6月17日
父の日の会で『ケニー・モナーク・フェスティバル』でみんなとフラダンスを踊り、昨日も日記に書かせてもらったのですが、すごく楽しかったです。
父の日の会の準備期間で、一番印象に残っているのが、いつでもみんなで助け合おうとする空気があったことです。
寸劇も、ダンスも、衣装考案も、だれか一人だけが大変になるのではなくて、いつもみんなで考えて協力して作れたこと。
チームメンバーは、仕事に行く人もいて、練習にいられる人が限られていたりしたけれど、練習のときに仕事でいなかった人に対して、ちゃんと伝えられるように、夜にキャッチアップをして、いつもみんなで走っている感覚がありました。フォーメーションがうまく作れなかったところも、消灯ぎりぎりまでみんなで考えて、お父さんへ気持ちを込めて、よりよいものを作りたいという一心でした。
うまくいかないなと思うときも、決して苦しいのではなくて、それもまた楽しくて、そこに被害感情とか自己否定の気持ちが入ってしまうと、一気に苦しいことになってしまうけれど、自分の考え方、気持ち一つで、世界が180度がらっと変わることを感じました。
お父さんに喜んでもらいたい、その気持ちしかなかったから、人の顔色とか自分がどう思われているのかなんて関係なくて、一切そういう気持ちがなく見える世界は、こんなにも可能性が広がっていて、こんなにも自由で、本当は、なにをしてもいいのかもしれないと思えたことが、自分のなかで気持ちの変化でした。
自分のなかでなにがきっかけなのか、と思ったときに、今回、カワイプナヘレのチームで、決めるべきところがたくさん出てきました。
衣装考案も、ダンスのフォーメーションを作るときも、寸劇も、決めるところがたくさん出てきたときに、自分のなかに一瞬の怖さというものがあり、その怖さに気がつけたことが大きかったです。
もしうまくいかなかったら、失敗したら……。
今まで、自分のなかでこれをしたらいけない、失敗しないように、という小さな枠のなかで、その枠から外れることが怖かったです。だれにどう思われるか、ではなくて、自分がどうしたいか。そう思うと、広い世界が目の前に広がっていて、何をしてもいいんだ。それは利己的なことではなくて、みんなのために、今自分ができることをする。作る。
だれかが決めたルールから外れてはいけない、そのルールから外れたら、自分の存在すべてが否定されるような怖さが自分のなかにあったり、その失敗で、あいつはダメだと思われる。その小さな枠を自分で作っていて、正解しなきゃいけない枠があったけれど、今回、父の日の会で、その怖さに気が付いてから、本当は何をしてもよくて、正解に近づけよう近づけようとしなくていいんだなと思えたことが自分のなかで大きかったです。
だれかが決めた枠のなかで、その枠のなかにいて、自分を守り続けてきたんだなということに気が付きました。
あるべき形に近づけるように、求めていくことは必要だけれど、今までの私のように、正解しなきゃいけない裏には、失敗したら人からどう思われるか、失敗したら怒られる、嫌われる。人から責められる。ということがあり、そのために正解しようとするのは、違うのだと思いました。
そのことに気が付いてからは、みんなの前でダンスをみていても、なにをしていても、縛りというものがなく、見える世界がクリアになった感じがしました。
本当はなにをしてもいいんだ。失敗してもいいんだ。
今決める。自分で決める。
保障なく生きる。
ダメでもいい。失敗してもいい。あるべき形は求め続け、逃げずに立ち向かう。
私は、ずっと、いい子でいる枠、正解の枠に囚われていたんだなと自分を認めたら、肩にずっと乗っていた重りが、すっと軽くなるのを感じました。
そこからは、自分の気持ちが前に出て、チームのみんなと動いていても、動きやすかったです。
内々のイベントでも、自分の気持ちの変化が確かに感じられて、一つひとつのイベントのなかでも、自分の気持ちが変化していけることが本当に嬉しくて、そういう機会をもらえることが有難く、これからも成長し続けていきたいです。
『イエローストーン』であけみちゃんと一緒にお父さんへの手紙を書かせてもらっているときに、例えば、なにか外に出たときに、判断が難しかったり、どう評価したらいいのかわからないことも、お父さんがこう考えるべきという答えを教えてくださることが本当にありがたくて、その考え方、生き方の土台というものをお父さんの姿から学ばせていただけることが本当にありがたいことだと感じました。
お父さんへの手紙を書きながら、「お父さんに、私たちに任せてください! と言えるくらいに成長しようね」とあけみちゃんと話していました。
いつも、お父さん、お母さんに助けてもらっていてばかりだから、今度は私たちが、お父さん、お母さんを助けて、仲間を守れるように、強くなろう。
あけみちゃんと話していて、力を合わせて生きていく仲間がいる、なのはなの仲間がいるんだと思ったら、すごく力が湧いてきたし、今、お父さん、お母さん、みんなと過ごしていて、目の前のことが楽しいと思えるのも、希望を持てるのも、当たり前のようで、あたり前のことではなく、お父さん、お母さんに出会えなかったら、2つに1つの道で落ちていたんだなと思ったら、本当に感謝しきれないくらいだけれど、お父さん、お母さんに教えていただくことを、ちゃんと未来へと繋げていけるように、力を尽くしていきます。
お父さん、お母さん、おやすみなさい。