11月15日
昨日のハウスミーティングでもお父さんから話があったように、私は『幅を持って考える』ということができていないのを感じました。
自分自身も知っている世界、表現できる世界、こんな風だろうと思う世界が狭く、それ以上の世界を教えてもらっても、深くイメージできなかったり、幅を持って考えるのではなく、すぐに現実主義的な考えになってしまっているのを感じます。
でも、お父さんが、
「ななほは今まで、すぐに結果を出さなくちゃいけなくて、先回りして考えなければいけなかったけれど、すぐに結果が出なくてもいいし、もっと幅を持って考えたら、相手も自分も大きく許せたり、考えられる」
と教えてくださり、とても嬉しかったです。
そして、幅を持つには本を読んだりだとか、芸術作品を見たりだとかをする中で、自分が見た物、経験したことからたくさんのことを吸収し、自分の物にしていくことを教えてもらいました。
それを思ったとき、私はなのはなに来るまで、本当に勉強しかしてこなかったなと感じました。遊びがない、遊びが分からない気持ち。
もちろん、山にも海にも行ったことはあるけれど、それらの記憶は(楽しかった)とか、(自然に触れて気持ちがよかった)というよりは、(誰も楽しそうじゃなかった)(面倒くさそうだった、どう感じたらいいのか分からない)という風になっているように感じます。
私は元々、自然が大好きなのですが、お出かけとなるとショッピングモールだとか、都内に洋服を買いに行くということが多くて、数えきれるほどしか行ったことのない、山や海も、いつも誰かの顔色をうかがいながら、(いつ、喧嘩が始まるだろう)とヒヤヒヤしていて、先回りして、私がよい空気を作る、楽しい振りをするとしてきたなと感じました。
そう思うと、私が今、自分を守るためにもまだ手放すことができていない、先回りする考え、いつでも言い訳ができるように、攻撃されないように頭をフル回転させてしまうことなどは、もう、する必要がないんだなと感じたし、なのはなでの生活では、私が頑張りすぎなくても、私がよい空気を作ろうとしすぎなくても、ただ私が伸び伸びと今の生活を楽しんで、目の前のことに一生懸命向かっていたら、それだけでいいんだなと感じました。
お父さんとお母さんを見ていると、ものすごくスケールが大きくて、幅が大きくて、私たちの病気のことも、1人ひとりのことも大きな世界から、深く理解してくださっているのを感じます。
私もなのはなでの活動を通して、もっと深く、幅を広くしていけるように頑張りたいし、石にかじりついてでもよくなるという気持ちで、自分のためにも、これから出会うまだ見ぬ誰かのためにも、変わっていきたいです。
・曖昧さをなくす
あゆちゃんが黒板に「3日間のテーマ 曖昧さをなくす」と書いてくれて、そのテーマを意識しながら音楽練習に向かいました。
午後はドラムラインの練習から始まったのですが、今までずっと、できなかった部分が気がついたらできるようになっていて嬉しかったです。
まなかちゃんと一緒にひたすら、マーチングの振りもしながら演奏していくと1つひとつが確実なものになっていくのを感じました。
また、プロフェッツソングのダンス練習では、千手観音のチームでカウントを確認できて嬉しかったです。
今までは自分の振りやカウントで精いっぱいだったのですが、改めて、カウントを揃えていくと、自分がいつ、どのポジションになっても踊れるというくらいまでこのダンスの魅力や、カウントが分かり、曖昧にしていた部分が綺麗さっぱり、整うのを感じました。
また、フラダンスのメンバーがあゆちゃんに見てもらいながら練習をしていたのですが、その、「あなたが私であってもいいし、あなたが私であってもいい」「私もあなたも同じ」というような空気に私も、洗練された気持ちになりました。
日中はコーラスを歌いながら大人数ダンスも揃えているのですが、せいこちゃんやさとみちゃんが作ってくれたコーラスは、本当に綺麗で、奥行きや厚みがあって、歌いながら踊ることでより、その曲の気持ちになれたり、その曲を通して自分たちの思いを伝えるんだという気持ちになれます。
また、次の通し練習までに演劇の方も出捌けや立ち位置からも曖昧な部分をなくしていきたいです。
ここ数日は、音楽練習で詰まっているのですが、役者メンバーのみんなとシーンの動きを考える過程や、中庭に出て演劇練習をする時間、コーラスを歌いながらみんなが小豆のさや出しをしている景色も温かくて嬉しいです。
朝の時間もみんなで協力して、畑作業を進めたり、さくらちゃんと5つのふるいを使ってエゴマのふるいがけをする時間も、小さなことだけれど達成感を感じられることが嬉しいです。