「牛肥撒きの面白いポイント」 なつみ

2月28日

 今日は、永禮さんのお誕生日を、フラダンスでお祝いしました。
 永禮さんが、涙を流して喜んでくださって、日ごろ感謝をフラダンスという形で伝えられて嬉しかったです。

 『ビューティフル・ピープル』『ハウ・ファー・アイル・ゴー』『フラガール』という曲順で演奏したのですが、最後のフラガールが始まると、永禮さんが最初から涙を流されていて、永禮さんがなのはなに出会って、好きになってくださるきっかけとなった、『フラガール』を届けられて、良かったなと思います。
 永禮さんが喜んでくださって、わたしも、気持ちが伝わったことが嬉しくて、お父さんが、幸せは人と人との間にしかなくて、音楽もそうなのだと教えてくださるけれど、今日は、改めてそのことを実感したと同時に、より、演奏を通しての表現が素敵で好きだなと思いました。

 3月17日の演奏に向けても、ダンスを頑張ろう、そう思えるきっかけにもなりました。よりいい演奏にできるよう、練習に励みたいです。

 作業のほうでは、昨日からまえちゃんたちと一緒に、春夏野菜に向けての元肥入れをしています。
 昨日は、選りすぐりの力持ちさんたちと一緒に、ジャガイモの畑になる河原の3枚、第2鉄塔の5枚を終えて、今日は、1時間半もないくらいでしたが、トウモロコシが植わる第一鉄塔、水菜と小松菜の植わる第1鉄塔上、最後にキャベツが植わる崖崩れハウス前下に牛肥を撒きました。
 わたしは、実はそんなに力持ちでもなく、体力もなく、あるのは負けん気だけなのですが、その負けん気をみんなの中で良い風に使ってもらえることに、救われていて、有難いです。

 数多く牛肥撒きをしてきましたが、今日は新たに「ここがおもしろい!」というポイントを発見したので、お伝えします。
 まず、今まで通り、牛肥撒きと言えばバケツリレー。渡してくれる人、渡される人、どちらになっても、「はい!」というみんなの声が、とても嬉しい。
 明るい声で、テミを渡してもらえるだけで、自分が肯定されているような気持ちになります。
 そして、畑全面撒ききったときの達成感。これは一番大きい気がします。
 最後まで仲間と牛肥を繋ぎ切った喜びは、人知れず大きいです。

 さらに、今日見つけた、牛肥撒きの面白いポイント。
 それは、なるだけ素早く撒きながら、いかに均等に撒くことが出来るかということです。
 今日は、バケツリレーの先頭で撒くことが多かったのですが、みんなから繋がれてくる牛肥を、いかに美しく均等に蛇の字状に撒くか、そこを極めるのが楽しかったです。
 自分が得たコツとしては、昨日、牛肥を撒いているまえちゃんを見たときに、まえちゃんはとても速いけれど、均一に撒いていて、大事なのは「スピード感」だと学びました。
 今日はそのスピード感をイメージしてやると、撒くときの身体の動かし方が一定になることで、量が均一に、いつも撒かれた牛肥が同じ模様になって畑に描かれることになる、という理論に行きつき、大発見で、気づけば夢中になっていました。

 量に確信を持って、迷いなく撒けるのも、まえちゃんが昨日、一反当たりテミ何杯、というのを出してくれていたからだなと思い、それはとても大事だと思ったのと、今日は晴れていて、そのために畑が比較的乾いていて、走り易く、撒きやすかったというのもあります。風がないのも、良かったです。
 しかし、この後のトラクターを考えると、今日の元肥入れメンバーの、お天道様への願いとしては「どうか明日も晴れてください」の一言に尽きます。
 晴れて、お父さんや須原さんが耕せる畑の状態が作れたらいいなと思います。

 最後に。
 今日は、ふうちゃんがなのはなに来てくれて、手を振ったらぺこっと会釈で挨拶を返してくれたのが嬉しかったです。
 桃花タイムでは沢山お話が出来て、わたしはしゃべりすぎて反省ですが、同い年なので、同年代ならではの話し相手になれたらいいなぁと思います。

 明日は午後から雨予報なのだそう。午前中、出来ることを頑張ります。

○MT
 昨日のMTでは、お父さんが、「僕を見るんじゃなくて、目標を見ること」と話してくださって、自分の実感を通して、本当にその通りだと思いました。
 いつかの集合でも、お父さんが同じことを話してくださっていて、わたしはそれを聞いたときに、自分もそうしようと思いました。
 お父さんは、その人の人格を否定しているのではなくて「あるべき姿はこうですよ」って、よそ見している人の目線を、正しい方に修正しているだけで、それ以上でも以下でもない。
 そう思ったら、何も怖くはなかったです。
 自分の問題の切れなさを、いろんな面でこねくり回すのではなく、まずは、お父さんに教えて頂いたことに徹しようと思います。

 わたしは、まえちゃんの言葉があるから、未熟な自分から逃げたい、隠したいと思わないし、むしろ、今、自分と同じように苦しんでいるまだ見ぬ誰かの為に、自分の欠落を埋めて、出会ったときに、1つでも2つでも役に立てる自分でありたいと思います。
 わたしがまえちゃんに救ってもらったように、わたしもまだ見ぬ誰かにとって、まえちゃんのような存在になりたいです。
 そんなすぐに埋まるような欠落でもないけれど、毎日、ちゃんと神様の声を聞いて、それに従って、みんなの為に動くこと。
 まずはそのことを、大事にしたいです。

 明日、作文をたくさん書きます。
 みんなと、明るい未来の話をしていると、生きることに希望が出てきて、あぁ、こういう気持ちがとても大事なのだと感じました。