がどれだけダメかをわからせようとしたことでもなかったと感じました。
これまで無意識のところで苦しかった文化(価値観)から、その間違いに気づかせてもらい、成長することの喜び、生きていくことの喜びを感じるように導いてくれる道しるべなのだと感じました。私自身が解放され生きることに力が湧いてくる答えをくださっていると感じました。視点が変わると、これまで怖さだったり、逃げたいと感じていたことが活力にかわり、もっと深めていきたいと感じました。