「ふたりを見ていると」 みつき

1月8日

 今日は、さくらちゃんとなつみちゃんの成人式の日でした。
 1日中、古吉野はあったかくてやわらかい空気に包まれていました。窓の外を見ても、ふたりの晴れ姿にふさわしい、晴れた空に太陽の光が差していました。
 天気も、町の風景も校舎も、みんながふたりの仲間として存在しているようで、そのくらい、成人のふたりがかわいくて、綺麗でした。

 式を終えて帰ってきて、みんなで体育館に集まって「なのはな写真館」を開きました。
 私がいたブースでは、あゆちゃんがカメラマンをしてくれて、他のみんなで小型ライトを持ったり、銀マットを掲げたりして、ふたりを明るく照らしました。
 先ほどまで遠くで見ていたふたりが今度は目の前にいて、そのふたりをみんなでぐるりと囲めるのが、「なんて幸せなんだろう!」とうれしさがこみ上げました。

 ときどき目線や顔の角度を変えるときに、あゆちゃんが、「みつきちゃんを見て!」と伝えて、ふたりがわたしの方を見てくれて目があったとき、その瞬間、涙が出ました。本当に綺麗でかわいいものを見たときって泣けてきてしまうんだなあと、知ってしまいました。
 ライトで照らされたお肌は、白くつるんとしていてみずみずしい若さがあって、たくさん光が入ってきらきらした瞳は、未来を見つめているようでした。
 一生に一度のふたりのこの瞬間を、たくさん撮影させてもらえたこと、たくさん目に焼き付けることができて、すごく満たされました。

 さくらちゃんとなつみちゃんに向けられるお祝いの気持ち、大好きな気持ち、そういった前向きで明るくて優しい気持ちが、わたしのもみんなのもはっきり感じ取れました。
 自分のことじゃなくても、みんながふたりのことが好きで大切だと思っている、究極な利他の気持ちに包まれていると、本当に幸せでした。
 なのはなのみんなとだから作ることができる写真館、そして1枚1枚の写真でした。

 ふたりが成人を迎えられて、こうやって笑って、こうして凛として立っている。けれど、それは当たり前のことではない、と感じました。
 なのはなのみんな誰もが、ここに今居られることは得難いことで、奇跡に近いことです。どんな傷を負っていても、なのはなに来て立ち向かってきた、誰もが同じ奇跡の上にあります。

 ふたりが、それを象徴してくれているようでした。その眼差しや姿は、これから生きていく未来が明るいと信じていて、希望に溢れていました。
 なんだか別世界に居るようで、切なくなるほど綺麗で、尊かったです。
 ふたりを見ていると、わたしも、ここにいるみんなとちゃんと生きたい、ちゃんと使命を果たしたい、そう願うことができました。

 これを機会に、わたしももう一度気持ちを持ち直して、周りの仲間や、これから出会う仲間を守れるよう、成人の自覚を忘れずに生活していきます。
 だいすきな妹ふたりのお祝いができて、とてもうれしい1日でした。
 さくらちゃん、なつみちゃん、成人おめでとうございます!