【感想文②】「自分の壁を越えて」 ほのか

【第32回津山加茂郷フルマラソン全国大会 感想文集 その2】

「自分の壁を越えて」
ほのか

 

 まさか自分がフルマラソンを完走するなんて、絶対にありえないことでした。
 もしも摂食障害にならなかったら、なのはなに出会うことが無かったら、私はこの感動を生涯味わうことが無かったと思います。
 今日にいたるまでミーティングや、なのはなで教えていただいたこと、たくさんの助け、導きと、気づきの積み重ねがあったから、最後まで挫けずに笑顔で完走することができました。
 自分の力ではない、無限に湧いてくるエネルギーのようなものが、私を支えてくれました。
 本当に、お父さんお母さん、スタッフさん、なのはなのみんなに感謝です。

 

■自分を透明に

「お前は、今年あまりいい練習ができていないと思う」
 ガーン……。本番2日前でした。
 1週間前ごろから、胃腸の調子が良くないことをお父さんに相談させていただいたとき、お父さんがそう仰いました。
 もしかしたら、自分は出走確認で名前が呼ばれないのではないか……。そんな心配をずっと抱えてきました。
 確かに今年は、シスターの都合や、走ることに対する怖さなどの理由でフルメニューに抜けなく全部参加する、ということができていませんでした。気持ちのコンディションに左右されて、身体が重く不安定でした。
 そのため、お父さんにそう言われても仕方ないと思いましたが、私の中で沸々と込みあがってくる抑えきれない意欲がやる気に変わっていき、どんどん心拍数が上がっていくのを感じました。
「お前は、もし自分だけフルマラソン完走できなかったらどうしようと不安なんだよ。誰とも比べずに、ハーフマラソンでも走れたらいいや、という気持ちになったらいいんだよ」
 その言葉を聞いて初めて、自分の不調は自分自身で作り上げていたものだったということに気が付きました。心の中には自分しかいなくて、誰のことも信じていなかったのだな、と気が付きました。
 自分を透明にして、自分の意思ではなく、神様が決めた運命にしたがって謙虚に走る。
 お父さんとそう約束して校長室を後にしました。

 

■迫り来るスタート

 当日、午前5時5分前にぱちっと目が覚めました。心は整然としていました。やはり自信はありませんでした。
「もうやれるだけのことはやってきた。あとは挑むだけだ」
 そう思うと、不安も緊張もかき消されるようでした。

 5時30分。外は白みがかっていて少し肌寒く、いつもはまだ布団の中にいる時間でも、こうしてみんなと動き出していると非日常感がありました。これから始まる旅への期待に胸が膨らみました。
 車に揺られながら、走っているときの場景をイメージしました。
 自分の体力に自信がもてないため、手の甲に時速8キロの距離ごとのタイムをメモして、それを徹底して走ることに決めました。そうすれば、自分の体調の善し悪しに左右されずに走ることができると思ったからです。

 7時過ぎに、車内でおいしい朝食をいただきました。まだ走っていないのにごはんがものすごく美味しくて、食材ひとつひとつがすうっと身体に溶けていきました。

 9時20分。準備体操とゼッケン、チップをつけるために外に出ました。
 たけちゃんとちいちがアンパンマンのチョコレートを配ってくれて、私はちいちからテンドンマンのチョコレートをもらいました。
 みんなのために応援したいんだ! というたけちゃん、ちいちの優しい気持ちを感じて、胸が暖かくなりました。
 いつもの、よしみちゃんのよく通る高い声で準備体操が始まりました。
 毎日のルーティーンだった準備体操ももうおしまいかと思うと少し寂しく思いました。
 そのあと、お父さんが一人ひとりの名前を呼び、ゼッケンを配布してくださいました。
「フルマラソン、ほのか」
 はい、と返事をして受け取ると、お父さんが、「がんばってよ」と声を掛けてくださいました。本当にフルマラソンを走るんだ。ゼッケンナンバー2017を見つめていると、その実感がわいてきました。
 近くにいた、なつみちゃんと、そなちゃんとゼッケンとチップを付け合いました。
 そなちゃんも今年初めての挑戦で、何となく心境が似ているような気がしていました。
 緊張もみんなで分け合って、スタートの10時までを過ごしました。

 9時50分。スタート地点の列の真ん中あたりにみんなと並びました。
 去年はミニマラソンのみんなと上から応援していたのに、あっという間に1年過ぎて気づいたら自分がスタートラインに立っていました。
 前にも後ろにも、なのはなのみんなの姿があり、みんなと一緒なら大丈夫だと思えました。
 10時。予告無しの唐突なスタートでした。大勢の人が一斉に動き出して、私も波にのまれるように脚を進めました。
 吹奏楽部の学生さんが生演奏をしていて、沿道の方々が、「行ってらっしゃい」「がんばってね」と声を掛けてくださいました。
 ひとりひとりに感謝の気持ちと笑顔を向けながら進みました。

 序盤は、なおちゃんを親鮫にして小判鮫になって走りました。
 すぐそばには、ゆいちゃんやよしえちゃん、ふみちゃんもいて、絶対的な安心感がありました。
 時速8キロぴったりに地点を通過していき、淡々と脚を進めました。
 民家の間を縫って走る4キロ〜10キロあたりの景観はレトロで、暖かい町並みでした。同じ高さで並んだカラフルなチューリップが植えられているお家や、レトロな外観の駅がありました。
 若い方からお年寄りの方まで、「加茂にようこそ」と手作りの旗や様々なおもてなしで応援してくださいました。
 見ず知らずの自分たちを心から歓迎してくださっていて、嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

 

■長い旅のはじまり

 商店街を抜け、いよいよマラソンコースらしくなっていきました。
 序盤の方でこまめにエネルギーを補給しておくと良い、という先輩のアドバイスを胸に、溶けやすいチョコレートから口に入れました。
 エネルギーを補給すると、呼吸がしやすくなる感じがしました。
 限界を感じる前に補給するようにしようと思い、折り返し地点まで飴やかりんとうで繋ぎました。
 そのため身体のしんどさを感じにくく、楽な気持ちで走ることができました。
 しかし甘い物を食べていると喉が渇いて、気温が23℃と高めだったこともあり、頭の中は「水」でいっぱいになりました。
 給水所では必ず水をいただきました。喉が渇いたと思ったら遅くて、渇く前に飲んでおいたほうが良いと感じました。

 折り返し地点の手前、15キロ付近に差し掛かったときには、雲間から太陽の光が差し込みました。
 晴れて見晴らしはよくなったのですが、その暑さが堪えました。ゆるやかな登りが続く折り返し地点までの道が、果てしなく長く続いているように感じました。
少しずつ、脚に重さが蓄積されていきました。
「まだ半分もいっていないのか……。大丈夫かな……」と、心配でした。
 行く先々で、なのはなの応援組の姿が見えました。
まなかちゃんやあけみちゃんがよく通る声で、「ほのちゃ〜ん!!」と車の窓から叫んでくれました。
あゆちゃん、まえちゃんはビデオや写真を撮ってくれていました。
「ほのかちゃんがんばれー!! いいペースだよ!」
あゆちゃんやまえちゃんの笑顔を見ていると、安心しました。
 また、カメラを持ったゆりかちゃんや、ちさとちゃんにも出会いました。
 お2人には、“会合”で、たくさん不安な気持ちを話していました。包み込まれるような笑顔を向けてくれたとき、自分の全てを理解されているような気持ちになりました。
 お父さんお母さんも笑顔でカメラを構えていて、お母さんが大きな声で「ほのか〜」と名前を読んで応援してくださいました。
 みんなの応援がパワーになって、どんなに弱気になってもどこからかエネルギーが沸いてきました。

 まだ行ける、時速8キロペースを死守して折り返し地点までの長い道を走りました。
 20キロ地点で、ひろこちゃんと出会いました。
「次の給水所には、バナナがあります」
 と、語ってくれたひろこちゃんが、まるで大会関係者のように見えて、流石だなと思いました。みつきちゃんや、ほしちゃんとも出会いました。
 ゆうはちゃんが渡してくれた太いかりんとうと、冷たい水が一番効きました。
 かりんとうは噛みしめるとじゅわっと甘さが広がっていき、密度の濃いエネルギー源として重宝しました。
どんなに水を飲んでも水が欲しくなるほど水はおいしく感じました。
 もうすでに顔が塩だらけで、唇を舐めるとそのしょっぱさに驚きました。
 時速8キロで、12時38分に折り返し地点に行くためには少し時間が無いように感じました。時計とにらめっこしながら、ペースを速めました。

 やっと見えた折り返し地点。あゆちゃんやお父さんお母さんの姿がありました。
 時計を見ると、ちょうど12時388分! あゆちゃんが、
「すごい! ペースアップしたんじゃない?!」
 と声を掛けてくださいました。
 お母さんがかりんとうを手渡してくださり、笑顔で折り返し地点を通過しました。
 気がつけば周囲にはなのはなのみんなは誰もいなくて、ぽつんと孤立していました。
 脚の疲労感もどんどん蓄積されていき、足の裏がつって痛くなりました。
 急いでお母さんからいただいたかりんとうを食べると、つりが緩和されていきました。
 まるで人体実験をしているようで、何を摂取するか考える時間もすごく楽しかったです。

 復路から、少しずつスピードをあげていきました。
もしかしたら完走できるかもしれない……というかすかな希望と、いや、まだ最後まで何が起こるかわからないという気持ちの2つに揺さぶられながら走りました。
 給水所で水を飲むために一瞬立ち止まると、前腿がものすごく張っていることに気づいて、立っていられないくらい痛く感じました。
 バナナを手にすると、自分の手にふいた塩がついて塩バナナが完成しました。
 おすすめと聞いていたバナナはすっと身体に入りやすくおいしかったです。
 このまま走りきってしまおう。そう決心しました。

 

■みんなで走っている

 25キロ地点で、ミニマラソンの応援車を見かけました。
 もう移動する用意をしていたのですが、思わずかのんちゃんとすにちゃんの名前を呼んでしまいました。
それに気づいた2人がものすごい勢いで、
「あー!! ほのちゃんだー!! がんばれー!!」
 と声をかけてくれました。
 かのんちゃんから、なのはな産の梅干しをもらいました。
 応援組のみんなのきらきらした目を見ていると、尽きそうになっていた気力が回復しました。
 隣にいたケーキの帽子を被った女性の方が、「すごい熱烈な応援ですね」と声をかけてくださいました。なんの団体ですかと聞かれて、なのはなファミリーのことを少し紹介させてもらいました。
 なのはなのことを好意的に見てくださっているようで、なのはなのことを知ってもらえてすごく嬉しかったです。

 かのんちゃんからもらった梅干しをかじりながら走りました。
 折り返し地点の前後から、他のランナーの方のそばを通り越していくと、驚いたような顔で見つめられました。ですが、私もここまで走れる体力、気力があったなんて信じられませんでした。
 それは自分の力ではなくて、なのはなのみんながいるという安心感、みんなで走っているということが、私の勇気となっていました。
 私もなのはなの1人として、笑顔で、背筋を正して走りきろう。そう思うと自然と脚が早まりました。

 30キロ地点あたりで、お父さんとお母さんのインスパイアが後ろを通りました。
 お母さんが、
「ほのか、これ(エネルギー源)持ってる?」
「ゴールで待ってるからね」
 と声をかけてくださいました。運転席のお父さんも顔をのぞかせて、
「ほのか、すごいなあ」
 と声をかけてくださいました。
 それまで感じていた寂しさのような不安がぶわっと飛んでいき、
「このまま最後まで行きます!!」
 と叫ばずにはいられませんでした。

 

■立ちはだかるラスト10キロ

 35キロを超えたあたりから、1キロ、1キロが果てしなく長く感じました。
 たくさん走ったと思いきや、まだ1キロしか進んでいなかった……、そんなことの繰り返しで、飴で気を紛らわせながら走りました。
 脚の疲労感もかなり増してきて、早くみんなのもとに帰りたい、と思う気持ちが加速していきました。周囲に知っている人が誰もいなくて、かなり不安でした。それでもどこからか体力がわいてきて、走り続けることができました。
 商店街に帰ってきたときに、往路でも見かけた方の姿があり、「おかえりなさい」「あともう少しだよ」と声をかけてくださいました。
 商店街はグルメ街道のようで、あちこちでお振る舞いの品が出されていました。
 じっくり見たい気持ちもあったのですが、少し恥ずかしいような気もして、お水だけいただきました。

 それでも、みんなのお話で聞いていたお好み焼きだけは一口いただきました。
 鉄板に細かくカットされたお好み焼きがあり、お箸でひゅっと取る方式でした。
 ソースのうまみが口に広がり、「おいしい!」と感じました。
 隣に置いてあったコーラをいただいて、飲みました。
 飲んでから、その1つ前にバナナを食べていたことに気がつきました。
 バナナとコーラは食べ合わせが悪く、気持ち悪くなるということを知っていたのに、うっかりコーラを飲んでしまいました……!
 案の定そこから気分が悪くなってしまいました。それをかき消すように水を飲み、気のせいだと自分を言い聞かせて走りました。しかし、もう絶対にコーラは飲まないようにしようと決意しました。

 あと5キロ。数字的にはあと少しなのに、手が届かない歯がゆさを感じました。
 時計を見ると時速8キロペースより少し速めになっていました。
 走っても走っても終わりが見えなくて不安になりましたが、確実に脚を交互に前に出せば、いつかはゴールにたどり着くのだと思い、何も考えずに走りました。

 ラスト4キロからは、小雨が降り始めました。
 雨が火照った身体を気持ちよく冷ましてくれました。汗と雨に塗れながらめちゃくちゃになって走っていると、もう全てがどうでもいい、手放していいものだった、と感じました。自分の悩みや考えごとの視野がいかに狭かったのかを感じました。
 最後まで無事に走らせてください、と最後まで謙虚な気持ちを手放さずに脚を進めました。

 ついに、グラウンドのゲートが見えました。
 入り口にはお母さん、たけちゃんと、のぞみちゃん家族の姿がありました。
 お母さんが、「ほのか! 早かったね!」と笑顔を向けてくださって、その笑顔にすごく安心した気持ちになりました。

 

■胸に迫る

 グラウンドに入ってからは、それまでの脚の重さが嘘みたいに軽々と走ることができました。あゆみちゃんやのりこちゃんが柵の外から身を乗り出して応援してくれていました。私は早くみんなのもとに駆け寄りたくて最後の1周半を走りました。
 ゴールテープを持っているかのんちゃんとなるちゃんの笑顔を見ながら、ゴールテープを切りました。

 

 

 記録用の大きな時計を見ると、5時間00分ぴったりでした。
 すかさずお父さんのもとにかけよって、抱きつきました。
 お父さんの防水加工のジャージにしがみつくと、「よくやった……!」とお父さんが優しく声をかけてくださいました。
 その瞬間、今までのことが一気に思い出されて、言葉で言い表せない大きな安心感を得ました。今まで必死で自分を守ってきた何かがぼろっと崩壊して、もう何も残っていない私はお父さんの大きな腕の中で泣き崩れました。
 本当に、帰ってこれてよかった。心からそう思いました。
 ゴール後は普通に歩けないくらい身体がぼろぼろになっていたのに気づきました。
 今すぐ倒れ込みそうなくらい立っていられなかったのですが、すにちゃんやももちゃん、先にゴールしていたゆうなちゃんが駆け寄ってきてくれて、みんなで抱き合いました。
 ああ、私、ゴールできたんだ、という実感が少しずつわいてきました。

 ビデオカメラを持ったあゆちゃんが駆け寄ってきてくれて、抱きしめてもらいました。
「よくがんばったね、早かったね、あんなに緊張していたのにね」
 と笑いながら話してくれたときはすごく安心して、また涙が出てきてしまいました。
 その後、完走証をもらい、車の中でお弁当をいただきました。
 お重に入ったぴかぴかのお弁当が玉手箱のようで、一口食べた瞬間目が見開かれるようなおいしさに手がとまなくなりました。
 お腹がすいていると思っていなかったのですが、なのはな産のお米や、お仕事組さんたちが丹精込めて用意してくださった食材の一つひとつが身体に染み渡って、無くなってしまうのが寂しいくらいおいしかったです。
 みんなと本当においしいね、と言いながら食べる時間も幸せでした。

 その後は、ゴール地点でなのはなのみんなと、他のランナーの方応援をしました。
 一人ひとりの表情を見ていると胸がいっぱいになって、涙が出そうでした。
 最後は、ねいくんとつきちゃんのゴールをみんなで作りました。
 お花を両手にみんなでアーチを作って、お父さんお母さんがゴールテープを持って待ちました。色とりどりなお花と、みんなの表情が綺麗でした。
 みんなの中にいると帰って来れた安心感に包まれました。
 途中で通り掛かった一般のランナーさんもみんなで迎えました。
 とても嬉しそうにされていて、その暖かい空気が心地よかったです。
 わたしたちが目指す利他的な社会というのは、こういうものなのかなと思いました。
 ねいくんとつきちゃんが帰ってきたときも、ぐっと胸に迫る感動がありました。
 自分がゴールしたときよりも、誰かがゴールしているのを見るほうが感動したように思います。感動をみんなで味わうことができる時間が、すごく尊いなと感じました。

 あんなに走るのが怖くて、嫌いで、フルマラソンとは無縁な人生とばかり思っていました。そんな私でも、なのはなファミリーのみんなの中で過ごさせてもらって、42・195キロを完走することができました。
 自分を消して、お父さんお母さんのことを信じる気持ちを持って、どんなに長い距離でも走っていくことができました。
 たくさんの人に支えられながら走った5時間。みんなをたくさん感じて、幸せでした。