【11月号㉑】「版画作りの過程で学んだこと、嬉しかった時間」さとえ

  
 毎週木曜日は、藤井先生が、なのはなで木版画教室をしてくださいます。私は今年の六月に、かにちゃんが声を掛けてくれて、今回の版画教室に参加させてもらうことになりました。

 私は、これまで、ほとんど経験したことのない版画作品作りを経験できることが、嬉しいなと思うと共に、自分は手先があまり器用でないと普段は感じていて、(ちゃんと作品が仕上がるだろうか)と、少し緊張もしていました。

 今回、版画教室に参加したメンバーは、りんねちゃん、まりのちゃん、るりこちゃん、すにたちゃんと私の、五名でした。

 始めに、作品の題材を選ぶ工程から入りました。
 藤井先生が、古吉野の校舎を、ゆっくりと一緒に歩いて、「こういう建築物の風景(校舎の廊下)は、表現が案外難しいんだ」「魚は、描き易かったり、面白いよ」など、題材の選び方について話してくださり、題材選びの参考になりました。

 後日、古吉野の校舎や、校舎の外を歩きながら、(花か、野菜を描いてみようかな)(瓦屋根のお家が入った景色も、難しそうだけれど、白と黒で描いたら面白いんじゃないかな……)と考えると、作品作りが楽しみになる気持ちが増していきました。

 私は、お客様玄関に飾られていた『初音観音』という、横笛を吹いている、小さなお人形を描いてみることにしました。
  
  

 デジカメで撮影すると、お人形の肌が明るく、柔らかそうに見えました。また、お人形の後ろに置かれていた、濃い茶色と、黒い木目のある板が、お人形の肌の白色と対称的で、心に残りました。

 次に、題材のデッサンをしました。

■光と影

 お人形の全体像を描くのか、それとも、上半身だけ、など一部を切り取って描くのか、構図を決める段階で、悩みました。

 藤井先生が、
「どこか一部をアップにすると、案外面白かったりするんだよ」
 と教えてくださったり、
「鉛筆を縦に持って、人形の顔は、鉛筆の長さで言うとどこまでか、と検討を持つと、正しいバランスで描き易くなるよ」
 など、すっととなりに来て、アドバイスをくださり、手を動かすことができました。
  
  

 人の顔や手のデッサンをすることは難しいんだなと、改めて感じましたし、集中して人形を見つめながら、少しでも本物に近い形で描きたいな……、と思いながら何回も書き直す時間が、充実していて楽しかったです。

 デッサンを終えて、コピー機で作品を印刷した時、倍率を百二十五倍、百七十倍と大き目に印刷しました。するとお人形の顔や、横笛、手元が良く見え、お人形の少し微笑んでいる様子や、頭の、金色の飾りの模様が浮き出て、印象的に見えるな、と感じて、嬉しい気付きがありました。

 藤井先生から、版画は、デッサンのように、光と影を、微妙な変化で表現することは難しい。薄墨、少し濃い薄墨、真っ黒の墨の三色で表現する場合、そのバランス、色の切れ目、線を考えていく必要があることを教えていただきました。

 影を、三色の墨の濃さで表そうとすると、お人形の柔らかい曲線が、はっきりとした線や印象に変わります。曖昧な表現ができないから、私はお人形の何を見せたいのか、陰影を、どんな線で表現したいのか、イメージや意志を持たなければいけないんだな、それは自分の課題でもあるな、と思いました。

 お人形の影の濃さや線を、絵に墨と筆で塗って決めて行こう、と藤井先生が教えてくださいました。私が、線の太さはどうするか、どこを黒くし、薄墨はどれくらいの範囲にするか、等、失敗を恐れて中々進めなかった時、藤井先生が、
「失敗しても良いから、線を入れみたら良い。やってみて、気付くこともあるよ」
 と言ってくださり、とにかく描いてみよう、と気持ちを入れ直し、影つけを進めることが出来ました。
 藤井先生が、
「周りからどう思われるか、とか、皆から良いねと言われるような作品を作ろう、と思うと、作る本人はつまらなくなる。自分自身が一番、面白い、楽しいと思いながら作る作品が、やっぱり、一番良い作品になると思うんだ」
 と、話してくださったことがありました。

 私はその言葉を、作品作りをしながら、時々思い出しました。
(私は、このお人形のどんなところが好きで、何を見せたいのだろう)
 と、布団の中で考えたりしました。作品作りが面白いと思う気持ちが増していきました。版画は、奥が深いんだな、と気付きました。

 私の隣では、蜘蛛と、蜘蛛の巣を白と黒のニ色で表現しているりんねちゃんや、アジサイをモデルにしたまりのちゃん。古吉野に飾られていた、ヒマワリ等が生けられた花瓶を描いたすにたちゃん。
「カマスが、一番美味しくて好きなんだ。藤井先生の、魚の作品が素敵で、私も描いてみたい」
 と、カマスの写真を作品にしたるりこちゃんが、それぞれ、楽しそうに、真剣に、作品作りに取り組んでいました。

  
藤井先生の版画が出展されている展覧会へも行かせていただきました。

  

 すにたちゃんは、一版多色刷りに挑戦していました。真っ黒の紙に、ヒマワリの黄色、橙色、葉の緑や背景の白が、徐々に刷られて、形作られていくところを見ていると、私の心も、鮮やかになっていくようでした。

 まりのちゃんは、アジサイの背景を、濃い紺色や、青色で刷っていました。この、「濃い紺色」を刷ることが、たいへん力を要して、難しそうでした。ぐっと、バレンを紙に押し当てて、集中してこすります。一度では、充実した紺色は出にくい為、数回、色を塗って、刷る工程を繰り返し、印象的な、濃い紺色を刷り上げていました。

 花びらは、刷る時の力の入れ方で、淡い桃色の部分と、少し紫がかった色が滲み出ているようで、綺麗だなと思いました。

 私は、お人形の背景を、六月、お客様玄関で見かけた、濃い茶色と黒い線の木目調の板にしてみたいな、と思っていたのですが、藤井先生が、木目の凹凸を刷りに活かせる板を用意してくださいました。いざ、刷ってみた時に、木目が見え難かった時は、木目が浮き立つよう、電動の金ブラシで板の表面を削ってくださいました。

 面白く、良い作品になるために、先生が、いつも快く来てくださったり、手法を教えてくださったり、参考になる本を持って来てくださり、有り難く嬉しかったです。

 私は、デッサンに時間を掛け過ぎてしまい、十月中に作品が完成するか、間に合わないかもしれない、と焦ったり、時間配分が出来ておらず、反省した時もありました。

 しかし最後まで、諦めず、少しずつ彫り進め、十月下旬には、皆と完成させることが出来たのは、藤井先生が、いつも、同じ気持ちで、アドバイスをくださったり、良い作品になる為に、どうしたら良いか考えてくださったからだと思います。

 お人形は三色の墨色で刷り、背景に、濃い茶色の木目を映して、作品が刷りあがったのは、十月十七日でした。こんな書き方は少し大袈裟だと思いますが、山を登り切って、ふと頂上から景色を見渡した時のような、ほっとした気持ちを、作品づくりを終えて感じました。

■宝物の篆刻

 藤井先生や、一緒に作品作りに取り組んだ仲間がいてくれたから、完成できたのだな、と思います。

 作品に押す篆刻は、藤井先生が、ご自宅で、一人ひとりの名前の頭文字を、平仮名で彫ってくださったものです。濃紺の、小さなケースに、今回初めて版画教室に参加した四人の篆刻が並んで置かれているのが、とても可愛らしくて、綺麗で、宝物のように感じました。
  

   
 作品が完成した時、藤井先生が、作品を見て「うん。良いがな」と、一人ひとりに頷きながら言ってくださいました。藤井先生が、最後の一人が、作品を完成させるまで、寄り添って助けてくださいました。

 藤井先生とこうして、版画教室でお会いして、沢山のことを学ばせていただく機会があったこと。この四か月、藤井先生が、私達と、作品作りにずっと向き合ってくださったことが、とても嬉しかったなと、感じています。

 作品が完成した時の、りんねちゃん、まりのちゃん、るりこちゃん、すにたちゃんの、嬉しそうな、ほっとしたような笑顔も、私の心に残っています。

 版画教室を通して、版画には、様々な彫り方、刷り方、板や用紙などの素材の使い分けなど、幅が広く、奥深い面があることを、学びました。

 版画教室に参加する機会をいただけて、とても嬉しかったです。