「プログラムごと変える」 のん

4月7日

*昨日の続き

 昨日気付いたことを経て今日過ごしてみて感じたことがあります。

 「お父さんならどうするか」と考えたり、お父さんの考えを自分にトレスするのをイメージしたら、苦しくならなくて、気持ちを逃がす必要がなくなるんだな、と思いました。

 親を師匠にして身につけた考え方、生き方、何が良くて何が悪くて、何が幸せで何を恥ずかしいと思うのか、が自分には苦しいものだったり、虚しいものだったりしたわけで、そこからまるっきり違う「お父さん」という人の考え方生き方を、取捨選択せずとりあえず丸ごと自分にトレスして過ごしてみよう、と思ったら苦しかったことが苦しくなくなるんだ、と思いました。

 尊敬する人をたくさん作って、真似する人をたくさん作るのがいけないのは、尊敬する人のいいところを真似しようとする、その「いいところ」と思う基準さえ、自分を苦しめる考え方で判断した「いいところ」だからなんだと思いました。
 その基準、考え方が辛くて苦しんだから、丸ごと替えてしまえば、苦しくないんだ、と思いました。そのために師匠にする人は1人なんだ、と思いました。

 私は、まがりなりにも働き始めて、金銭的にも心配する必要もないし、心配もしてないし、親離れはほとんどできているつもりになっていました。でも、生まれてから人間の見本を親にして育ってきたことで身につけた親の考え方から全く離れられていなかったことに気がつきました。親離れして次の人生の師匠を見つける、というのは、人ってこういうもの、こういうときにこう感じるもの、というプログラムごと変えてしまう、っていうことなのかな、と思いました。

 そうしたときにやっと私は症状から離れて苦しくなく、生きられるんだなと思いました。