【5月号⑤】「講演・ステージ大成功  なのはなファミリー初の東京遠征へ」 あけみ

東京都杉並区高円寺にある氷川神社で、お父さんによる講演会を行ないました。翌日には、同神社で行われた、エルガーハウスさん主催のお祭り『和の輪のWA!!』に出演しました。初めての東京遠征は、大成功となりました!

 

 私が“生きる”ということに納得がいく瞬間。それは、私や私達と同じように苦しんでいるたくさんの人達の、生きる力や新しい道に、自分の存在や傷がつながっていると感じられるとき、つながっているように動いているときでした。

『あなたと同じように苦しんでいる人がたくさんいるのです。
 その人達が生きられる道を、自分の手で切り拓いていこう、と、そう思うことなのです。
 そのためなら、自分の身を捨ててもかまわない。そう思うことなのです。
 そんな志を持てたなら、その時から、あなた自身が救われることになるのです。』
 ウィンターコンサートのジャンヌ・ダルクの台詞を、体験として強く感じられた、3泊4日の東京遠征でした。

 東京都杉並区高円寺の氷川神社で行われた、エルガーハウスさん主催のお祭り『和の輪のWA!!』に、演奏とダンスで出演させていただきました。
 4月14日に演奏があり、前日の13日には、同氷川神社の大広間で、お父さんの講演会が開かれました。
 私は、先発組として、お父さんお母さん、ちさとちゃんと何人かのメンバーで講演会の準備や撮影、宿泊場所の用意などで、12日の朝に東京へ向かいました。

 

講演と演奏を行った、氷川神社

 

 13日、お父さんの講演会の日です。お父さんは少し緊張した雰囲気で最後まで、講演会の内容を考えていました。私たちは、朝食を食べたあと東中野の駅前へ約30分、新しい書籍『摂食障害とわたし』を紹介するチラシを配りにいきました。このときはスーツでのチラシ配り。

 土曜日の朝10時45分からの約30分間、人通りは電車やバスの流れもあるけれど、ある程度の多くの人が常に移動している状況でした。
 感想は、(手強い……)と思いました。「新しい本の紹介です」と手を伸ばしたり、チラシを見せても、完全に無視する人もいるし、なかなか受け取ってもらえませんでした。岡山の夏祭りのイベントで、すでに『なのはなファミリー』を好意的に知ってもらっている土台があってのチラシ配りとは大違いでした。

 

 

 東京の駅に向かう人たちの顔や表情をみて、大なり小なり痛んでいる人、鎧をまとって自分を守りながら生きている人がたくさんいる、と改めて強く感じました。
 チラシを見て『摂食障害』と書かれていると、さけるように通り過ぎる人もいれば、若い人たちや、中には心地よい反応ではない人もいます。でもその中でも、一度通りすがった女性が、「摂食障害のことですか?」「もらいたいです」と戻ってきてくれて、チラシを手に取ってくださり、少し離れた場所で1生懸命、本の説明を読んでいる人もいました。「頑張れよ!」と声をかけてくださる人もいました。

 講演会前には、
「講演会には、今日は時間がなくて行けないけれど、チラシだけでも欲しいです」
 と、チラシを取りに来てくれる人もいました。高校生ぐらいの女の子が手を伸ばしてくれることもありました。
 チラシ配りをしていて、摂食障害への理解がまだまだ薄いということも感じたけれど、同時に、本当にピンポイントで摂食障害のことや本当の生きやすい生き方、答えを、今この瞬間にも、求めている人、探している人、見つからず苦しんでいる人がいるのだとハッキリと実感しました。

 

 

■講演会

 『摂食障害の回復現場から考える若者の精神環境 ――摂食障害、オーバードーズ、引きこもりから立ち直るには――』という題目で、講演を行ないました。私は講演中、撮影を担当しました。今回は、動画をYouTubeにアップしやすいようにと、話を10分区切りで進めるように考えられていました。ほとんど時間通りに進んでいきました。聞いていても、区切りがあり、わかりやすくも感じました。

 講演会では、摂食障害という病気、現在の医療がどう対応しているのか、そしてなのはなファミリーは、どう自立や回復に向けて活動しているのか、何が回復に重要なのか、項目に沿って話が進んでいきました。

 お父さんが“摂食障害”という切り口から、今の社会の構造的な問題をあぶりだし、更にそこから、人としてあるべき生き方や、社会のあるべきあり方、そして、これからの次世代の人や社会に必要なソーシャルファーム、ソーシャルフィールドをイメージしていき、それを表現していく姿がありました。

 なのはなの皆の話、家族のあり方、卒業生の話など、リアルな話を入れながらも、話が進み、今の社会の構造の問題などを、聞いている人が自分のこととして聴けると思いました。
 話が進んでいくと、講演を聞いている方々が、身体を前のめりにして話をきかれていたり、共感していたり、最後は明るい表情で帰っていく姿が多かったです。

 私は、今までも、なのはなで、何度も何度も、ミーティングや日々の集合、生活の中で教えてもらっている内容だけれど、お父さんお母さん、なのはなの皆で今、形づくっている“人としてのあるべき生き方、あり方”ということは、現代の社会の人達には新しい発見でもあり、求められていることなのだと感じました。

 

 

■次世代の社会をつくる1人として

 また、お父さんお母さんが、今までも、今も、今からも、ずっと自分の使命に真正面から向き合い、自分を尽くし、次の人の道を切り拓いているということを、改めて強く感じました。

 (凄いな)と思うと同時に、自分もこの世界で同じ生きづらさ、痛みをもって生きてきた仲間として、次世代の社会をつくる1人として、自分の役割に向かわなくては、尽くさなくては、と背筋が正される思いでした。

 講演会には卒業生の姿もあったり、講演会後にお父さんと話しをしたいという人も何人もいました。「なのはなのファンなんです」「なのはなのホームページを毎日欠かさず見ていて、皆の姿を見ながら、毎日、力をもらっているんです。今日、実際にお父さんお母さん、皆さんにお会いできて本当に嬉しい」
 と言ってくださる方もいました。

 私達の毎日や、言葉、表現、姿が、本当に誰かの力につながっている、ということを感じられて、本当に嬉しかったです。その人の言葉に、私が癒されていくような、(これだったら私は生きることに納得ができる)と感じられました。

 

 

■ステージ本番へ向けて

 講演会の後に、後発組で古吉野から東京に向かって移動していたメンバーと合流をしました。高円寺駅前のロータリーで、あゆちゃん、まえちゃんが運転する車が、たくさんの人や車の中に見えたとき、とても、とても嬉しかったです。
 古吉野では、当たり前のように自分をたくさん理解してくれている仲間が近くにたくさんいるけれど、それが当たり前のことではなく、とても恵まれていて、とても心強いことなのだと強く気づかされました。

 夜ご飯の時には、あゆちゃんが古吉野で留守を守ってくれているみんなの話も聞かせてくれました。絶対に成功させたいと思ったし、ベストを尽くしたいと思いました。

 14日の朝、お父さんの講演大成功の後、私たちの演奏、ダンスも絶対に成功させたいと思いました。緊張していました。なかなか眠れませんでした。

 朝8時から、配線や場ミリが終わった後は、9時30分から12時までチラシを駅前で配りました。このときは、須原さんがくださったおそろいのGジャンで配りました。スーツの時よりもチラシを受け取ってもらえる割合が少し上がりました。
 お昼ご飯休憩をはさみ、14時ごろから15時ごろまでの1時間は、ステージ衣裳でチラシ配りをしました。衣裳では、4、5人に1人程度、チラシを受け取ってくれたように感じました。

 

 

 キラキラの『ザ・グレイテスト』の衣裳で、たくさんの人やバスも多い駅前でチラシを配るのは、内心、最初は怖気づいていました。でも、最終的には(どうとでも思え!)という、思い切った気持ちで、チラシを配りまくりました。

 衣裳でのチラシ配りだと、受け取る人も面白がって、笑顔でチラシを受け取ってくれたり、声をかけてくださったり、「何々?」と手を伸ばしてくださったり、「岡山か! こっちにもチラシ頂戴」と手を伸ばしてくれる人が多かったです。

 衣裳でのチラシ配りは、ななほちゃんや、ゆりかちゃんのフラダンス衣裳2人は駅の出入り口に固定で立ち配るチームと、グレイテストの衣裳の5人は駅の周りを練り歩くように、歩きながら次々に人に渡すというやり方で行いました。
 私は、『グレイテスト』のダンス衣裳で5人というすこし固まった人数で、歩きながら次々と渡していくというやり方で行いました。まるで小さなパレードでした。

 後から、お父さんお母さんにチラシ配りのコツを聞いて、まだまだチラシ配りの技術を高める必要はあると感じたけれど、チラシ配りは自分にとって、とても鍛えられたり、気持ちの持ち方を試される、いい機会だったし、いい経験をさせてもらえたと思っています。

 

 

 チラシ配りをしていると、1分1秒、(自分はどう見せ、誰に何を伝えたいのか?)(何をしたいのか?)と、試されているように感じました。
 (今、この人は何を思ったのだろう)と、一瞬でも自分の評価や、不安の方に頭がいくと、その間に1人、人が多いときは、2~3人の人に訴える瞬間を逃していました。

 1秒も隙間なく、自分を離れ、『摂食障害とわたし』の本のチラシを配りながら、氷川神社のイベントを告知するという、自分の役を演じつづけ、訴え続け、プレゼンしていく必要がありました。
 届かない人には、(どう思われてもかまわない!)という精神で、でも(目の前の人が“求めている人”なのかもしれないし、まだ見ぬ誰かにつながる出会いなのかもしれない)(どうか届いてくれ)という祈る気持ちで、配りました。

 なかなか難しい、東京でのチラシ配り。でも、ある意味、その難しい状況で、摂食障害の人達や今生きづらい人に、生きるヒントや答えにつながるキッカケを、小さな小さな力かもしれないけれど、自分でも広げているという実感を得られました。ヒリヒリとした緊張感やハードルを感じる中にも、自分の手で少しでも、小さくても、開拓していっているような充実感がありました。そんなチラシ配りが面白かったです。

 また、そういう中にいると一緒にチラシを配っている仲間の存在、なのはなのお父さんお母さん、皆の存在がとても心強いものなのだと改めて気づかされました。

 古吉野では、当たり前に皆がいてくれて、理解し理解される関係があるけれど、それは決して当たり前のことではなく、奇跡ともいえようなことなのだと思います。

 そして、自分たちの1日や、いま自分たちがつくろうとしていることは、次世代の社会にとって絶対に必要だし、すごいことなのだと感じました。

 

「和の輪のWA!!」のお祭りは大盛況でした
かりんちゃんも出演したダンスパフォーマンス

 

■ステージ本番

 演奏は、ミニハプニングからのスタートでした。
 演奏前のチラシ配りを終えると、たとえ1時間だったとしてもまだまだ、私はかなりのエネルギーを使い、少し放心状態になっていました。頭につける衣裳が少しきつくなっていたので、頭の飾りを外してテントのほうで小休憩をしていました。
「なのはなファミリーの演奏は16時30分からです」という放送があり、あと30分程度の時間があることが分かりました。
 テント裏で待機していると、あゆちゃんから、
「前のグループの演奏が少し早く終わったから、早めに演奏をスタートさせて最後に1曲『シェイプ・オブ・ユー』踊れるかな?」
 と言ってもらいました。(うーん。出来ると思うよね?)と皆で、振りや、その時いたメンバーでどう立ち位置を取るかを相談していました。

 そんなとき、あゆちゃんの声が聞こえてきました……。
「みなさん、こんにちは。なのはなファミリーです」
 あゆちゃんのMCの声です。すぐに1曲目の出のタイミングの台詞になります。
(え? 待って、待って……)
 テント裏はてんやわんや。大慌てで衣裳の金ティアラを準備します。出の台詞がすでに終わっています。衣裳が準備できていた先頭のなるちゃんが、「出ます!」と、今にも出ていきそうです。(まだまだ!)(待って待って!)と皆で必死に止めてから、最終衣裳チェックを大急ぎで。

「ダンサーの皆さん、よろしくお願いします」
 あゆちゃんが、すこしMCを伸ばしてくれていました。皆が準備が整い、何事もなかったように、胸を張り、笑顔で、出ます。
 内心、少し乱れた気持ちでしたが、演奏のためにステージに出てみると、笑顔と拍手で応援してくれている人がたくさんいました。お祭りで出店やダンスをしていた、かりんちゃん達も、あたたかく応援する空気をつくってくれていました。

 

 

 古吉野で応援してくれている皆のこと、目の前で私達の表現を受け止めようとしてくれている人たち、そして今日、チラシを受け取ってくれたり、これからつながるであろう、まだ見ぬ誰かがたくさんいるのだと思うと、パニックにも動じず、ただ全力で、絶対に成功させるんだと思いました。

 最初は、お客さんがあたたかい空気で見てくださっていることを感じました。『グレイテスト』を踊った後、見てくださる人がいい意味で驚いていたのを感じました。どのくらいかはわからないけれど、お客さんの期待値を超えられたのではないか、と思いました。
「新しい世界をつくるひとたち、新しい空間をみせたい」
 あゆちゃんが教えてくれたことが、少しでも実現できたのではないかと感じました。

 

 

 演奏が進むにつれて、お客さんが私達の演奏をただ、和気あいあいというだけではなく、真剣に受け取ろうとしている空気を感じました。嬉しかったです。
 演奏の途中、舞台裏では早着替えをしながら、最後に追加された『シェイプ・オブ・ユー』の構成の確認を、ゆりかちゃんが中心になって考えてくれていました。

 

 

 1曲1曲で、その曲の役や音、リズムになりながら、なのはなの世界を魅せていくのですが、頭の片隅には、どこか『シェイプ・オブ・ユー』の不安が残っていました。

 そして、最後のアンコール『シェイプ・オブ・ユー』が始まりました。早着替え中に段取りをした立ち位置で、踊り始めます。少し冷や汗をかいた部分もありましたが、会場で見てくださる人が、本当に温かく、怖さがなかったです。会場の方、見てくださる人も、仲間なのだと感じられる空間になっていました。
 お父さんお母さん、私達が訴えたいこと、気持ち、生き方、それが受け取ってもらえて、応援してもらえていて、共感してもらえた部分も多かったのではないかと感じました。

 岡山と東京、場所は違うけれど、私達が表現したいこと、表現することは、変わりがなかったです。そして、場所は違っても、私達が表現していることは求められているし、通用もするのだと感じました。

 


 

■自分の手で

 今回、東京でお父さんの講演会の撮影をさせてもらったり、演奏をさせてもらったり、チラシを配らせてもらえたり、たくさんの経験をさせてもらい、本当にありがたく嬉しかったです。

 私達が今、当たり前のように過ごしている日々も、摂食障害になり本当に“生きる”という、あるべき姿などを教えてもらったり、皆で深められる仲間や環境があるということが尊いことだと気づかされました。

 私が“生きる”という時に、納得が出来る瞬間、それは私と同じように苦しむ人が生きられる道を自分の手で切り拓いていると感じる瞬間なのだと、わかりました。
 まっすぐに、まだ見ぬ誰かの力になれるように、更に前に進んでいきます。

 

お祭りを主催されたエルガーハウスの方々と