【9月号⑬】「 新しい家族(赤ちゃん)と過ごした三夜」 なお


  
 生まれて一か月にも満たない赤ちゃんを腕に抱いていると、一人の人間としての確かな存在感を感じました。小さな身体だけれど、しっかりと生きている強さがありました。

 そして、自分が産んだ子供ではないけれど、この子は私にとっても本当に大切な存在なのだと、実感を持って感じられました。赤ちゃんに対して感じた『大事な存在』という思い。小さな命に対して、自分がそう思えたことが、とても嬉しかったです。

■お泊りチーム

 なのはなファミリーの卒業生が、今年の七月に生まれた赤ちゃんと一緒になのはなに帰ってきてくれました。生後十九日の女の子と一緒の里帰りです。

 二人が約二週間、なのはなに滞在してくれる間、私は『赤ちゃんとお泊りチーム』の一員になりました。
 お泊りチーム、すなわち夜のベビーシッターチーム。いつ自分が赤子の母親になっても大丈夫(?)なように乳児シッターの練習をさせてもらいつつ、出産して間もない卒業生が、なのはなにいる間、少しでも休めたらいいなという気持ちでいました。

 チームメンバーは、まえちゃん、よしえちゃん、まことちゃん、さとみちゃん、かにちゃん、ななほちゃん、私の七人。ペアを組んで、赤ちゃんの過ごす部屋へ毎晩お泊りに行きました。

 はじめは、楽しみ八割、不安が二割でした。なにしろ、“ベビーシッター”と名乗るには、私はあまりにも経験が不足していました。不足どころか経験ゼロの初心者マークでした。

 二、三時間おきにミルクをあげるというが、そもそも正しいミルクの作り方とは?(温度調整が難しそうなイメージがある)

 寝ていても起こしてミルクを飲ませてよいのか?
 ミルクを飲んでも、おしめを替えても、あやしても泣き止まなかったらどうしよう……。

 何かあるかわからないけれど、夜に“何か”不測の事態が起きたらどうしよう。
 不安の半分は、はじめに解消されました。卒業生の子と、二児の母であるスタッフのあゆみちゃんが、乳児のお世話のいろはを私たちベビーシッターズに教えてくれました。ミルクの作り方、おしめを取り換えるときに気を付けること、寝かせるときにおくるみをまくコツ、泣いているときのあやし方、などなど。
  
 ミルクについては、粉ミルクと搾乳した母乳を混ぜること、その量の配分、人肌の温度の感覚。飲ませるコツ(しっかり深めに哺乳瓶をくわえさせることや、飲まないなと思ったら瓶の底をとんとんと刺激することなど)、いつもどんな体勢でミルクを飲ませているかを伝授してくれました。

■赤ちゃんとの最初の夜

 私も、初日に、卒業生に見てもらうなか実践してみました。初めて哺乳瓶でミルクを飲ませた感想はというと、自分が想像していた数倍も、ミルクの飲みっぷりが良かった! です。

 一気に飲ませないで途中に休憩を挟む、ということを忘れてしまいそうになるほど、ぐびぐびぐびっと、それはもう美味しそうに飲むこと飲むこと。卒業生が、ミルクはあげたらあげただけ飲んじゃうからと話していたので、飲ませすぎには注意しなくてはならないのだと思いますが、たっぷり飲んで、気持ちよくげっぷをしてくれると、

「いいねえ、いいねえ、よーしごちそうさま!」
 と私も大満足となりました。

 赤ちゃんの仕事は、しっかりミルクを飲んで、うんちとおしっこをして、しっかり寝て、しっかり泣いて私たちに意思表示をしてくれること。

 おしめの交換では、女の子は脱臼しやすいので男の子より足を上げるときに気を付けることなど、初めて知ることがありました。おしめを見て、うんちやおしっこをしているとわかると嬉しい、特にうんちは喜びもひとしおです。なかなか出ないとお腹が張って苦しいのかなと心配になるものです。

  

  
 効果があったかわかりませんが、うんちが出ない晩は、まえちゃんと「のの字マッサージ」をしました。それでも出ないときは、卒業生が綿棒を使って刺激をして排便を促す方法を教えてくれました。

 泣いたときに、赤ちゃんが落ち着くあやしかたは上下スクワットです。どの赤ちゃんにも共通することなのか、その子だけなのかはわかりませんが、抱っこして膝を深く曲げて上下にスクワットする動きが、赤ちゃんにとって心地よい揺れのようで、泣いたときはまずはスクワットでした。そして落ち着いたら横揺れになり、寝付いてしばらくたったらベッドに着陸、という流れです。

■一緒に感じているような

 赤ちゃんと過ごしていると、お腹いっぱいミルクを飲んだ満足感や、うんちをしてすっきり気持ちよくなった感じなど、一緒になって味わっているような気持ちになりました。理屈ではなく、これは満たされたなとか、安心できたなという感覚です。

 ミルクを飲ませる、うんちやおしっこをしたらおむつ交換、泣いたらあやす。赤ちゃんを育てるときの基本のきで、特別なことをしたわけではありません。それでも、自分にとって一晩のあいだ乳児を見るというのは初めての経験だったので、発見や喜びが毎回ありました。

 二週間のうち私は三回お泊りに行かせてもらったのですが、当然ながら一度として同じ夜はありませんでした。

■三度の夜を過ごして

 初めの日は、夜泣きというものがほぼありませんでした。夜八時から九時の間、寝るまで泣いてぐずっていましたが、十時過ぎて眠ったら、あとはミルクを飲む以外は朝五時過ぎまでしっかりと眠っていました。赤ちゃんはミルクを飲む以外はこんなにもぐっすり寝ているものなのか、と少々驚いたくらいです。心配したことといえば、寝息があまりにも静かので、息しているのかな……と思わず何度も夜中に見に行ってしまったことです。

 二回目は、初日とは反対に夜泣きを何度かしていて、ミルクを飲んでもしばらく寝付かないという時間がありました。三回目は、うんちがしばらくでなくて心配したり、夜泣きをしたのでミルクの時間を変則的にしてみたり、と。

■赤ちゃんの強さ

 夜泣きをしても、自分が抱いていた“泣き止まなかったらどうしよう”という不安にはかられませんでした。それも、実際にお泊りをしてみて予想外だったことです。

 もちろん、たった一人で子供を見ているのではなく、ペアでお泊りしている子や、お母さん(卒業生)もいざとなったら隣の部屋に寝ていていること、あゆみちゃんもいることなど、心強い仲間がいるから不安もあまりなかったのだと思います。

 そのうえで、私が感じたのは、赤ちゃんは自分が思っているよりも強い、ということです。これは、特に根拠のない私の感覚でしかないのですが、赤ちゃんはそんなにか弱くもろくはないのだと思いました。赤ちゃんを実際にお世話する前は、首もまだすわっていない乳児は間違ったら壊してしまいそうな気持ちすらあって、抱っこをするのも少し怖かったです。

 ところが、その赤ちゃんを初めて腕に抱いたとき、不思議と怖さがなかったです。最初は私の抱き方もぎこちなく、赤ちゃんももぞもぞと定まらない感じでしたが、「おお、ごめんよ。こうかい、こうしたら落ち着くかな?」と赤ちゃんと対話しながら抱き方を変えていきました。

 そうして腕にフィットして気持ちよさそうに眠る様子を見ることができました。お泊りをするたびに、自分の抱き方も様になってきたような気がします。

 泊りの度に、意思疎通をしたいなと思って赤ちゃんを腕に抱き、泣き声という言葉と会話を試みたり、自分が不安になってないから大丈夫だよと伝えたいなという思いでいました。赤ちゃんからしたら、「うーん、ちょっと頓珍漢」ということもあっただろうなと思うのですが、赤ちゃんといると私は小さな発見や小さな喜びを感じることができて、本当にお泊りチームに入れてもらえてありがたかったです。

 そんなこんなで、私は赤ちゃんやみんなのおかげでベビーシッターとしてほんの少しだけ成長できました。ベビーシッター未経験の私を、その赤ちゃんが育ててくれたようです。もちろん、たった三晩では初心者マークはとれませんが。

■日々の成長

 一方赤ちゃんは、ほんの少しではなく、二週間の間にぐんと成長をしました。数日たって抱っこをすると、前より重くなっているように感じたし、顔もまゆげのあたりがはっきりしてきたように見えました。ミルクを飲む間隔も、初日は三時間おきでしたが、最後のほうは二時間から二時間半と短くなっていました。

 お泊り最終日は、夜中にベビーベッドの中で九十度回転していたり、真ん中で寝ていたはずが柵に張り付くような姿勢になっていることが何度もありました。それは脚や腕の力が強くなって、夜中にもぞもぞと身体を動かしたときに大移動してしまったのかな、と勝手に想像をしていました。赤ちゃんがこうしてまさに日々成長していることを間近で感じられたことも喜びでした。

■安心

 卒業生が帰る日。なのはなのみんなから、「ずっといて欲しい。寂しい」という声があがりました。私も、赤ちゃんの成長をもっともっと一緒に感じたくて、寂しい気持ちになりました。

 赤ちゃんは昼食と夕食のときには古吉野の食堂に置いたベッド(チャイルドシート)で眠りながらなのはなのみんなの中にいました。会話が響く食堂が心地よいのか、赤ちゃんが食事の時に泣くことは一度もありませんでした。

 縁日では卒業生も赤ちゃんと一緒に山小屋に来てくれました。また、集合の時間に妊娠、出産のときのことをたくさん話してくれました。二週間一緒に過ごして、赤ちゃんもなのはなファミリーの大切な家族の一員となっていました。

 本当のところを言うと、ベビーシッターに行く前は、私は赤ちゃんに対して(その子だけではなく、どの赤ちゃんに対しても)本気でかわいいと思えないかもしれない、という怖さがありました。赤ちゃん=かわいい、それは一般的に考えれば普通の感情かもしれないけれど、私はかわいいと思う前に、ちょっと怖いというか、どう扱っていいのかわからない、と恐れていた部分があります。赤ちゃんに泣かれたらどうしよう、ということもありました。

 その赤ちゃんに対する戸惑いや、未知の怖さが、今回お泊りチームで夜のシッターをさせてもらってなくなったことが本当にうれしいです。

 腕の中で抱っこしているとき、すやすやと眠っているとき、激しく泣いているとき、じっと何かを見つめているとき、どの時もかわいいなと感じたし、不安ではなく、むしろ赤ちゃんといることで穏やかな気持ちや安心を感じることができました。

 子育ては当然ながら数日ではなく、長い年月のことになります。たった二週間一緒に過ごして、三晩泊っただけであれこれ偉そうなことは語れないのですが、自分にとって得難い大切な時間であったことは間違いありません。

■なにがしかの役割をもって

 最後に書きたいのが、赤ちゃんに対して湧いた感情。

 それは、かわいい、愛おしいという言葉では表せない、まだ名前の付けられていない気持ちです。はじめに書いた「大切な存在」であることと、一人の人間としてしっかりと生きているのだなと感じたこと、なにがしかの役割をもって生きているという、年齢を超えて人として対等に思う気持ち。

 乳児はまだ視力が低くほとんど見えていないと言いますが、艶やかな黒目で何かを見ているとき、きっと赤ちゃんしか見えない何かを見ているのだろうなと思いました。

 赤ちゃんが何を思い、何を感じ、何を見つめているのだろうか、その子は産まれてきたこの世界をどう感じているのだろうか、そんなことを、抱っこしながら考えていました。

 そして、あらためて私にとってもこの子はとても大切な存在なのだと思いました。子供は親だけで育てるのではなく、社会全体で、みんなで育てるもの、なのはなのお父さんお母さんが話してくれることが、自分が抱っこしている小さくあたたかな赤ちゃんを通して実感あるものとして感じました。みんなで育てる子供であり、そして一緒に生きていく仲間でもある赤ちゃんです。

 次に会うのはウィンターコンサートのころでしょうか。そのときには、もっと大きくなって、離乳食を食べているかもしれません。ひとときの別れは寂しいですが、離乳食なら、なのはなの野菜で何が好きかな? と考えていると、次に会えることが楽しみになります。

 卒業生とも、また一緒にステージに立てたら嬉しいなと思います。