【新春号②】「私たちの使命」ゆりか

『ビューティフル・ピープル』
  

 大成功のウィンターコンサート 本番を終えて、なのはなファミ リーの家族みんなと、今まで以上 に深いところでつながっているような、安心感と幸せ、充実感を、 じわじわと感じています。 コンサートが終わっても、私の 使命を果たす役割は、ずっと続く のだと思います。

 今回のコンサートの内容は、自 分達が本当に求めてきた、これから先ずっと生きていくために必要 な答えでした。

 このコンサートの脚本を通し て、お父さん、お母さんは、摂食 障害をはじめとする依存症はなぜ 起こるのかを、人間の起源から、 人体を解剖するように紐解いて、 その先に、どう生きていくかの答 えを示してくれました。

 これまでのミーティングで、お 父さんお母さんに教えていただいてきたことが、宇宙と人体は繋 がっていたのだという大きな切り 口を通して、何度もの通し稽古や、 本番のステージの中で、体験とし て、自分の心の中に入ってきまし た。

 このコンサートを、お父さん お母さん、みんなと作らせてもら えたこと、たくさんのお客さんの 共感を得られたことで、四〜六歳 の幼い頃の私が、救われる感覚が ありました。

 今回のコンサートを通して、自 分の中で色々と変わったことがあ ります。 その一つが、私はあなたで、あ なたは私なのだという感覚が、心 の中に確かに生まれたことです。 人間はなぜ生み出されるのか、 愛の世界はどうやったら作れるのか、コンサートを作るためにお父 さんお母さん、みんなと追求した 先に、本当に大きなところで考え たときに、自分はみんなで、みんなは自分なのだとわかりました。 

      
  
 それが究極の利他心なのだと、ダ ンス練習のときに、あゆちゃんが 教えてくれました。 『スカイフォール』の隊列、『リ カバリー』の手の動き、『プロ フェッツソング』の指先、足先、 表情。

 この三か月間、(私はみん なで、みんなは私)だと、強く濃 く思いながら、前の人に背骨を揃 えて、見ることはできない後ろの 人がきっとここに出すだろうとい うところに手や足を揃えて出し て、みんなと一本の糸でつながる ような思いでダンス練習を積み重ねてきました。

 お仕事で日中の練 習の時間、いない人のことも、見 せるという意識で踊りました。

 あゆちゃんとのダンス練習の過 程で、間違った個性を大切にされ て、自分が一番大事だと植え付け られて、我を張ってきた、自分の 価値観を、まっさらに直してもら いました。
  

『プロフェッツ・ソング』

 そして、透明になった心の中 に、良く生きたいと切に願う気持 ちや、アーティストとしての生き 様、といった宝物を、あゆちゃん の伝えてくれる言葉や、あゆちゃ んの表情を通して、自分達の中 に、いっぱいに詰め込んでいきま した。その過程が、毎回、心から 楽しかったです。

 ずっと求めてい たような世界を、あゆちゃんとみ んなと作っていく、ダンス練習の時間が幸せでした。自分を作り直 してもらう、大切な機会でした。 そしてコンサート本番、みんな と、それからお客さんとも、繋がっ ている感覚が特に強く感じられま した。

 ラストシーンで、私は下手の袖 幕で、『リカバリー』のダンスの 出番を待機していました。 私たちのいる場所からは、向こ う側の袖で待機をするダンスメン バーのみんなと、それからステー ジ上で客席に向かってセリフを伝 える、小腸さんの姿が見えていま した。

  

  
 小腸さんの言葉で、とうこさん が剣をかざすと、青と銀色のライ トが点灯し、リカバリーしていく 海馬が浮かび上がりました。そ の中心で、小腸さんを演じるあゆ ちゃんの笑顔が、女神様のように 美しく、輝いていました。

 実際に客席を見ていなくても、 お客さんたちに小腸さん・あゆ ちゃんのセリフが、スーッと染み 渡っていくのを感じられました。 その空気の中にいると、私自身の 海馬や視床下部や扁桃体が、じん わりと癒されていくのを感じまし た。私だけではなく、会場にい た人たちみんなのこころが浄化さ れ、癒されていたと思います。

 そ のとき、四〜六歳の小さい自分が、 報われるような思いがしました。 このラストシーンが、私はコン サートの中で、一番心に残ってい ます。

 そのとき会場の人たちみん なとつながった一体感を、私はあなたで、あなたは私、というもの として、自分の中に強くインプッ トします。

■前のめりな気持ち

 お父さん、お母さんが、今回の コンサートの脚本に、ギブソンに 打ち克つための方法を、順を追っ て、詳しく、面白く、わかりやす く、書いてくださいました。何度 も通しをさせてもらう中で、役者 のみんなのセリフを通して、私の 中にも入ってきました。
  
 
 損得勘定のギブソンに打ち勝つ 最終的な手段は、幸せを先送りに しないで、いつも、今幸せである こと。大切な人と、小腸が喜ぶ、 美味しい食事をとること。

 そして、「私たちの使命」を、 持ち続けること。

 私自身が、前のめりに、いつも 幸せでい続けること。損得勘定の ギブソンに打ち勝ち続けること。

 摂食障害になり、一度は大きく躓 いた私が、いまを前向きに立ち続 けることで、同じ苦しさを感じて いる人の希望となることが、私の 使命です。

 ホール入りしてから、お父さん は、地球を少し回ったら、戦争が 起きていて、足元は薄氷のような もので、今回のコンサートの脚本 でも表現しているように、自分達 は本当に危うい存在なのだと話し てくださいました。 そのことはとても自分にも当て はまりました。

 日々の生活や仕事 にしても、一歩間違えたら、すぐ に依存に戻ってしまう、生きていけないところまでいくらでも落ち ていける穴が、自分のすぐ隣にあ ると思いました。それは私だけで はなくて、今の世の中を生きる誰 もにきっと、同じ危うさがあると 思いました。

  
  
 その上で、前のめりの気持ちで いきましょうと、お父さんお母さ んは話してくださいました。 とうこさんやてつおさんと同じ で、私の中にも、ギブソンに仕込 まれた悪い気持ちがあって、汚い 自分がたまに顔を出してくること もあるけれど、自分は一人ではあ りません。

 なのはなファミリーが あります。 コンサートに向かう日々は、お 父さんお母さんみんなと一丸と なって、前のめりに、前だけを見 て、コンサートをお客さんに伝える=私たちの使命を果たそうと、 日を追うごとに密度高く、ますま す強く、思うことができました。

 毎回の通しを、これが本番だと 思って、満員のお客さんを見て、 みんなと真剣に、いいものを作ろ うと、脚本を伝えようと、祈るよ うな思いでコンサートに向かう 日々は、本当に幸せな毎日でした。 このことは、コンサートが終 わったこれからも、ずっと続いて いくのだとわかりました。

  

 コンサートが終わって、以前の 私だったら感じていたかもしれな い喪失感は、今は感じていませ ん。今の心にあるのは、コンサー トに向かってきたのと同じ、前の めりな気持ちです。

 お父さん、お 母さんが、いつも話してくださる ように、ギブソンには打ち勝ち続 けることが必要なのだとわかりま した。そのために、今目の前の幸 せを大切に、いつも幸せでいます。 私の使命を持ち続けていきます。

 そのため、残った一言にも、 当初の何行分もの背景があったた め、細部まで理解して、セリフを 言うことができました。 大脳辺縁系は、大脳新皮質のよ うに競争したくなくて、最近では 大脳辺縁系がめっきりかえりみら れなくなってしまったことに、心 を痛めていました。優しくありた い、よくありたいと思う気持ちで、 大脳辺縁系の各部署がつながって いて、チームワークで判断をして、 命を守り、情を出しています。
   
  
 そして、本能と自律神経をまと めているのが、直径一・五センチ の小さな部署である、視床下部で す。

 これは全部、私たちの脳の中 で本当に起きていることでした。

 私の中で、色んな細胞たちがバ イキンの取り締まりをしたり、新皮質三姉妹が判断をしたり、『オ テアルミア』(=大脳辺縁系のチー ムワークによる仕事)が繰り広げ られていたり、かにちゃんのよう な視床下部さんや、あゆちゃんの ような小腸さんがいてくれて、四 〜六歳の思い出ファイルを管理し ていたり、五臓六腑の定例会が毎 月ひらかれてるのだと思うと、本 当に自分の存在は、何か計り知れ ない大きなものに生かされてい て、私のものなどではない、何か 生かされている使命があるのだろ うと思います。

  

 四〜六歳のとき、あたたかな家 族関係がなかったこと、思い出 ファイルがスカスカだということ は、私にも全く当てはまりました。 家族の中で、利他心を自分の中にインプットできる機会は、本当 に一回もなかった。

 辛く悲しい記 憶を、愛情としてインプットし てしまったのだとよくわかりまし た。 とうこさんが言ったように、今 更四〜六歳に戻ることはできな い、というのも、そのことを思う と、本当に悔しくて悲しいことだ けれど、本当のことです。

 でも、今回のコンサートを通し て、お父さんお母さんみんなと、 お客さんと、子供の頃に感じた自 分の痛みを共有できて、ギブソン に打ち勝つ方法がわかりました。 コンサート当日、たくさんの人た ちと一緒に、幸せな今を作れたこ とが、大きな自信となり、幸福の 信号が自分の海馬、脳弓、帯状回を駆け巡り、視床下部の愛情の中 枢に、確実に伝わりました。

 小腸 の一億個の神経細胞たち、こころ の皆さんも、このコンサートを通 して、みんな納得してくれたと思 います。コンサートという長い旅 を終えて、とうこさんたちと一緒 に、自分達の中の傷んできた部分 が、確かに回復していくのを感じ られました。こころが癒されてい くのを感じました。
  

  
 お父さん、お母さん、みんなと 作らせてもらった、このコンサー トの過程を、愛情の形として、自 分の中に確かにインプットするこ とができたことが、本当にありが たくて、幸せです。 今回、大人数ダンス七曲を、踊 れる人全員で踊りました。

 お仕事 組さんの人数もこれまでになく多 かったし、ダンスが得意な人ばかりではない中で、これまでのコン サート史上、最も多くの数のダン スを、全員で踊りました。
 
 九月に振り入れをする前の時点 で、ダンスメンバーを相談させて もらっていた時に、あゆちゃんが、「ダンスを得意とする人だけが踊るのではなくて、みんながダンスを通して成長する機会を持てるようにしよう」と、話してくれました。

 そして、「今回のコンサートで自分達が何を得たいのかの予測を立てて、お父さんの脚本を待つことが、横の関係」だと、あゆちゃんは教えてくれました。

 そのことを思ったときに、今回のダンスは、本当に大成功だったと思います。
  
  
 ダンス練習の過程を思い返していて、私は一番に、ほしちゃんの姿が思い浮かびます。

 ダンスがうまいとか関係なくて、毎日心から楽しそうにダンスを練習して、小さな練習を積み重ねて、昨日より今日、少しでもよくなる努力をして、ダンス練習やバディ練習の時に、なのはならしい空気を、ずっと一緒に作ってくれたなと思います。

 ほしちゃんは、練習でリーダーさんから個人的に指摘を受けることも多かったけれど、素直に受け止めて、個人練習をして、少しずつできるようにしていました。
 バディ練習にも、全体練習にも、ほしちゃんは真っ先に来ていました。いつも今を楽しそうに、一生懸命に練習するほしちゃんの姿があって、私も元気をもらいました。

 私は、『プロフェッツ・ソング』のバディやコーラスバディなどが、ほしちゃんと一緒でした。

 バディのみんなと一緒に、一生懸命に練習した時間が、すごく興味深く面白くて、楽しくて、自分の自信になり、糧となっていったことを感じました。
  
  
 言い訳とか、不満とか、出そうと思ったらいくらでも出せる中で、そういった不満を一切見せずに、いつも楽しそうに、みんなとダンスを踊る面白さを追求して、昨日より今日、ほんの少しでも進歩していく姿が輝いていました。

 自分達の新しい価値観(生き方)を、自分達の心の中に積み重ねていく、あゆちゃんとのダンス練習、そして、ダンス部ののんちゃん(たかおさん)が、いつも淡々と前向きに、粘り強くダンスに向かっていた姿。二十三時までの時間を使って、お仕事組さんの練習を進めてくれた、なるちゃん、ふみちゃん。

 たくさんの家族、仲間と一緒に、コンサートを作ってきた過程が、自分がこれから生きていくときの指針、これからのスタンスとなって、自分の中に確かに作られたことを感じています。お父さんお母さん、あゆちゃんとみんなと、コンサートに向かった過程が、インタレスティングの楽しさで、毎日充実していました。
  

■命を守り、情を出す

 『ビューティフル・ピープル』を踊る気持ちを、お父さんやあゆちゃんが話してくださったときに、フラダンスやタヒチアンダンスは、大脳辺縁系的な踊りなのだ、ということが、今回わかりました。このこともすごく嬉しかったです。
  
 なのはなでフラダンスをみんなと踊ってきて、笑顔で踊るフラダンスがなのはなにぴったりで、全員で踊るととても幸せな豊かな気持ちを、理屈でなく体感してきました。それは、大脳辺縁系の踊りだったからなのだとわかりました。

 『ビューティフル・ピープル』は、大脳新皮質で考えている人工的、計算的なビューティフルにならなくていい、私たちの仲間になりたい人はこちらへどうぞという気持ちで、なのはなのコンサートらしい明るさ、楽しさ、計算のないビューティフルさを出すと、お父さん、あゆちゃんは、話してくれました。
  
 そして、『オテア・ルミア』は、まさに大脳辺縁系を表現する踊りでした。辺縁系の色んな部署がつながりながら一つのことを決定している、辺縁系の仕事風景を、理屈を超えて、原始的なリズムで、ほのぼのとした感じを、身体中で表現して、踊りました。
    

『オテア・ルミア』

 『オテア・ルミア』を踊り始めた時には、この振り付けの意味を感覚的にしか掴めていなかったのですが、今回のコンサートを経て、『オテア・ルミア』という踊りの振り付けや構成、表現している内容を、今回、手に取るように理解して、言葉にすることができました。
  
 『オテア・ルミア』は、一言で言えば、命を守り、情を出す、ということを表現している踊りなのだとわかりました。
  
 振り付けには、喜び、悲しみ、怒り、やる気の感情表現が、激しくほとばしるように出てきます。大脳辺縁系の各部署がつながっている様子を、バンドメンバーはリズムを奏で、ダンサーは踊り、幾重にもパートが移り変わっていく構成は、まさに大脳辺縁系の働きそのものでした。

 『オテア・ルミア』は、一筋縄ではいかない踊りで、全ての動きをコントロールして踊れるようになるために、期間が必要でした。『オテア・ルミア』は、このコンサートの大脳辺縁系のための曲で、今回踊るために、みんなと習熟してきたのだと思いました。
  

    
 このことがわかったことも、自分にとって大収穫でした。最大限の気高さ、大きな誇りを胸に、自分ではない何者かを演じながら、みんなと踊らせてもらえたことで、自分自身がどんどん元気になっていきました。

 自分の感情のすべてをさらけ出して、仲間とともに生きている!という思いを、強く、感じられました。コンサートで演じさせてもらえたことが、ありがたくて嬉しかったです。

■そのときの精一杯で

 コンサートが終わって、ダンス部のまとめをしていた時に、メンバーの人たちから、今回のダンスは、全ての大人数曲で、スプリングコンサートの時の、例えば『ホーリーウォーター』の時のように、手の動き、足の動き、目線まで、ミリ単位で揃えることはできなかったと思う。そのことをどう思ったらいいのか。どんな質を目指したらいいのか、という質問が出ました。
  
 私は、その場でもみんなに話したのですが、お父さんお母さんのお話を聞かせてもらったり、自分の実感としても、今回のコンサートは本当に大成功で、全てがよかったし、お客さんにひしひしと伝わったことがわかりました。

 私たちは、限られた時間の全てを使い、精一杯を尽くして、毎日欠かさず、真面目に、真剣に、真摯に、ダンスの確認、全体練習、バディ練習、個人練習をしてきました。

 コンサート全体を通しても、ほとんどの人がセリフをいう役者を演じたし、台を出したり衣装の着替えをしたり、空いている人はほとんどいないくらいに、全ての場面で高い緊張感で、役割を果たしました。
      

プロフェッツ・ソングの交差移動

  
 その時に、ダンスをミリ単位に 揃える時間が完全ではなかった り、あゆちゃんとの大切なコーラ ス練習の時間が、全ての曲で取れ ていなかったとしても、荒削りで あったり、未熟な部分もあったか もしれないけれど、私たちは全て を見せることができたし、その危 うさにも見る人を惹きつけて、感 動させるものがあったのではない かと、お父さんの、「歌手のの小 柳るみこさんがデビュー曲のレ コーディングをしたとき、歌いな れていない一回目の歌がレコード になった」というお話を聞かせて もらっても、思いました。

 以前の私であったら、全て完璧に揃えられなかったことを、悔しく思う気持ちがあったかもしれません。しかし今回は、全く残念な思いはありません。私たちは最善を尽くし、全てやりきったし、ダンスもすべて素晴らしかったと思いました。何よりも、みんなと気持ちを揃えて、濃く凝縮した気持ちを、強く前に出して踊れたと思いました。

 あゆちゃんが九月の時点で話してくれた、みんなにダンスを踊る機会がたくさんあって、成長する機会を作れたらという目的も、とても達成することができたのではないかと思います。だから本当に、今回のダンスはよかったと、胸に落とし込みます。
  

ゆりかちゃんがソロで踊る『ア・レヴァ』

  
 お父さんやあゆちゃんは、いつも私に、このことを教えてくれていたのではないかと思います。私は、ともすると汲々としたり、みんなを追い立てたり、自分の首を絞めることがありました。

 しかし、今回、その時の自分達にできる精一杯を尽くした上で、なのはなファミリーの私たちだからこそできる、伝わるダンスを踊るということの本質がわかりました。このことを、これからもずっと持ち続けたいと思います。

 今回のコンサートほど、通しのたびに綱渡りだったコンサートは、これまでになかったです。踊れる全員でダンスを踊り、コーラスに出て、演奏をし、役者をしていたので、全員が綱渡りだったのではないかと思います。
 
 通し練習のたびに、毎回、最大限の集中力を使い果たしました。ホール入りしてからも、たくさんあるダンスの振り付けや、着替えの流れ、演奏のパート、セリフ、お父さんお母さんみんなと統一したことの一つひとつが、自分の中からこぼれ落ちてしまわないように、集中力を切らさないようにすることに、個人的にとても必死でした。毎回の通しを本番だと思って、満員のお客さんを意識してやってきたので、張り詰めたような思いがずっと続いていました。
  

 しかし、コンサート本番が幕を開けると、お客さんの拍手や空気が、本当にあたたかいことを感じられました。ダンスも演技も、非常にやりやすかったです。これまでの通しの中で、一番、本番はかけがえなく楽しかったです。

 ステージに立たせてもらっていて、お客さんに共感してもらえる感覚、会場が一体となっている空気の中で表現させてもらえることが、誇らしくて、うれしい気持ちで胸がいっぱいでした。お客さんに受け止めてもらう中で、精一杯を尽くして気持ちを前に出して、踊り、歌い、演技をしました。そしてお客さんと私たちとの間に、このコンサートの大成功があったと思いました。
  
  

 コンサート前半、特にお客さんの心を掴んだ!と思ったのは、『インビジブルマン』が終わったときのお客さんの驚きの吐息の漏れるような空気と、大きな声援、拍手が聞こえたときです。

 そこから、『エンジェルズ』『プロフェッツ・ソング』『ドラムライン』『アライブ』、アンサンブル曲、『インマイライフ』『ビューティフル・ピープル』など、それぞれの曲のお客さんの反応が、あたたかかったり、驚きのこもったものだったり、自分達の背中をそっと押してもらうように、応援してもらっている感覚もありました。
  
 演技のセリフも、お客さんの中に吸い込まれていくようで、ただただあるべき言葉が、自分を媒体にお客さんのもとへ届いていく、という感覚があって、緊張したり上がったりということが今回ありませんでした。

 コンサートが幕を閉じたとき、自分たちの総力でお客さんに伝えきった、という達成感があって、感動で胸がいっぱいになり、涙が出ました。
  
 お父さん、お母さん、あゆちゃんとみんなと、美しい舞台背景を振り返って、しばらく眺めました。カラフルな細胞をイメージした飾り付けや、大竹さんが作ってくださった胎児の影絵、蛍光塗料を塗った切り株など、今までになく、明るくて、綺麗な舞台でした。
    

ボランティアの方々や卒業生が撮影チームとして駆けつけてくださいました

 大竹さんがコンサート二週間前からなのはなに滞在してくださって、胎児の影絵や、ミミズのような生き物などの制作をしてくださって、ホール入りしてからは、照明の調光卓に入ってくださいました。

 大竹さんが、誰に対しても丁寧に優しくて、明るく前向きに仕事をされているご様子から、大竹さんの透明感や、人としての謙虚さがとても伝わってきました。大竹さんがコンサート前のなのはなファミリーにいてくださることが、ありがたくて嬉しかったです。

 本番前には、正田さんが写真・ビデオ撮影のために帰ってきてくださいました。正田さんがなのはなファミリーを変わらずに応援してくださること、すぐに私たちの中に溶け込んでくださって、自分達の仲間でいてくださるのだなと思って、そのことも、とても嬉しかったです。

 カメラマンの中嶌さん、岡さん、ホールの竹内さん、高木さん。たくさんのダンスの振り付けや指導をしてくれた卒業生ののんちゃん、ダンスを踊ってくれたかりんちゃん、しほちゃん。

 コンサートのために帰ってきてくれたたくさんの卒業生の人たち、なのはなファミリーの大家族のみんなと、コンサートを作らせてもらえたことが幸せでした。
  

ロビーの飾りつけ。コンサートへようこそ

  

 りゅうさん、ひでゆきさん、あゆみちゃん、たけちゃんと、一緒にステージに立たせてもらえたことも、嬉しかったです。コンサートが終わったあとの夕食のとき、ひでゆきさんが今の気持ちを一言で表すと「青春」ですと、話してくださいました。

 その言葉が本当にその通りで、嬉しくて、面白くて、みんなと笑いあえたことも、本当に幸せな気持ちがしました。

 コンサートの通しが終わると、あたたかい食事を用意してくれている方たちがいてくれて、すぐにおいしい食事をいただくことができました。小腸が喜ぶ美味しい食事を、家族のみんなと食べさせてもらえることが、ありがたくて嬉しかったです。
  
 たくさんの方たちに支えてもらって、今回のコンサートを作らせてもらえたのだと思います。

 なのはなファミリーコンサートの一部として、なのはなファミリーの一員としていられることが、自分にとって本当に得がたいことだと思います。

 ここに書いたことをしっかりと心に刻み、これから先の人生も、このコンサートがずっと続いていくように、前のめりに、私自身がいつも幸せでいることで、まだ見ぬ誰かの希望となれるように、私の使命を果たす生き方をしていきます。

 ありがとうございます。