「蝉丸の歌」 ほし

12月29日

 年末に向けて着々と準備が進んでいて、その中でも楽しさや嬉しさに出会うことがよくあります。

 まず1つ目は、のんちゃんの『シヴァーズ』のチームで、練習するごとにどんどん楽しくなることです。
 のんちゃんの紅白に対する熱意が凄くて、「紅白の前から構想を練ってた」と話してくれました。

 2つ目は、昨日おせちづくりの準備をした時のことです。私は今年、伊達巻きを作ることになったのですが、去年、伊達巻チームだったみんなが、細かく記録を残してくれていました。
「調味料を入れるときは、声に出して確認する」ということや、「フライパンの上にアルミホイルをかぶせ蓋とするけれど、食管の蓋を置くと安定する」ということなどが、記されていました。
 それを元に、きちんとお正月に良いものを作ることができるし、そのことがありがたくて、嬉しいな、と思いました。
 準備をしていても、楽しみになったし、年末しかないおせちづくりの空気を感じていきたいと思いました。

 3つ目は、食事の時に、百人一首の実行委員さんが、毎食、一人一句、歌が書かれた小さい紙を配ってくれることです。
 今まで、百人一首とはあまり縁が無かったけれど、歌を詠んだり、その意味を知ったりしていると、興味深かかったり、情緒深くて、面白いな、と思いました。
 昔の人はことあるごとに情景を唄にしていて、とても情緒的で人間らしいな、と感じます。
 この機会に、百人一首のことを知ったり、覚えられることも、豊かになれて、嬉しくて、自分のところに来た歌は、絶対に取りたいと思うし、強敵だと思う相手にも、その歌は取らせたくない、と思いました。

 私のところには、今日の昼は、蝉丸の句がプレゼントされていました。
 今日の夕食の時は、
「高砂の 尾の上の桜 咲きにけり
外山の霞 たたずもあらなむ」
 という句で、
 山のあたりに桜が咲いているのが見える。里に近い低い山にある霞よ、桜が見えなくなるから立たないでほしい。心行くまでその美しさをながめていたいから。
 という、権中納言匡房という人の句でした。

 この歌をよんで思ったのが、この人は、桜をとても尊く思っていたのだと思いました。
 桜はすぐに散ってしまうけれど、その一瞬の尊い時間を霞に邪魔されたくない、と桜を尊く大事に思った気持ちが歌に表現されているのだと思いました。
 まるで、恋人や幼い子供を思う気持ちのようだ、と個人的には思いました。
 その情景や、その時の気持ちもそれとなく思い浮かんで、とてもきれいな句だと思いました。

 今日も、お正月遊びの制作物ができて楽しかったし、明日は、みんなとおせちづくちが出来るのが楽しみです。