「正しさを求める気持ちについて」 ななほ

8月22日

・夏休み

 今日であきこさんやかりんちゃん、りひとくんが東京へ帰ってしまい、少し寂しいです。けれど、悲しいだけではなく、1つ嬉しいことを残していってくれました。
 それは、かりんちゃんたちの従妹であるさくらちゃんが26日の縁日まで一緒にいてくれるということです。
 初めてくる場所に、初めて会う人の中で過ごすのは、とても不安だし緊張もするかと思うのですが、さくらちゃんがなのはなを好きになってくれて、縁日までいてくれるのがとてもとても嬉しいです。

 ここ数日は毎朝、一緒にオクラやミニトマト、モロヘイヤなどの収穫も回らせてもらっていて、さくらちゃんが虫やトカゲ、カナヘビなどの生き物が好きなようで、いつも見つけた虫を教えてくれたり、気が付いたら虫の観察をしているのも可愛いなと思います。

 また、かりんちゃんやりひとくん、さくらちゃんのお陰で縁日に来る子どもたちのお面も無事、完成しました。
 それが思っていた以上に素敵で、本格的で、下絵をしてくれたりのちゃんに感謝の気持ちでいっぱいだし、かりんちゃんたちも本当に楽しそうに作ってくれて、その時間が嬉しかったです。
 かりんちゃんやりひとくんが帰ってしまったのは寂しいのですが、この数日間、一緒に蛇淵の滝へ行ったり、昨夜は盆踊りや花火大会ができたり、6年生で色々おしゃべりしたり、私もとても楽しい夏休みを過ごすことができました。
 また帰ってきてくれる日が楽しみです。

・正しさを求める気持ちについて

 昨日は質問に答えていただけて嬉しかったです。
 本を読むときに正しい解釈で読みたいと思うように、普段の生活の中でも正しさを求める気持ちがあることについて、お父さんがそれは良いことだと話してくれました。

 私は物心ついたころからずっと、正しい成長発達をしていきたい、年相応な態度や立ち居振る舞いをしたい、人間らしく発達段階を経て大人になっていきたいというような気持ちになることがあったのですが、時々、あまりにも自分の周りにいた人たちと気持ちがかみ合わなかったり、ずれを感じたときに、(自分がおかしいんじゃないか)と思うことがありました。

 質問の最後に、「これは自分を縛ったり、見ている世界の幅が狭いことでそう感じてしまうものですか? それとも、誰しもそんな風に正しく生きたいと思いながら過ごしているものですか?」と書いたのですが、お父さんがこれはとてもいいことだけれど、誰しもがそう思いながら生きているわけではないことを教えてくれました。

 また、私は、「本当は人が生きているうえで正しい生き方とか、正解なんてないし、人それぞれ育ってきた環境が違うように、正しいと思う範囲とか基準も違うのではないか」と書いたのですが、お父さんは「正しい生き方はあります」と教えてくれて、何だかまた1つ、勇気が出ました。

 正しい生き方があるのならば、その正しい生き方をしたいです。
 お父さんがここで大切なのは、摂食障害の人は普通の人のようには生きられなくて、利他心の方向で正しく生きなければ生きられないと話してくれました。

 私は今、それでいいと思えます。いや、それがいいと思えます。
 その場限りの楽しさや、自分だけの欲を満たしながらダラダラと生きていくのも、利己的な方に向いているのも私は嫌だし、そうでは生きられないと感じます。

 この質問を書いたのも、本能的にも私は、私たちはよくしか生きられなくて、もしよく生きる利他心の方向で正しく生きるならば、正しい生き方を知ってちゃんと生きていきたいと感じていたからなのだと思います。

 上手く言葉にできないのですが、お父さんのお話が嬉しかったし、ちゃんと生きる、正しく生きるというのにもストライクゾーンというものがあり、私たちは利他心をもって正しく生きていたら、もう二度と、症状や依存に引っ張られることもなく、普通以上に、よく生きられるのだと感じて嬉しかったです。

 最後に。
 レポートの課題をする中で、「チャレンジド」という言葉を知りました。この言葉は、障がいを持つ人に対してつかわれるそうなのですが、障がいをネガティヴに捉えるのではなく、障がいを持つゆえに体験する様々な事象を自分自身のため、あるいは社会全体のためにポジティブに生かしていこうという新しい用語だそうです。

 障がいがあるからとか、摂食障害は障がいだからとかいう言葉は嫌いだし、使いたくもなければそういわれたくもないけれど、チャレンジド「神から挑戦という課題、挑戦するチャンスや資格を与えられた人」という言葉がどこか、しっくりくるところがありました。

 もし、なのはなに来ていなかったら、自分が病気だとも認めたくなかったし、だからと言って回復しようともせずに症状に振り回されながら、挑戦する意欲も、自分が生きている意味や使命なんて考えずに生きていたと思います。

 でも今、私たちはなのはなの子として生きていて、まだ見ぬ誰かのためになら摂食障害から立ち直り、よく生きたいと思えます。
 そういう意味では、私たちはチャレンジドであり、摂食障害になったからには、よく生きて、利他心のある世界を作っていきたいです。

 本当は盆踊り大会と花火大会について日記を書きたかったのに、タイムオーバーです。
 でも、昨日はみんなと浴衣を着て盆踊りを踊らせていただき、みんなの踊る表情や姿勢がとても綺麗で、美しく見とれてしまいました。

 私もお父さんとお母さんからチーム代表に選んでいただいたり、私たちのチームは決勝戦まで勝ち上がったこともあり、後半は8曲連続で踊らせていただいたのですが、汗びしょになりながらも踊るのが本当に楽しくて、楽しくて、踊るのって、楽しいなと思いました。

 須原さん特製の鯛焼きも格別だったし、ちゃっかり今日も、須原さんたちがおやつに鯛焼きを作ってくださり、なのはな産のあんこが入った出来立てほやほやの鯛焼きは最高でした。

 マクワスムージーも嬉しかったし、お仕事組さんが私たちのためを思って素敵な花火や、打ち上げ花火大会も開いてくれて嬉しかったです。