「蛍のやさしさ」 みつき

5月27日

●蛍のやさしさ

 昨日の晩、みんなで滝川へ、蛍を見に行きました。
 夜道を歩くのは久しぶりかも知れなかったです。風が吹いていて、日中のどろんこ運動会で使い切った身体を、通り抜けていきました。少し湿っている雨が降る前の風に当たるのは、気持ちが良かったです。
 相川さんも居てくださって、たくさんのみんなで夜道を歩いているから、怖くも寂しくもありませんでした。

 どこにも焦点を当てずに川をざっと見てみると、蛍があちこちで光っているのが分かりました。今年の蛍は人なつっこいのか、みんなの手に留まって、しばらくじっとしていることもありました。「あ、飛んでいったね!」と言ったのもつかの間、また別の子の身体に留まっている蛍が、かわいらしかったです。

 蛍が好きだなあと感じました。蛍が柔らかく光ることも、他の仲間と一緒に同調して、ぽっぽっぽ、と光ることも、蛍の命が短くてはかないことも、優しく感じられます。
「あそこにもいるよ!」と口々に言い合っているみんなも、なんだか切なくなってしまうくらい優しく感じられて、ああ、今のこの時間は、本当に今しかないのだなあと思えました。

 蛍が、なのはなのそばに来てくれて嬉しかったです。

●助けてもらえる人になる

 お父さんお母さんの集合のお話が嬉しかったです。
「自分が幸せな人生を送りたいと思わないことだよ」
「僕は、自分が幸せになりたいって思わないんだよ」

 自分が幸せになりたい、自分がもっと幸せになる道へ早く進まければならないのではないかと思うこと、それは違う心持ちなのだと感じました。
 わたしは間違った心持ちで居てしまうことがありました。ここからの自分の人生をちゃんとやり直して、良くしていかなければいけない。そう思うと、それは大きな壁のように見えてしまったり、焦ったり、苦しくなったりしました。
「自分が成長してなんでも先頭に立って出来るようにならなければいけない、それも違う。できなくてもいいんだ」
 とお父さんが話してくださったことも、ハッとさせられました。

 自立というのは、助けてもらえる人になること。
 自分はできなくても良いけれど、それをカバーして助けてもらえるような存在、助けを求められる存在を周りに作っていくことだと、改めて教えて頂けたことがありがたかったです。
 助けてもらえる人は誰かを助けられる人です。相手のできないところは自分が助けるんだ、その気持ちでこれから生活していきます。

 わたしは、どこかで自分を幸せにしようと思ってしまっていました。お父さんが自分の人生よりも誰かの人生を幸せにしたい、幸せにすることを望んでいて、わたしは自分が恥ずかしくなりました。
 わたしは間違ったことを考えて動いてしまったり、できないところも多いけれど、お父さんお母さんをはじめ、助け合って生きていくことを望んでいる仲間の中で、今こうして生活してきた過程がある、わたしもその一部としてできることがあるはずだと思えました。それは大きな自分に対する肯定の気持ちにもなりました。

 心細い感じ、肌寒いような感覚がなくなって、ああ良かったと思えました。なのはなのみんなと助け合って、その先にはまだ見ぬ人とつながって、幸せにし合っていけるのだと思うと、これ以上ないくらい心強いです。
 何度も聞かせてもらっているお話かもしれなかったのですが、何度でも心に響くし、再確認させてもらえることが嬉しいです。

●トウモロコシの気持ちで

 午後には、トウモロコシキャップを3000個、作り終えることができました。
 でも、みんなに、「実際にこうやって着けるんだ」と写真を見せたり、「これを着けていると、虫も来ないし、見た目もとげとげしていて強そうなんだよ……」と話したり、まちちゃんがトウモロコシの豆知識も話してくれたり、みんなでトウモロコシの気持ち100パーセントで作り続けられたことが、とても嬉しかったです。

 はじめは、飽きてしまうかも知れないね、と話していたのが、新しい子もみんなも、「これ、ずっとやっていたいくらいだね」と言って、楽しそうにもくもくと作ってくれていたし、自分も、新聞紙を丸めてテープを貼る、というのが工作のようで楽しかったです。
 さくらちゃんが伝えてくれて、昨年の記録で改善点として記されていた、「先端は絶対に隙間を作らないこと」というのもきっちり守って、綺麗に作ることができました。

 まだ、なのはなのトウモロコシを食べたことがない、見たことがない子たちも、それぞれのトウモロコシへの気持ちで、全力で作ったトウモロコシキャップ。そのひとつひとつが大切なもので、きっと、効果抜群だと思います。