「歌詞に込められた覚悟」 えみ

10月27日

 

*『オブリビオン』の朗読

 

 少し前から、『オブリビオン』の歌詞の朗読を毎日1人ずつするのが始まって、今日は、みんなの前で読ませてもらいました。
 すごくこの日が緊張していたのですが、みんなの読むのを聞かせてもらったり、自分も読むことで、あゆちゃんが訳してくれた歌詞を、自分の中に落とし込んでいけることが嬉しいなと思います。
 昨日の夜、あゆちゃんに読み方を聞いてもらって、こうしたらいいということを話してもらった時間がとてもありがたかったです。

 あゆちゃんの前で、最初に一度読んだ時、読みながら涙が出てきてしまいました。

 あゆちゃんから、自分は、声を出す時に鼻から抜けてしまうのと同じように、声を口の前の方から出してしまっていることを教えてもらいました。今までは、相手を怖がらせたり圧をかけないようにそういう話し方をしてきてしまってきて、どちらかというとその方が都合がいいこともあったけれど、それだと相手に伝わるものも軽くなってしまうこと。

 声を、口の後ろの方で出すことによって、相手を説得させたり、自分の意思も伝わりやすくなるし、逆にそういう話し方をすることで、意思も作られてくるんじゃないかという話をしてくれました。

 

 また、あゆちゃんが、なのはなの演奏で歌を歌う時は、シーアであっても、アデレであっても、その人の心境になり切って、どこまでもその人の歌い方を真似するということを教えてくれました。そこに今の自分がどうかというのはどうでもよくて、ただただその人に近づける努力をする。たまに自分が出てしまうこともあるけれど、とあゆちゃんは言っていました。

 イベントなどでMCを読むときでも、こういう風に伝えたいというイメージを前提に間のとり方など最初に全部自分でこうするというのを決めて、全てメモをして練習をして、それから本番はまっさらな台本で読むようにしていること。

 それを聞かせてもらって、はっと気づかされることがありました。

 

 自分はどこか、今の未熟さを恥ずかしく思う気持ち、自分の中身がないことに対して絶望的な気持ちが大きくて、「自分」というものを目に見える形で作らないといけないという風に思っていたなと思います。でも、そういう「自分」というのは究極のところなくて、その場その場で求められている自分の役割に沿った人になり切ること、それに近づけるように求め続けることが一番なのだと思いました。自分にとって、あゆちゃんは理想の人だけれど、あゆちゃんでも、いつも誰かを演じていて、それが本当に優しい生き方に繋がることなのだと思いました。

 

 「・・・とにかく逃げ続けること

     それしか 死なずに済む方法はなかったんだ。

     でもお願い、今こそ 今こそ

     私を 私を一度ぶち壊して

     私は一度 気を失って

     全く違う人間になる必要があるのだ」

 

  今日、みんなの前で未熟なりにもあゆちゃんの和訳を読ませてもらえたことが嬉しかったし、みんなとダンスやコーラスでこの曲を表現する中で、この歌詞に込められた覚悟を自分のものにしていきたいです。