「写し鏡」 すにた

5月24日

 今日のお昼の時に、“がけ崩れ畑のサトイモのチームの人に。畑の情景はその人の心の情景です。畑をちゃんとみてください。”とおっしゃっていました。

 それに関して、自分はみぞの事と勘違いしていたところから、もうすでに、ちゃんと見れていなかったなという部分が見えました。

 お父さんは、畝の上の草。畝間も、土寄せしたにも関らず、したかしてないかわからないくらい、草が丸見えで、それじゃ草を埋めたこと、とったことにならない。
 そう、自分たちにちゃんと見てくださいよ。それがあなたの心の情景ですよ。
 そう、勘違いしたにも、気づいたときは、ハッとさせられました。

 正直、土寄せ兼、草とりのお父さんの説明を自分はただただ、そう思うがままにしただけで、そう。表面だけで、何も中身がなかった。した。ただそれだけで、でも、それはしたといえないくらいの、これじゃこの雨でもとどうり。だなと思います。

 なんのためにやるのか。野菜をどんな風に育てたいのか。どうしたら、野菜にとって一番良い形になるか。
 私はただお父さんに聞いて、言われたからやりました。の人間になってしまっていると思いました。

 それを踏まえてみると、あまりにも自分の視野が狭すぎてまずは、自分の心から雑味を消して、綺麗で、優しい心に変えない限り、野菜は、そのまま映し鏡になってしまうなと思います。

 最近、自分の中で、変に力んで全力、やる気100でやりすぎていると思います。
 今日のお父さんの話じゃないけど、やる気100じゃなくて、少し、手をぬく。というのが自分には、なくて。

 それが逆に、100!過ぎて、良い方向にいかない。進んでない。というのが現実です。
 最近の自分は変に“すねない、逃げない、泣かない。”そんな風に自分に縛りをつけって、いつも笑顔で全力で、やらないと、野菜は守れない。だから、絶対に頑張るんだ。絶対に、豊作にするんだ。
 誰がこんなこといったのか、1人でに自分流になって、行き過ぎてそれは良くない方向に進んでいるじゃないか。
 お父さんなら。と考えた時、お父さんはそんな風にはしないだろう。と思いました。

 これは関係あるのかないのか。たぶんあると思います。
 ほのかちゃんと協力したいのに、自分があーしないと。お父さんに聞かないと。これはあーだ。こーだ。せかせかしすぎて、何も本当には野菜が見れていなくて、うまくほのかちゃんと本当に出せるお互いの力がうまくかみ合ってない気がします。

 お互いに良くしたいと思っていても、それは自分の行き過ぎか、自分がちゃんと芋をみれていないのか。
 ほのかちゃんとの仲や、協力関係でも、芋に伝わって、良い風にも、悪い風にもなってしまうと思います。
 後、自分の口がすごくトゲトゲしていて、きついのに、中身がない。そんな風にも感じ、いつもの自分とは、何か違います。

 すごくトゲトゲしているように感じます。それはなんででしょうか。

 なのに、今日また便が健康なバナナに戻ったのも、謎です。
 自分を一番自分が理解していていなくて、どうするんだ。という感じです。

 でも、1つ。今日はほのかちゃんとちゃんと話して、私も変に出すぎず、言い合いにもならず、お互いに良い芋を育てられるように、今後の芋の事や、自分たちはどういう風に育てたいかとか、のんちゃんにも今日会ったことをしっかり伝えて、皆と本当に良い芋が取れるようにしていきます。