「仲間の力に導かれて出会えた生き方」 ほし

◆私を支えてくれたもの

「私の使命」
 私がこのコンサートに向かうなかで感じたことは、劇の中でも出てくる、この言葉そのものでした。コンサートの練習期間中、壁にぶつかることがあっても、この言葉に支えられました。
 コンサートをするとなれば、必ずダンス練習の時間があります。
 私は、ダンスが誰よりも苦手で、逃げ出したい気持ちがずっとありました。
 けれど、もうみんなの中の1人として、穴を開けるわけにはいかない、その気持ちでただ向かっていきました。
 前回のスプリングコンサートの時は、気持ちの上下が激しかったり、力不足で練習に精を出しきれなくて、すごく悔しい思いをしました。
 だから今度は、その悔いをバネに、自分の役割をまっとうするんだ、という思いひとつで、練習に向かっていました。
 ダンス練習でも、なかなか振りが身体に入らなかったり、身体の力の入れ方が掴めず、どうして踊れないんだ、と何かに当たりたくなったり、泣きたいような気持ちになりました。
 けれど、向かっていく中で、見えてくるのもがありました。
『ザ・マーチ・オブ・ザ・ブラック・クイーン』のダンス練習をしていたときでした。
 ブラッククイーンは、反復横跳びなど、飛び跳ねる振りが多く、運動に対して大の苦手意識があった私は、「バテたら踊れなくなる」「この振りはちゃんと踊れるだろうか」と、自分そのもの「ほし」として踊っていました。

 でも、ある時、天から降りてきたように、自分の中でピンと来ました。
「この曲を踊るとき、私は、漆黒の女王の部下なんだ」
 と思いました。
 すると、今までぎごちなかったのが、自分でも驚くくらい、表情も作れて、身体も動かしやすくなりました。
「私は、ほしではなくて、栄誉ある漆黒の女王の部下だ」
 と、パフォーマーとして、お客さんを楽しまるんだ、と気持ちを強く持って練習していこうと思いました。
 すると、凄く楽しくて、その曲を踊っているときは、「ほし」ではなかったです。
 みんなからも、「ブラッククイーンのダンスがかっこよくなったね」と声をかけてもらえることもありました。
 そんな風に体験を重ねて、もう、私は、負けない、諦めずに向かっていくんだ、と思えば思うほど、理にかなっていきました。

 こんなにダンスが苦手な私だけれど、信じてブラッククイーンのダンサーにしてもらえたことが、本当にありがたくて、嬉しかったです。
 このコンサートで、私は、自分としてはこれまでで最多の6曲を踊りました。
 あゆちゃんが、それぞれの曲の和訳を張り出してくれたり、ダンス練習の際に込める気持ちについて話してくれたり、みんなと揃えることを意識して練習した時間を通して、一曲、一曲が思入れ深い、大好きな曲になっていきました。
 その中でも、特に印象に残った曲があります。

◆『スカイフォール』

 誰が私であってもいい、私が誰であってもいい。
「あなたが私、私があなた」
 そういった、なのはなの哲学が見える表現にすることをあゆちゃんが話してくれて、振りの一つひとつ、上げた手の高さやタイミングが揃うように見てくれました。
 また、この曲の和訳で、とても好きなところがありました。
 ブリッジの、
「あなたの腕の中で守られてこそ、あなたの愛に守られてこそ、私は、私になれる。あなたがいてくれるから、私は立ち向かうことができる、さあ、一緒に立ち上がろう」
 この部分は、コーラスを歌いながらステージ裏を走り、ステージに走って出ます。
 その瞬間が、歌詞と動きとがぴたりと当てはまって、一瞬、息を止めました。

 隣で踊っているさきちゃんや前で踊っているなつみちゃんの存在を強く感じて、これが、ワンフォーオールだと実感して、誰もがみな、誰かに支えられてこそ立っていけること、そこになのはなの哲学があるのだと思い、みんなとその哲学を表現できること、そのものが嬉しくて、幸せな事だと思い、踊りながら涙が出そうになりました。
 スカイフォールは、空が崩れ落ちるという意味でした。
 そんなギリギリの境地でいるけれど、みんなとだから立っていける、その部分は、私たちそのものでした。

◆『ザ・シード』

 シードは「種」という意味。私がこの曲を踊る姿は、植物。
 後から進化したものに痛めつけられても、僻んだり妬むこともなく、可愛そうな人になるのではなく、後に続く者のために、ただ自分の役割を果たしていく。

 あゆちゃんが話してくれたその言葉が、私の心を覚醒させていきました。
 私自身、過去の辛い体験に拘ってしまう部分が強くあったけれど、その言葉で、私が目指す方向が分かった気がして、その気持ちで生きていくんだ、この気持ちをこの曲で表現するんだ、と思いました。
 表情のことでもあゆちゃんが話してくれて、目をぱっちりと開けて、強い感じ、そのことを意識すると、ますます気持ちが入っていって、私の中で、とても思入れ深い曲になりました。

◆『ザ・プロフェッツソング』

 この曲の練習のとき、あゆちゃんが「崇高な秩序を表現するんだよ」「最強の人智を超えたものの使い手になって踊るんだよ」と話してくれました。
 利他心やモラルを大切にしたなかでで、誰も、外れたことや自分勝手なことはしない、自分がどんな精神状態であっても、周りと気持ちを揃えること。

 この曲は、列移動の振りが多々あるのですが、それもミリ単位で、ぴたりと合わせる練習を、あゆちゃんが厳しく見てくれました。
 この曲は、バディ練習もほぼ毎日行っていた曲で、みんなと練習するたびに、みんなとも次第に振りがそろっていって、気持ちも自分ではなくて、人智を超えたものの使い手として自分が、どんどん『プロフェッツソング』の物語の登場人物になっていくことを感じていました。

 その登場人物の気持ちは、利他的で全く欲のない、人間で愛を形にしたい、とダークマターが人間を作ったときの願いそのものだと思いました。

◆『ビューティフルピープル』

 この歌詞の和訳は、ブランド物を身に着けたり、高級車に乗っている、そんな“美しい人”の中じゃ馴染めない。僕たちは“美しい”訳じゃないんだから、というものでした。
 その和訳の部分は、自分たちの気持ちとぴたりと重なって、自分たちのプライドや生き方を表現する曲でもあると思いました。

 この曲のダンスは、とうこさんとたかおさんが中心で踊っていたり、ゆりかちゃんが、「みんなで踊れるようにシンプルな振りにしたんだ」と話してくれたり、みんなと一体となって、踊っていても温かい気持ち感じがし、見ている側にも、このなのはなの空気が届いてほしいと思いました。

「新緑のイメージで若者のバイタリティーを表現しよう」
 そうあゆちゃんが話してくれました。
 サミュエル・ウルマンの青春の詞のように、信念や希望、自信とともに若くある、そんな若者の気持ちで、穏やかだけど力のある曲と振りとともに、「仲間になろうよ」と揃うような気持ちで、この曲を踊り(その曲の後に劇に出ることになったので当初のみ)、歌いました。

◆『リカバリー』

「自分自身の回復を自分でデザインするんだ」
 この曲の大部分です。
 ラストシーンを通して、「愛の世界を作っていく」という主要役者のみんなのセリフの気持ちをつないで、この曲を踊ります。
 そんな風に、各曲を通して、なのはなの精神や哲学を持った人物になりきれたり、その気持ちの境地で表現できることが、本当に嬉しくて楽しかったし、この先も、この気持ちを持って生きて、誰かを幸せに出来るのだ、と思うと、得難いほど、ありがたくて、嬉しいことだと思いました。

◆絶対に伝えるという使命感

 劇中のセリフで、とても心に残ったセリフがあります。
 ギブソンの子分のが、とうこさんに、「どうして、とうこちゃんは、ギブソンの側につこうと思ったの」と聞いて、とうこさんが答えました。

「私には、自分の欲が消せないって思った。
 私は、いつも汚いこととか、ずるいこととか、ふと心に浮かんでしまう。
 心のきれいな人間になろうと努力してきたけど、なかなかなれない。
 ひょっとして、私は悪い人間に生まれついているんじゃないか。
 利他心を持ったいい人間になろうとしても、無駄なんじゃないか。
 だとしたら、持てない利他心を持とうとしても、いつまでも苦しいだけだ。
 みんなを見ていて、どうしてもそう感じてしまう自分がいた」
 私は、身を引き裂かれるくらい、そう思ってきました。
 また、劇中では、LUCAがとうこさんに、「あなたの使命」と書かれた札を渡すシーンがありました。
 とうこさんは反愛情大王ギブソンの側に着いたけれど、とうこさんに、とうこさんの使命を訴え続けたLUCAの存在にはっとさせられます。

 あるとき、お父さんが、なのはなのステージで表現すること、コンサートをする意味を話して下さいました。
 傷ついて、誰にも見られたくないという気持ちで、引きこもりになって、それが行き過ぎると、消えてしまいたい、という気持ちになるけれど、コンサートは、それと真逆のことをしているというお話でした。
 そのことを聞いて、今までの事が、全部、今に繋がったのを感じました。
 私は、本当に、自分を見られたくないという気持ち、自分の存在を疎ましく思う気持ちが強かったです。
 それでも、みんなと笑顔でステージに立って、自分をさらけ出すということが自分自身の回復につながり、ここで回復したことを、次のまだ見ぬ誰かにつなげるというのが私の使命だと思いました。
 その使命を、どんなに苦しくても、自分が駄目な人間でも、果たすんだと、祈るような気持ちで強く思いました。

 私は、なのはなに入る前に、アセスメントでなのはなの演奏を見た時、みんながたった一人、私のために演奏してくれて、
「自分と同じように苦しんだ人たちが、こんなにもキラキラとしていて、笑顔でいきいきと強く生きているんだ」
 と、感動、なんて言葉では収まりきらないほど、どこにも見つからなかったはずの希望、大きな希望を貰いました。
 後にも先にも、人生で一番、感動したステージでした。
 私も、みんなの仲間になりたい、私がずっと求めていた場所はここなんだ、と強く強く思い、その後のOMTでは、
「私は、なのはなに絶対来ます!」
 と話していました。
 そんなふうに、当日来てくれるお客さんの中にも、まだ見ぬ誰か、求めている人が、必ずいるはずだと思いました。
 たった一人に、伝わるものにしたい、届けたい、今度は自分がまだ見ぬ誰かに届ける番なんだ、と思い、私の心にもじんわりと使命感が宿っていきました。

 また、脚本の中で印象的だったのは、視床下部の「思い出ファイル」の場面でした。
 私たちが、どうして病気になって、苦しんだか、そのことが明確に表されていました。
 今回の脚本は、お父さん、お母さんが、私たちのことを深く理解し、私たちの回復ために書いてくださっているんだなということを強く実感しました。
 「思い出ファイル」という表現が、とても優しいな、と思いました。
 この脚本を来てくれるお客さんにも伝わるものにしたい、そのために気持ちを込めて、表現しよう、と思いました。

◆もっと進化したい

 コンサート当日はあっと言う間に過ぎていきました。
 ラストの『リカバリー』が終わった後、お父さん、お母さん、みんなとステージに並んで、お父さんの挨拶を聞いていた時、心の底から満たされた気持ちになって、じんわりと涙が出ました。
 目の前のお客さんの温かい顔を見ていると、「本当にみんなとコンサートができて良かった」と心の底から、そう思いました。
 コンサートを迎えるにあたって、大竹さんが大道具や小道具の制作をしにきてくださって、大竹さんの温かい人柄に気持ちが救われたり、当日に近づくにつれ、卒業生のみんなや、あきこさんやかりんちゃん、正田さんも来てくださり、食事の席もいっぱいで、仲間がどんどん集まって、幸せな気持ち、ダークマターで満ちていて、私の心も、底の底から満たされました。
 お父さん、お母さんが書いてくださった脚本の中には、私たちのための答えや理解が、たくさん、たくさんありました。
 この期間を通して、この脚本にたくさん助けられました。
 まだまだ拙いところだらけの私だけれど、もっと進化していきたい、と思うことができました。
 自分一人では、絶対にダンスも踊れなかったし、やり遂げられませんでした。
 ダンスを踊るときも、心も身体も軽くなって、ダンスを踊る身体の使い方も少しずつ分かってきました。
 ずっと、ブラッククイーンのペアで一緒に練習していたしなこちゃんや、五臓六腑で一緒に練習した、まっちゃん、ふみちゃん、さくらちゃん、ひろこちゃんに、「ありがとう」の気持ちでいっぱいになりました。
 コンサートを終えて、古吉野に帰るときの星空は、とっても澄み渡っていて、息を飲むくらい綺麗でした。
 その星空は、ギブソンを追放できた、私たちの海馬そのものでした。
 その日の夕食も、コンサートを終えたみんなとだからこそ感じられる空気があって、「美味しいね」と言い合って、みんなと夕食を頂ける時間が、凄く幸せで、私の小腸も喜んでいました。
 その幸福の信号が、私の海馬にも行き届いていたことでしょう。
「失敗したかどうかじゃなくて、気持ちが伝わったか、感動できるステージにできたかどうかが大事」
 私は、本番で『ブラッククイーン』の振りを一か所間違えてしまったけれど、お父さんは、当日の夜、「コンサートは大成功でした」と話してくれたり、お母さんが「良かったね」と飛び切りの笑顔で言ってくださって、お客さんに気持ちが十分に通じていて、私も気持ちを出し切ることが出来たんだな、と思ったし、お父さん、お母さんも、技術がどうとかよりも、気持ちや頑張りを見てくれているんだな、と実感して、涙が出そうになりました。
 一曲、一曲が終わるごとに、お客さんが大きな拍手をしてくださり、その拍手が温かいなと感じていて、それは、伝わった、届いたということなのだと思いました。
 自分たちが感動していたり、楽しんでいたら、それが見てくれている側にも、伝わるのだということを、今回、強く実感しました。
 次にステージに立つときは、そのことを一番に大事にしようと、心底思いました。
 コンサート翌日も、みんなの空気が、明るく温かいことを感じました。
 大変なこともあったけれど、今回の機会を通して、私は、進歩出来ました。
 これから先が、期待と希望でいっぱいになりました。
 みんなともっと、色んな経験をしていきたい、もっとなのはなの気持ちを高めて発信していきたい、という、前向きで明るい気持ちになりました。
 その気持ちが、なのはなで守られて、私の中に生まれたもので、本当に尊いものだと思います。
 仲間の力に導かれて、私は、やり遂げることができました。
 このコンサートをみんなと大成功にすることができました。
 お父さん、お母さん、みんなとコンサートができたことが、心の底から、良かった、と思います。
「私の使命」
 そのことを忘れずに、日々過ごします。お父さん、お母さん、たくさんの私の仲間に、心の底から感謝します。