
5月25日のなのはな
一年に一度やってくる大イベント、泥んこ運動会当日。何度やっても慣れることがなく、朝起きた時からそわそわしました。
それというのも、毎年泥の中で繰り広げられる戦いが他のイベントには到底比べられないほどに壮絶だからです。今年は、どんな種目があって、どんな戦いが待っているのだろうか、とハラハラした気持ちになりました。

泥んこ運動会の開会が近づくにつれて、心臓がドキドキしてきました。一気に実感が湧いてきて、まるでフルマラソンの出走前か、それよりも大きな緊張がありました。
天気が味方してくれて、雨予報が変わり、今日は朝から雨が上がって、晴れ間も覗いていました。お父さん、相川さんの晴れ男パワーでした。一昨日から、泥んこ運動会のために相川さんがなのはなファミリーに帰ってきてくださっていて、今日を一緒に迎えられることがとても嬉しいなと思いました。
午後1時、中庭に集まって、チーム発表がありました。赤、青、黄色、緑の4チームです。私は、相川さんリーダーの、緑チームの一員でした。緑チームのメンバーは、相川さん含め、強力なメンバーがたくさんいました。卒業生で、昨日から帰ってきてくれていたまゆみちゃんも同じチームでした。これは、絶対に罰ゲームにはなってはいけない!使命感を胸に、池下田んぼへ向かいました。
池下田んぼは、お父さんが代掻き、畦塗りをしてくださっていました。畦は、真っ直ぐ、丁寧に隙間なく塗られていて、近づくのが恐れ多いような綺麗さでした。あゆちゃんが、「田んぼは畦が命だから、畦は絶対に踏んで壊さないようにしてね」と話してくれました。

みんなが応援するホームとなるところには、一チームに一か所、一斗缶で焚火が出来るように実行委員さんが準備をしてくださっていました。今日は少し気温が低めなので、みんなが寒くないようにと、お母さんや、実行委員さんの考慮してくださっていて、心が温かくなりました。
いよいよゲームスタート!一種目目は、恒例の泥んこ相撲!今年は、並行して二つのペアが同時に試合を始めるようになりました。
田んぼの真ん中で、二組が試合をしていると、より迫力が増して、泥しぶきがバシャバシャ上がりました。今回は、出場順を各チーム背の順で決めたため、力の圧倒的な差がなく、どの試合も接戦で白熱しました。
どちらが勝ってもおかしくない状況で、両者が泥の中で踏ん張っているのを応援しているだけで、自分も無意識に息を止めて、力んでいました。投げ飛ばす方も、投げ飛ばされる方も、勝敗が決まる瞬間に、泥の中にダイブして、全身泥まみれになっていました。最初は、全員真っ新な服が、試合が次々に進んでいくたびに、どんどん泥色に染まっていきました。
私は、ゆうはちゃんと戦いました。ゆうはちゃんはなのはなに来てまもなく、泥んこ運動会も初めてでした。でも、ゆうはちゃんと対戦して、ゆうはちゃんがぐっとズボンを握りしめる力や、押す力が強力で、気を抜くとゆうはちゃんに投げ飛ばされそうでした。
ほんの数十秒だったけれど、取っ組み合いをしている間は、時間が止まったように長く感じました。周りの味方チーム、相手チームの歓声が、遠くに聞こえて何を言っているのか分かりませんでした。必死に力を出し尽くして、気が付けば、ゆうはちゃんと一緒に、泥に飛び込んでいました。
ゆうはちゃんが、泥の中から、全身、顔も泥だらけになりながらも、白い歯を見せて、笑ってくれました。敵味方関係なく、ゆうはちゃんと対戦できて、とても嬉しかったです。
二種目目は、ポートボールでした。私は、泥の中でポートボールをするのは初めてで、イメージがあまりつかなく、少し緊張しました。ルールは簡単で、両端に、台に乗ったゴールキーパーが立っていて、味方のキーパーにボールを投げて、キーパーがボールを受け取れたら点数になります。ボールを持って走れるのは3歩までで、味方チームにパスしあって、ゴールまで繋げます。
緑チームのみんなと作戦会議をしました。考える事は3つ。キーパーを誰にするか、どう攻めるか、どう守るか。13人のメンバーと、頭を悩ませました。なかなか良い作戦が思いつかず、1試合目を見てから、作戦を立てよう、ということになりました。
1試合目は、赤チーム対黄色チームでした。どうやら、どちらのチームも、相手のゴール前でブロックする人と、味方のゴール付近でシュートする人が数人配置されているようでした。でも、それ以外は、試合の展開が速すぎて、よく分かりませんでした。
作戦よりも、みんなが泥の中でも、正確に味方にボールをパスして華麗に繋げている姿が、とてもかっこよくて試合にくぎ付けになりました。なつみちゃんが、サッカーボールをまるでソフトボールのように田んぼの端から端まで届くような超ロングパスをしていて、本当に凄いなと思いました。
結局試合を見ても作戦を立てることが難しかったので、ぶっつけ本番で田んぼの中に入っていきました。私達からキーパーになったのは、まことちゃんです。まことちゃんだったらきっとどんなボールも受け取ってくれる安心感がありました。対戦する相手チームは、青チームで、りゅうさんのいるチームでした。りゅうさんが、目の前に立ちはだかっているだけで、威圧感があり怖く感じました。
ポートボールは、見た目と、想像以上に、ものすごくハードでした。陸上では、簡単に走ってボールの下に行くことが出来るけれど、泥の中では、陸上のように簡単にはいかなくて、泥に足が埋まっている分、一歩踏み出すことさえ時間がかかり、両足に鉛を付けながらバスケをしているようでした。ボールが自分の方に飛んでくると、ボールと共に、相手チームのみんなも走ってくる気配があり、危機感を感じました。必死にボールを追いかけて、ボールにしがみつきました。
りゅうさんは、力が強く球が遠く飛ぶことと加えて、動きが迅速で、みんなの3倍はありました。そのため、ボールが飛んできたらたちまちりゅうさんがキャッチして、青チーム優勢のボールに変わりました。青チームのりゅうさん、ふみちゃんにあっという間にペースを取られていました。
緑チームも負けてはいられない!何度も何度も根気強くボールを取りにいきました。同じチームの相川さんや、あけみちゃんがナイスプレーで何度も青チームがこぼした球をキャッチしていて、その度に心強く感じました。
シュートしようと思ったらボールを取られて、逆に相手チームのシュートを間一髪で防いで…接戦が続きました。喜びと落胆が激しく振れました。試合時間3分経った時点で、1対1の同点。勝敗を決めるために延長戦もしましたが、青チームが勝利しました。
ポートボールは4位の結果で終わりました。少し悔しかったけれど、次は絶対に勝ちたい!3試合目は、タイヤ引きでした。
前回は、チームを2つに分けて、前半戦、後半戦で少人数で行っていました。けれど、今回は、チーム全員で対戦しました。
ちょうど真ん中に、7つのタイヤがセットされました。真ん中の2つは、大きなタイヤで、1つ2点です。その他のタイヤは1つ1点。どのタイヤを狙うかが、勝利のカギになります。
緑チームは、4人が一人一つ、1点のタイヤを狙い、その他の人がはじめから2点のタイヤを狙う作戦を立てました。1試合目、赤チームと対戦しました。
どんな種目よりも一番壮絶な戦いになるタイヤ引き。タイヤを挟んで反対側に、赤チームのメンバーが、ずらっと13人も走り出す態勢でスタンバイをしていると、少し怖いような気持ちになりました。でも、隣の人と顔を見合わせて、気持ちを奮い立たせました。
お父さんの「スタート!」を言い終わる瞬間に、目の前のタイヤに向かって全速力で走りだしました。1点のタイヤ、1人1つ狙う作戦だったので、このタイヤを取れるか取れないか、責任重大です。案の定、そのままスムーズにタイヤを引きづってこれるわけはなく、赤チームのうたなちゃん、ななほちゃんとの取り合いになりました。
二人の力に負けてしまい、1点のタイヤを諦めて、2点のタイヤに参戦しました。タイヤの周りに、5人も6人も戯れて、全員顔まで泥まみれになって、誰が誰だか分かりません。分からないまま、とにかく少しでも緑チームの陣地に向けて、人と、タイヤを引っ張りました。
タイヤの少し離れたところで、相川さんが赤チームのまちちゃんにがっしりロックされているところを発見しました。緑チームの大事な戦力が邪魔されている!咄嗟にまちちゃんに体当たりしました。
まちちゃんをロックしようと、取っ組み合いになりました。タイヤ引きの試合が進んでいる中で、気が付けば違う場所でまちちゃんと1対1のバトルをしていました。お互いに泥に沈め合おうと必死でした。隙のあるうちに、うつぶせの状態でまちちゃんに顔からズブッと泥に沈められました。鼻も、耳も、穴全てに泥が入ってきて、息も出来なく、泥の味で口いっぱいになりました。ようやく泥から顔を上げると、まちちゃんの姿はそこにはなく、全員が一つのタイヤに群がってまだ壮絶に戦っている光景だけありました。
負けてたまるか!一人取り残された悔しさをぶつけるように、残るタイヤにしがみついていきました。
タイヤの下に埋まってタイヤをロックしている人、その上で容赦なくタイヤを引っ張っている人、そして、引っ張っている人をどうにか剥がそうとしている人…味方か敵かも分からないまま、時間いっぱい力を出し尽くしました。
結果は…赤チーム5点、緑チーム4点で負けてしまいました。タイヤ引きでも、緑チームは負けてしまい、少し悪い予感がしてきました。罰ゲームにならないようにするためには、4種目、リレーで勝つしかありません。
リレーは、変わり種で二人三脚リレーと馬のせリレーが組み合わさったものでした。全員二人三脚で走り終わった後、チーム全員で背中を折って馬をつくり、その馬の上を、一人が歩いてスタートからゴールまで繋いでいく、というルールでした。
二人三脚では、まゆみちゃんとペアになりました。まゆみちゃんが、紐で結ぶときに、ガチガチに固定するのではなく、少し余裕を持たせて結ぶと走りやすいと思う、と言ってくれて、あえて少し緩めに結ぶことにしました。
バトン代わりの紐を、前で走っていたちさとちゃん、まことちゃんペアから受け取って、足にくくりつけてスタートしました。まゆみちゃんと、肩を組んで「いっち、に、いっち、に」と声を掛け合いながら走りました。最初は慎重にゆっくりから始めたけれど、どんどんスピードが上がっていきました。まゆみちゃんと息が合って、まゆみちゃんの足と自分の足が同化して、全然違和感を感じずに走ることが出来ました。
折り返し地点まではとても順調に進みました。けれど、復路でアクシデント発生!左足に結ばれている感覚がないなと思ったら、いつの間にか紐がほどかれて、泥の中で行方不明になってしまいました。急いで、今来た道をたどって、手探りでまゆみちゃんと紐を探しました。
運よく紐は見つかって、帰ることはできたけれど、かなり時間をロスしてしまいました。でも、まだ希望はあります。つづく馬のせリレーでは、上を歩くちさとちゃんがなるべく歩きやすいように、チームのみんなとぎゅっとくっつきあって橋を作りました。
橋を作っていると、ちさとちゃんが歩いている姿は見えないけれど、背中でちさとちゃんが上を滑っていく感触だけは分かりました。自分も含め、みんなの服も、ちさとちゃんの足も、泥でヌルヌルになっていて、思うようにすたすた歩くことができなく、苦戦しました。なるべくちさとちゃんが歩きやすいように、高さを揃え、隙間を空けないようにし、良質な馬になりました。チームの協力プレーでした。
ちさとちゃんが上を通り過ぎたと思えばすぐに走って馬の最後尾に入り、道を作っていきます。田んぼの端から端を往復するルートなので、50メートルはありそうです。とても地道な道のりだったけれど、どうかちさとちゃんが歩きやすいように!と祈るようにみんなと馬になっている時間は、とても楽しくて、あっという間に感じました。
チームによって作戦が違い、黄色チームのももかちゃんは、上を歩くのではなく、うつぶせになり、お腹で滑っていました。みんなの背中の上を泳いでいるように見えました。泥で滑りやすくなっていて、するすると滑っているももかちゃんがとても可愛かったし、スムーズに進むと、見ている私達も気持ちが良かったです。
二人三脚馬のせリレーでは、2位になることが出来て、初めて最下位から脱却できて、みんなとハイタッチして喜びあいました。
泥んこ運動会ラストは、ガチンコリレーでした。それぞれのチームカラーのメガホンをバトンにて、14人でつなぎます。罰ゲームが掛かっているので、負けられない戦いです。チームのみんなと円陣を組んで、気合を入れました。
1走者目には、りゅうさん、なるちゃん、なつみちゃん、と強者揃いでした。絶対に負けたくない!と思いました。緑チームのまことちゃんやちさとちゃんが「頑張って!!」と叫ぶ声が聞こえました。
「よーい、スタート!」お父さんの大きな掛け声と同時に、反対側で待っているゆきなちゃんに向かって走りました。りゅうさんや、敵チームがどんどん前を行く姿に焦りました。気持ちはもっと速く走りたいのに、気持ちに泥の中を走る足が付いていかなくて、コーナーで派手に転びました。転んでいる間、どんどん差が開いていきました。どうにか差を取り戻そうとしたけれど、最下位でバトンを渡しました。
あの時転ばなければと、後悔が押し寄せたけれど、嘆いている暇もなく、次々に試合が進んでいきました。14走者目、また隣にりゅうさんの姿がありました。でも、次は絶対に、確実に走ろうと思いました。ここは陸上ではない、泥の中なのだ、と言い聞かせて、走っている時の抵抗感覚をイメージしました。
チームのみんなが追い上げてくれて、3位との差がほんのわずかになっていました。ゆきなちゃんからバトンを受け取った時、すぐ目の前に赤チームのやよいちゃんがいました。やよいちゃん目がけて追いかけました。
お父さんが立っているところがゴールでした。走るか飛び込むかどちらが速いか…咄嗟に考えて飛び込んでいました。負けたかもしれないと思いました。
でも、ゴールした直後に、緑チームのみんなが駆け寄ってきてくれて、口々に「頑張ったね!」と言ってくれて、抱き合ってくれました。悔しくて、でも勝ち負け以上に嬉しくて、泣きそうでした。
総合結果は、やっぱり緑チームは最下位でした。罰ゲームは覚悟していました。ところが、罰ゲームは、1位と4位のどちらか代表が、じゃんけんで決めるとのことでした。50%の確率で、罰ゲームを逃れることができるかもしれない、そして、こてんぱんに負けたりゅうさんのいる青チームに泥をかけられるかも知れない…! 突然一筋の光が見えました。
じゃんけんは、やっぱりりゅうさんと相川さんでした。「勝利の男、相川さん、頑張れ!」緑チーム以外のみんなも口をそろえて応援しました。お父さんのかけ声のもと、運命を決める罰ゲームじゃんけんの結果は…。
2回のあいこがあり、3回目で、惜しくも相川さんが負けてしまいました。全員から、悲鳴と歓声が上がりました。罰ゲームからは逃れられない運命でした。ならば、みんなで相川さんを泥総攻撃から守ろう!決死の思いで相川さん中心に、緑チーム全員で相川さんを囲みました。
「泥かけタイム、スタート!!」他3チーム全員に囲まれて、四方八方から泥が降りかかってきました。「バシャバシャバシャ!!」泥が被る音以外何も聞こえなく、目も開けられなく、何が起きているか分かりませんでした。ただ、息継ぎする暇もなく次々と泥が投げつけられてくるので、それならばと思って、力の限り、泥しぶきを目の前の敵陣に降りかけました。
「ピッピ――!」終了のホイッスルが聞こえて、ようやく、壮絶な泥しぶきの音が収まってきました。顔も、頭も、全身泥にかぶって、目が数秒開けられませんでした。ようやく、目が開いて、周りの景色を見ると、目の前も、隣の緑チームのみんなも、顔も身体も泥色、まるで銅像のようになっていました。はっ!思い出して後ろを振り返ると、顔を覆った相川さんの姿が!「バチン!と痛いぐらい泥の塊が当たってきたよ」苦笑いをしながら話されていました。
罰ゲームを受けた緑チームの中で、一番泥総攻撃を受けたのは、相川さんでした。相川さんを囲んで守っていたはずが、外側で守っていたはずの私達が全員しゃがむものだから、私たちのお尻に押されて、真ん中の相川さん一人だけしゃがむことができず、立ち尽くす形になってしまいました。
そうなるとは思いもよりませんでした。最後まで相川さんがチームリーダーとして、身体を張ってくださいました。
相撲でも、ポートボールでも、タイヤ引きでも、一番チームに貢献して下さったのは、相川さんでした。タイヤ引きではタックルされ、罰ゲームでは、緑チーム内で一番みんなから泥を浴びて、それでも最後まで笑顔でいてくださって、本当に優しいなと思ったし、一緒のチームで戦えたことが、とても嬉しかったです。
泥んこ運動会始まる前は、何だか怖いような気がしていたけれど、はじめてみると、戦いは壮絶で時には息を止めて泥に埋もれることはあったけれど、こんなにも楽しいイベントは他にないと思えるぐらい、何にも代えられない充実感がありました。
泥が気持ちが良いと思えたし、投げ飛ばされても、転んでも、倒れても痛くないので手加減せずに思いっきりみんなとぶつかっていくことができます。味方でも、敵でも、頭から足の先まで泥に染まって、泥まみれになりながら戦っているのはみんな同じで、その意味で全員同じ土俵で、横並びで戦っている感覚がすごく心地が良いなと感じます。泥で汚れることが、怖くもなんともなくて、お互いに汚れること、厭わずに子供にかえったように全力で遊べる時間が、宝物のようだと思いました。
お父さんが、「喜んで泥の中に入って、田んぼを嫌がらずに楽しんでいること、田んぼの神様が見ているよ」と、夜の集合で話してくださいました。大切なことを泥んこ運動会を経て、一つ教えてもらいました。池下田んぼを、総勢約60人のメンバーで踏んで、踏んで、踏みしめて、少しでも良い田んぼになったんじゃないかなと思います。今年も豊作であったらいいなと思いました。
(りな)