「家と思える場所」 りな

6月16日

 お父さん、いつもありがとうございます。お父さんに出会えて、なのはなファミリーに出会えたから、今、未来に希望を持って、前だけを向いて、生きることが出来ます。それが当たり前のようになっているけれど、確かに自分は生きる道を見失い、生きるか死ぬかの境目まで足を踏み入れたことがあり、それを思うと、とても当たり前のことではないのだなと思います。本当に、症状も出さずに、生きられていることが奇跡だと思います。

 それは、これまでお父さんが、私達のように同じ苦しみを持った人が歩くことのできる道を、切り拓いてきてくださったからだなと思います。そして、摂食障害になった私達は、利己的な価値観に染まって、普通の振りをして生きることは出来なくて、生きられないからこそ、同じように行き場を失い道を探している人が続く生き方を作っていく、新しい価値を生み出していけることも、お父さん自身の体験から、私達に身をもって教えて下さりました。

 私はこれまで出会った大人の中で、お父さんのように、どう生きていくか、教えてくれる人は一人もいなかったし、誰もが今の風潮に合わせて、流されるように生きていました。何が正義なのかも分からないし、モラルもなく、誰かが誰かを蹴落としたり、自分や自分の家族の利益しか求めないような考え方に、私は自分が思っている以上に、ものすごく傷ついてきたのだと知りました。

 なのはなファミリーで、みんなと思いっきり畑で動いたり、コンサートやイベント、何気ない生活を通して、どんどん生きやすく、安心できていると感じます。毎日が楽しくて、明日が来るのが待ち遠しく感じたり、誰かの綺麗な笑顔を見て、胸がキュッとなって涙が出てきそうなぐらい、大好きだな、と感じたりするのも、本当に安心してここが家だなと思える場所が、初めてできたからだと思います。

 どう生きたらいいのか、お父さんが答えをくださって、お父さんの言葉から、生きていく意欲が湧きました。泥臭くて、絶対に諦めないお父さんのように、私もどんなに未熟でも、壁があっても、良くなることを諦めずに、前だけを向いて、生きていきます。

 お父さんのことを尊敬していて、お父さんに出会えたこと、お父さんの娘になれたことが幸せです。私も、お父さんの見据える未来を見て、少しでも広げていく一人になっていきます。

 今日のケニー・モナーク・フェスティバルが、とても嬉しかったです。2週間ほどの練習時間だったけれど、チームのみんなと練習している時間がものすごく濃かったし、楽しかったです。今日の夜から、もうチームの人と集まることが無いんだと思うと、少し寂しい気もするけれど、それ以上に、今日の楽しかった余韻があります。

 ダンスを踊っているときに、お父さんが、ずっと笑顔で見て下さっていて、とても嬉しかったです。本番では練習の時よりもすごく汗をかいたけれど、一番踊ることが楽しくて、嬉しい気持ちでいっぱいになりました。お父さんも、お母さんも、みんなもずっと暖かく見てくれていて、仲間にたくさん囲まれながら、踊っている感覚がありました。見てくれているみんなも盛り上げる一員として、大きな拍手をしてくれたり、明るい空気を作ってくれて、みんなでこの会を作っているんだな、と思いました。

 他のチームのパフォーマンスも、一人ひとりの表情が生き生きと輝いていて、横顔も、後ろ姿まで本当に綺麗だなと思ったし、袖でMCを聞きながら待機しているみんなの姿を見るだけで、少し涙が出そうになりました。お父さんのことを大好きな気持ちや、感謝の気持ちをみんなからもたくさん感じて、同じように幸せな気持ちになりました。
 これから忙しくなる夏も、この仲間となら、どんなに暑くても、大変でも、笑顔で楽しんで乗り越えられそうな気がするし、不安な気持ちよりか、これからが楽しみになってくるなあと思いました。

 今日はみんなの気持ちをたくさん感じながら、お父さんのお祝いのケニーモナークを出来て、とても濃くて充実した1日でした。明日からも、真っ盛りの夏に向かって、まずは桃の防除を頑張ります。
 読んでくださりありがとうございました。おやすみなさい。