毎年十月に行われる勝央町の大きなイベント「勝央金時祭」に出演をしました。
前年などにはファーマーズマーケット ノースヴィレッジで開催されていたこのお祭りは今年、四年ぶりに、勝央文化ホール前の屋外で盛大に開催され、そのため、朝から会場はたくさんの人で賑わっていました。大きなバルーンアーチが入り口にかかり、そのすぐ前には、大きく舞台が組まれていました。この舞台で、ここにいるたくさんのお客さんの前で、私達のステージを見せるんだ、と思うと背筋が正されて、気持ちが引き締まりました。
金時祭に向けて、演奏する八曲の練習を積み重ねてきました。十二月二十四日に行うウィンターコンサートの音楽練習と並行しての準備でもありました。
「自分たちがステージの上で作り出す世界や空気感で、会場や、見ている人を飲み込むような感覚を掴むんだよ」
あゆちゃんが本番前に話してくれました。何のためにたくさんの人の前で演奏をするのか、その意味をはっきりと持って、伝わる演奏、ダンスがしたいと思いました。
たとえ練習であっても、どんな時でも、生きている限り、その瞬間は全部本番で、誰かや何かと影響しあっているんだと思いました。ならば、自分よがりになるのではなく、こもってしまうのではなく、今の自分を全てさらけ出して、表現者として生きよう、と思えました。
「共感して、私達の生き方に賛同してくれる人を広げるような表現をすること、それが、今いる仲間や、まだ見ぬ誰かを救うことになるんだよ」
あゆちゃんの言葉がずっと心に残っていて、勇気が湧きました。
大切なのは、自分たちの気持ちを伝えること。同じ痛みを抱えて、一つの原点から始まっている私達だからこそ、作れるステージがあるんだと思いました。
本当に心を研ぎ澄ませて、これが一番ベストだ、と思ったならば、それは必ず揃うのだと思いました。
■きりっと美しく
なのはなの演奏が始まるのは、午後一時十分。午前には、勝央音頭保存会による『ふるさと総踊り』の演目がありました。
なのはなファミリーからも、約三十人が、踊りに出演しました。
ステージの前の大きな広場に、円になって、『勝央音頭』『勝央ヤットサ節』『四つ拍子』の踊りが披露されました。全員お揃いの、白と紺の浴衣に、赤い裾除けを付けて、頭には赤いシュシュを付けているみんなが、ずらーっと整列している姿が、目にも鮮やかでとても綺麗でした。背筋をピンと正して、きりっと美しく浴衣を着こなしている一人ひとりの表情や動きに吸い寄せられるように目がいきました。保存会の浴衣がとてもよく似合っていて、その場の空間がとても華やかでした。
金時祭お馴染みの、『きんとくんサンバ』では、保育園の子たちや、たくさんの方が踊られていて、会場が楽しい空気で盛り上がりました。
保存会の浴衣を着たみんなもぴったりと振りを揃えて踊っているのが綺麗で、誇らしい気持ちになりました。
勝央音頭保存会の演目が終わると、切り替えてなのはなファミリーの演奏へ。一曲目の『グレイテストショー』から始まり、八曲の演奏を披露しました。
■求めていく生き方を本物に
ステージの前の客席には、たくさんのお客さんの姿があり、ダンススペースと近い所まで、お客さんが座っていました。私達が演奏している間、ダンスや演奏、出はけまで、隅々まで見られている気配がありました。
あゆちゃんが読んでくれるМCの一つひとつの言葉が、お客さんに吸い込まれていくことを感じました。最初の一音が鳴った時から、食い入るように、真剣に、私達のダンスや演奏を見て下さっていることがとても嬉しかったです。一曲一曲が終わるたびに、客席から大きな拍手が沸き上がって、温かい空気で包まれました。
通りすがりの方も、通り過ぎずに、舞台の前で立ち止まって、ステージを見て下さっていました。次第に、ステージの周りにたくさんの人が集まり、輪が広がっていくことを感じて、どんどん心が丈夫になっていきました。
私達が伝えたいことは、私達だけに留まるものではなくて、求めている人がたくさんいるんだと実感しました。肯定してもらったような、求めていく生き方を本物にしてもらったような、心強い気持ちでいっぱいになりました。
ラストの曲、『ビューティフル・ピープル』では、私はバンドでステージの上に立ちました。ステージ一面に踊る大人数のダンサーや、ダンサーを囲むたくさんのお客さんの姿が一度に見渡せました。ダンサーと同じように、見ている方も、生き生きと明るい表情で私達のステージを見て下さっていて、客席とステージの空間が一体となっていました。
最後の最後、私達がステージからはけるまで、約四十分間、じっと見て下さった方がたくさんいて、そのことがとても嬉しかったし、伝わる演奏をすることが出来て、満たされた気持ちになりました。
なのはなファミリーの演目が終わるとすぐに、衣装の早着替えをし、金時太鼓の赤い法被に着替えます。すぐ後には、勝央金時太鼓保存会のステージが待っているからです。
■洗練された空間
毎週水曜日、勝央文化ホールで金時太鼓を習っています。九人のメンバーと一緒に、金時祭り本番に向けて、『那岐おろし』『若葉』の二曲を練習してきました。
衣装と一緒に気持ちも着替えます。ここからは、勝央金時太鼓保存会の一員として、相応しい気持ち、表情、パフォーマンスをします。最初の舞台を飾るのは、勝央金時太鼓保存会と、岡山県和太鼓連盟の有志の方々がコラボした演奏でした。
ステージは見えなくても、待機している袖に聞こえてくる太鼓の力強い、押されるような大迫力の音が、大きな波になって聞こえてきます。姿は見えなくても、その音、振動、鼓動で気迫がありありと伝わってきます。とても大きな音で情熱的だけれど、空白の時間は対照的に何も無いかのように静かで冷静で、その緊張感、一瞬に込める緊迫感を感じて、かっこいいなあと思いました。背筋が正されて、私達も、そんな洗練された空間を繋ぐ役割を背負おうと思いました。
屋外で太鼓を叩くことは今回が初めてでした。そのため、最初の一音を叩いたときに、ホールで叩く音とまるっきり違っていることに、少し驚きました。
響く、というより、音がそのままずっと遠くに飛んで吸収されていくような気がしました。音の障害となるようなものは周りには何一つないなか、音が四方八方に広がっていかずに、全員の音が一つとなって、真っ直ぐに客席まで飛ぶように、自分の出す音、隣の人が出す音に集中しました。
ダイレクトに気迫と共に、太鼓の音が、会場の空間に伝わっていくことを感じました。『那岐おろし』は、約九分ある曲です。その中で、締太鼓や、宮太鼓、大太鼓のソロが入れ替わりながら入っています。聞かせたいリズムを、自分が叩いていなくてもずっと心で刻み続けて、主となる音を繋ぎました。
ふみちゃんの力強い大太鼓の打ち出しが響きます。遠くに鳴り響く轟のように、壮大で、少し怖いぐらいに迫力があります。どんどんテンポがはやくなって、少しずつ少しずつ迫りくる大太鼓の音に被せて、宮太鼓と締太鼓のパートが入ります。
■緊張感と達成感
人の雑念も全てを吹き飛ばして真っ新にしてしまうような、強大な力を持つ『那岐おろし』の強さや疾走感を、太鼓の叩くリズムで表現しました。宮太鼓は、ステージの下で、締太鼓と大太鼓はステージの上で、演奏します。宮太鼓を叩いている時、いつでも背中から、締太鼓、大太鼓パートの力強い音や気迫を感じて、背中を押してもらいました。
最後の一音の余韻が無くなる瞬間まで、九人のメンバーで、音を一つにして、走り切りました。一瞬の余白があって、すぐに大きな拍手が沸き上がりました。私達の太鼓の演奏が、たくさんの人の中で通用して、届いたんだ、と思うととても達成感を感じました。
『若葉』は、『那岐おろし』とは打って変わって、生き生きと、まるで若葉が踊りだしてくるような生命力の溢れる曲です。一台の宮太鼓から始まり、大太鼓、締太鼓、宮太鼓、とどんどん太鼓の音の厚みが増していく序盤が、まるで一枚の葉だったのが、どんどん芽吹いて、やがてたくさんの若葉で茂ってくるような光景が連想されます。
締太鼓、大太鼓、宮太鼓、それぞれメインとなるパートが場面ごとに変わっていくけれど、分裂することはなくて、常に合の手を打つようにパートで掛け合いになっている構成がとても魅力的で、面白いところです。時には表に出て華やかに叩き、時には引き立て役となり、と役割を変えながらも終始聞いている人を楽しませる演奏を心掛けました。
二曲の太鼓の演奏は大成功しました。本番の緊張感のある中、今のメンバーで、出来る精一杯の演奏をすることが出来て、大きな拍手と共に、とても清々しい気持ちで、ステージを終えることができ、その後の保存会の方の演奏に繋げることが出来ました。
金時祭は、午前の踊りの演目から始まり、なのはなの演奏、そして金時太鼓の演奏と、出演する機会がたくさんありました。その場その場で、気持ちを切り替えて相応しい空気を作る必要があり、どの演目でも、鍛えられました。そして、金時祭を通して、自分たちがステージで表現する意味を改めて落とし込むことができました。十二月のコンサートに向けての第一歩。これで終わりではなくて、ここから毎日積み上げていく気持ちで、これからもコンサートの練習に向かいたいです。