【3月号①】「“ぱわふわ”糀ができるまで ―― 2023年の味噌作り ――」りな

  
 今年も、味噌づくりの季節がやってきました。今年の味噌づくりは二弾に分かれていて、白大豆味噌を三樽と、黒大豆味噌を一樽仕込みました。

 私は、第一弾の味噌づくりのメンバーとして、糀の成長を見守りました。味噌づくりを始めたのは、数日前に降った大雪が、まだ溶けずに外に残っている寒い時期でした。糀づくりをするには、ぴったりの季節でした。

 今年の糀づくりは、これまでと少し違うことを、ゆりかちゃんが話してくれました。まず一つは、お米が全てミルキークイーンだということです。糀は、パラパラとしているお米に繁殖しやすいので、ミルキークイーンはお米の中でも、あまり糀づくりに適さない品種のようです。

 そのため、これまでは、ヒカリ新世紀や、ミルキークイーンと、違う品種を混ぜていたけれど、今年は他の品種のお米を混ぜないようになって、どう糀が繁殖するのか、ドキドキしました。
  
  
 もう一つが、種付けする糀菌の量を少し増やした、ということです。この二つのことが新しく変わって、これからどんな糀が誕生するのだろうと、これから始まる糀との生活に心が躍りました。

 二月二日、二〇二三年味噌づくりの第一号の糀が誕生しました。前日に念入りにお米研ぎをして、朝食前から味噌づくりメンバーのみんなと一緒にお米の水切りなどの作業を進めました。家庭科室は綺麗に片付けられ、種付けや、これから糀が育つ糀室も作られていました。

 エプロンに、三角巾を付けたメンバーのみんなと朝から顔を合わせて、このメンバーと一緒に、今日から四日間、一緒に糀をお世話するんだなあと思うと、とても嬉しい気持ちになりました。

■魔法の粉

 一日目の蒸米、種付けは、味噌づくりの作業の中でも、特に重要な工程です。蒸米では、水切りしたお米を蒸籠で蒸して、糀が繁殖する家となるお米を作ります。

 糀が繁殖する一番良いお米は、「ひねりもち」といって、手で米粒を押したときに耳たぶぐらいの硬さになっている状態のお米です。その硬さになるタイミングは、ほんの少しの間しかなくて、火の調節や、蒸す時間がとても大切になってきます。

 でも、歴代の味噌づくりの積み重ねがあって、下の段は何分、上の段は何分蒸したらその状態になるか、という記録がありました。その記録を基に、タイマーをセットして、一番良い状態にお米を蒸せるよう、みんなで蒸籠を囲んで見守りました。

 二つの蒸籠をコンロにかけて、私はちさとちゃん、さくらちゃん、ちさちゃんと一緒に見守りました。タイマーが鳴ったら、湯気の出たホカホカのお米をみんなで触って確認します。時間が足りないと、まだお米に芯が残るし、かといって蒸しすぎるとご飯になって糀が繁殖できなくなります。その中間の、ちょうど良い硬さを見極めることがとても難しかったです。

 けれど、何回も、何回もメンバーのみんなと確認し合っているうちに、微妙な硬さを見分けられるようになってきました。これが、ひねりもちなのではないか、と判断が出来るようになってきました。
  
  
 蒸したお米は種付け台に開けて、うちわやしゃもじで四十度まで冷まします。外が硬くて、中が柔らかいような、糀が良く繁殖するお米にするにはこの冷ます工程を手早くすることが必要でした。ちさちゃんやさくらちゃんと一緒に、渾身の力を込めてうちわで扇いで、蒸気を吹き飛ばしました。

 次は、お米が二十五度まで冷めないうちに種付け、引き込みです。茶こしを使って、糀菌を満遍なくお米に降りかけます。一粒一粒が見えないぐらい細かくて、高いところから振りかけると空気で散ってしまうほどでした。優しく優しく、お米に近づけて振っていると、お米に深緑色の糀菌がくっつくのが見えて、魔法の粉のようでした。

■ニコニコの日

 「糀菌は歩かない」と言います。糀菌が付いていないお米がないよう、私達の手で、しっかりと混ぜて全体に糀が付くようにします。

「おはよう、おはよう!」
 ちさちゃんと、さくらちゃんが糀に向かって声を掛けていました。この糀たちは、ニコニコの日が誕生日。

 この世界に初めて下りてきてくれて、早速、私達をニコニコにしてくれました。今は午前十時、おはよう、という声掛けがとてもしっくりきました。

 どうか糀たちが無事に繁殖してくれますように、その願いを手に、ぎゅっぎゅっとお米を揉みました。その時間が、とても温かく感じました。

 出来た糀を糀箱に詰めて、糀室へ。温度計を差すと、温度は三十度。すごくいい感じ! 次から次へとお米が蒸されて、運動会のようでした。けれど、回を重ねるうちに、ちさちゃん、さくらちゃんとのチームワークが出来上がってきて、スムーズに出来るようになっていきました。
  
  
 糀が誕生してから、当番で、一時間おきに見回りをしました。見回りで、五か所の温度計を記録し、全体の糀の温度を把握しました。糀は三十五度以上になるまでは自分で発熱する力がないので、糀室にセットされた電熱器二つを使って、温める必要があります。最初は一時間に〇・五度ペースで、とても順調に温度が上がっていきました。

■ぱわふわちゃん

 引き込みから十時間後、目標だった三十五度に到達し、切り返しを行いました。さっき引き込みをしたばかりなのに、と思うぐらい、あっという間にそのときが訪れました。

 布巾をはぐると、お米に潤みが出てきていて、ツヤツヤしてとても綺麗でした。引き込みのときにまだ見えていた深緑色の糀菌が見えなくなっていて、代わりに攪拌すると、米粒一つ一つが、ひとりでにぴくぴく動くようになっていました。引き込みのときには感じられなかったことです。見えないけれど、糀は生きていて、ほんの少しの時間に成長していたんだなあと思って、とても嬉しい気持ちになりました。

 ぴちぴちして、瑞々しい糀を見ていると、糀の未来に希望を感じて、私達までも糀たちからパワーをもらいました。

 なるちゃんが、
「ぱわふわちゃん、ていう名前はどうかな?」
 みんなに話してくれました。メンバーにもぴったりだし、糀たちの元気いっぱいなところも、ぴったりでした。
  
  
 私達の糀は、ぱわふわちゃんなんだ、そう思うと愛着が湧いて、今にも動きだして話しかけてくれそうだなと思いました。糀には耳があると言います。私達が発した言葉も、家庭科室に流れるBGMも、全部、糀たちは聞いています。私達が糀の手入れをする空気感も全部感じ取っています。

 お母さんになって、子育てをするみたいだなあと思いました。味噌メンバーのみんなとたくさん愛情込めて、美味しい味噌になるよう願いを込めて育てたいなあと思いました。

■夜の見回り

 夜も見回りを続けます。音楽室に布団を敷いて、味噌づくり期間、メンバーのみんなと一つの部屋で寝ました。お仕事組さんのなるちゃんやふみちゃんも、「夜は一緒に出来るよ」と、一緒に寝て、見回りをしてくれました。

 昼はお仕事に行って、帰ってきたら真っ先に家庭科室の糀たちに会いに来てくれて、二人の気持ちがとても嬉しくて心強かったです。

 隣の部屋に糀たちがいるのだと思うと、安心してすっと眠れました。そして、『春の小川』のアラームが、睡眠の中に自然に入り込んで、とても起きやすかったです。ぱわふわちゃんに早く会いたくて、四時間ごとに訪れる見回りの時間が待ち遠しかったです。
  
  
 切り返しから、朝に盛り込みをするまで、夜中の時間、ぱわふわちゃんは、ぐっと元気を出して活発でした。夜中に、ふみちゃんと二人で見回りに行くと、左上の温度計が三十九度を示していて、このままだと四十度を超えてしまう! 

 ピンチでした。すでに外の窓は開かれ、毛布は取られ、電熱器も二百ワット一つになっています。残る手立ては限られていました。

 入れ替えをしようと思ったけれど、一時間前に見回りをしてくれたみんなが、もう入れ替えをしてくれていて、もう一度するには、湿度が逃げて乾いてしまいます。考えている間にも、ぐんぐん糀の温度は上がっていき、ふみちゃんとこれしかない、と思った手立てが、うちわでした。
  
  
 盛り込み前で三十九度まで上がった実例は記録を見てもなくて、うちわがここで登場することもありませんでした。でも、やらないよりはやる方がいいのでは、と思って、ふみちゃんと覚悟を決めて、どうか下がりますように……願いを込めてうちわで扇ぎました。

 一人がうちわを持って糀室に入り、一人が糀室にかけられたビニールを閉じて蒸気が漏れないようにします。左上に向かって、五分間、思い切り扇ぎました。布巾が乾いてしまうといけないので、長い時間は出来なかったけれど、〇・五度ぐらい下がっていて、どうかこれ以上上がりませんように、ふみちゃんと温度計に向かって手を合わせて、布団に戻りました。

■一粒一粒ぱらぱらに

 それから三時間後、全体の温度が三十七度前後で、とても良い状態で盛り込みに持っていくことが出来ました。左上の糀は、それからみるみる下がって、二時間後には二度下がっていて、ほっと胸を撫で下ろしました。

 盛り込みでは、切り返しよりも白い斑点が増えていて、糀がみるみるうちに全体に繁殖してきているのだと分かりました。
  
  
 なまこ型に成型した糀は、ぎゅっと固まって板糀になっていて、それを一粒ずつ手でパラパラにする作業が、とても気持ちが良かったです。もちもちしていたミルキークイーンのお米が、一粒一粒ぱらぱらとしてきたように思いました。攪拌をしながら、またメンバーのみんなと「おはよう!」そう声をかけました。

 ぱわふわちゃんは、とてもパワフル! 一時間に二度ペースで、どんどん温度が上がっていきます。一部分の入れ替えをしたり、扇風機が登場したり、元気いっぱいでした。ぱわふわちゃん、大丈夫かな、頭の中は、糀のことでいっぱいで、次の見回りのことを考えると、とてもワクワクした気持ちになりました。

 盛り込みから、一番手入れまでの間、ぱわふわちゃんは大進化を遂げました。夕方五時、メンバーのみんなが家庭科室に揃い、一番手入れをしました。糀箱の布巾をはぐると、思わず、あっと息を飲みました。
  
  
 そこには、白い菌糸をいっぱい出して、ふわふわもこもこしている糀がありました。あまりにふわふわとしているので、湯気で目が霞んでいるのかな、と自分の目を疑うほどでした。一粒一粒をよく見てみると、細くて短い菌糸がたくさんついていて、ウサギの毛皮のようでした。純白で、とても綺麗でした。

 みるみるうちに、糀自体の温度も上がっていることを感じました。手で触れると、ほっこりと暖かくて、ぱわふわちゃんの体温にエネルギーをもらいました。一番手入れの後は、一時間に四度ペースで上がる予想です。夜中に、二番手入れをする心づもりでいよう。そう、ゆりかちゃんが話してくれました。

■もこもこの菌糸

 深夜十一時、二番手入れを行いました。辺りは真っ暗で、シーンとしているけれど、家庭科室の中は、明るく、とても活気があって、夜とは思えない、不思議な空間でした。二番手入れを行う時には、もうぱわふわちゃんの体温は三十八度になっていました。
  
  
 一番手入れで一粒一粒をほぐして、よく攪拌したはずだけれど、またぎゅっと固まって、一層ふわふわもこもこの毛皮を厚くしていました。一番手入れの時も、二番手入れの時も、糀箱の布巾をはぐる時は、毎回、大感動して、それは薄れることがありませんでした。

 ももかちゃんが、一粒のお米を割って見せてくれました。すると、お米の内側まで白い斑点が見えて、糀菌が中まで繁殖している様子が分かりました。一番手入れは、糀づくりの折り返し地点で、前半は糀菌の量が増え、後半はお米の内側に進出していく繁殖の仕方をするようです。今は、お米の内側まで繁殖するように、頑張っているんだなあと思いました。

 二番手入れで、チーム名が決まりました。「味噌の戦士 ぱわふわレンジャー」です。私達は、糀を守る戦士なんだ、そう思うと一層、攪拌する手に力がこもりました。
  
  
 チーム名が決まると、味噌メンバーのみんなと一体になるような感覚があって、とても嬉しかったです。糀のことで困ったことがあったらいつでも誰かが駆けつけてくれて、メンバーのみんなが心強いし、糀を育てる運命共同体みたいで、その一部となれたことで、私もたくさん幸せな気持ちをもらいました。

 あっという間に出糀の日! 最後の手入れ、仕舞仕事では、これまでなまこ型に成型していたところを、糀箱全体に広げて、川の字にくぼみを付けます。これを、花道、と呼んでいます。もうすぐ巣立ちの時を迎えるんだなあ、そう思うと、寂しい気持ちもありました。ぱわふわちゃんは、カステラぐらい甘い香りを漂わせていて、成熟まであと少しになっていました。

■四十度に上がる瞬間
  
  
 
糀が四十度に到達したら出糀です。予定時刻には、三十九・六度と、もう少しというところまで上がっていました。どうにか四十度まで上がってほしい! 糀室に毛布を掛けて、みんなで手を合わせて願いました。
  
  
 私達の願いが届いてか、みるみる温度計が上がっていきます。ついに、みんなと、糀が四十度に上がる瞬間を見届けることが出来ました。ぱわふわちゃんの巣立ちは大成功、私達の気持ちを受け取って、最後まで活発に、成長を遂げてくれました。あんなに細かな粉だった糀菌が、純白のウエディングドレスを着たみたいに変身して立派な米糀になっていて、とても心が満たされていきました。
  
  
 最終日は、家族みんなで味噌玉づくりをしました。白大豆と一緒に樽に詰められます。私は今回初めて大豆を煮る役割をしました。強い火でアクを出し切るけれど、豆は踊らさないように、火加減には細心の注意を払いました。こんなにも豆の中にはアクがあったんだ! と驚くほど次から次へと泡立ったメレンゲのようにアクが出てきて、何度も掬いながら、美味しい豆を作りました。
  
  
 みんなに囲まれながら、樽に蓋をしました。ぱわふわちゃんがすっかり味噌になるのは、三年後になります。タイムカプセルを作っているようで、不思議な気持ちになりました。樽に詰めてからも、成長は続きます。美味しい味噌になっていたらいいなあと思うし、またお互いに進化して、会える日が楽しみだなあと思いました。
  
  
 ぱわふわちゃんと、味噌メンバーのみんなと一緒に作った五日間が、私にとっても温かな思い出ファイルになりました。