「最後の表現でもいい」 ななほ

11月4日 

(朝)

 

 昨夜、『スカイフォール』のダンスをあゆちゃんに見てもらった時、本当にみんなと繋がっているという感覚になり、自分が無になったような、あなたが私であってもいいし、私があなたであってもいいという感覚が分かり、嬉しかったです。

 あゆちゃんが「これが最後の表現でもいいという気持ちで踊ってね」と言ってくれたとき、あゆちゃんは最後イコール『本番』でもいいということだったのかもしれないのですが、私の中ではこれが『最期』でもいいというくらいの一生懸命さ、強さ、真剣さで踊ることというようにも聞こえて、『スカイフォール』を踊る時の表情や気持ちが作りやすかったです。

 そして、本当に毎日、毎日、今を精いっぱいに生きて、今の自分のベストパフォーマンスで生きていたなら、ウクライナで戦っている戦士や、私たちの身体の中で必要があれば、身体全体のために自ら、死んでいく細胞のように、私もこの宇宙に存在している1人の人間で在あり、生き物なのだから、いつ最期を迎えても何の後悔も、怖さもないのかもしれないなと感じました。

 その気持ちで踊ると、一瞬一瞬がとても大切で尊いことのように感じたし、実際に、ウィンターコンサートのステージで、今のメンバーで、この空気感で踊れるのは最初で最後なのだから、お客さんに私たちの生きる姿勢を堂々とみてもらえるくらい、『スカイフォール』の気持ちを作って、今の自分は深くないとしても、深い表現、理想の形を強くイメージして、当日には、そうなっていたいです。

 また、この曲はウィンターコンサートの1曲目です。

 幕が開いたその瞬間から、お客さんを私たちが作る、ウィンターコンサートの世界に弾き込んでいけるような質量のないエネルギーを出していたいし、あゆちゃんも言っていたように、幕が開いたときから「ああ、来てよかった」「この1年間の迷いも、全部、なのはなファミリーのコンサートから答えをもらった」と思ってもらえるように、私たちの諦めない気持ち、よく生きたい気持ち、命をかけてでも闘い続けるという気持ちをダンスを通して見せ、説得力のある表現をしたいです。

 

・常に演じ続けること

 話しは文化祭の方へ行くのですが、お母さんとあゆちゃんに文化祭のリハーサルを見てもらった時に、感じたことも言葉にして、自分の中に落とし込んでいきたいなと感じます。

 あゆちゃんから改めて、『常に演じ続けること』を教えてもらって、私はまだ自分にオンとオフの状態を許してしまっていたなと感じました。

 常に本番をイメージした練習とあるけれど、常に本番をイメージした日常生活でいないといけないなと感じます。

 日常生活でも、話している相手は大切な相手で、ダンスを見ているみんなは大切なお客さんで、常に自分の理想を表現していたいし、そうしていたら、本当にそうなってしまうのだと感じました。

 私はまだ、それが甘かったです。

 あゆちゃんが「いつでも、自分の理想や夢を、誰かに希望を感じさせられるようなことを語れるようにならなければいけないよ。それが、大人ということだよ」と話してくれて、私はオンの状態の時は語れる自信はあるけれど、気持ちが落ちてしまうとき、それらがどこかへ飛んでしまい、『自分』だけになってしまっているなと感じます。

 それは自分に甘いことだと思うし、実際に常に演じ続けていたら、気持ちが落ちるようなことも少なくなったり、気持ちが落ちても落ちすぎずに、すぐに立ち直せる。今まで積み上げてきた物がゼロになってしまうのではなく、今まで積み上げてきた物がしっかりとあるから、演じ続けることができるんだろうなと感じて、私ももっと、その意識が必要だと思いました。

 なのはなファミリーの空気を作るのも、私たちです。

 新しくなのはなファミリーに仲間が入ってきたときに、その子たちは私たちの津kル空気を感じて、私たちの作る新しい世界の中で色々なことを覚えて、「治りたい」と思ったり、「私もこうなれる」と希望を感じます。

 そう思うと、演じることは利他心に繋がるのだと感じたし、私はまだ演じる練習から始めないといけないけれど、ウィンターコンサートを通して、常に演じ続け、外向きでいられるようになりたいです。

 

(夜)

 

 お母さん。お母さんから発注を受けていた竹腰ベルトが完成しました。

 朝に須原さんに「あの~。衣装の製作に手を貸していただけませんか?」とつきちゃんと声をかけると、「僕が、ミシンで衣装の製作?」と笑っていたのですが、もちろん、ミシンは使いません。

 日中の時間に須原さんが竹取にいってくださり、竹のベルトの土台ができて、私も製作に入らせてもらいました。

 午後はつきちゃんがダンスの振り入れがあり、私1人で役に立てるか心配だったのですが、須原さんが「猫の手でも借りたいさんに、仕事があります」といいながら、任務を任せてくれました。

 須原さんがカットしてくれた大小の竹には、須原さんがインパクトで0.4ミリほど(嘘だったら、ごめんなさい。もう少し小さいかも?)の穴を開けてくれていて、そこに針金を通し、小さな金具を作りました。

 私はてっきり、金具はどこかにパーツが売っている物だと思っていたのですが、須原さんに作り方も教えてもらい、細い針金をペンチで加工したり、通すのはものすごく楽しくて、夢中になれました。

 また、ベルト部分は初め、紐で作っていたのですが、須原さんの提案でバインド線を使ってみると、衣装を着替えるときに早き替えがしやすく、なおかつ、紐がほどける心配も絡まる心配もなくて、とてもいいなと感じました。

 もみすり機倉庫の作業台で、須原さんの横で作業をする時間がとても楽しかったです。

 本当ならば、この時間は個人練習の時間だったのですが、須原さんの弟子入りも私にとっては、コンサートに向かう大切な練習であり、楽しみや、1つのイベントのようでした。

 また、5時を少し過ぎてしまったのですが、須原さんがそっと、肩に上着を掛けてくださって、さりげない優しさに温かい気持ちになりました。

 無事に衣装は全部完成して、文化祭当日には全員が竹の飾りをつけて踊れるのが嬉しいです。

(また、作業の途中にさくらちゃんが何度か来てくれたのですが、夜に、さくらちゃんの発明したキーボードのボリュームペダルと紐を見せてもらって、本当にさくらちゃんの発想力や、職人芸がすごいなと思い、明日、須原さんが来たら、きっとすごいなあと嬉しくなるだろうなと思いました。)

 話は変わりますが、夜の部活動でも衣装部の方で、文化祭の準備や首飾りの修繕、新しくチロリアンテープのティアラを作ったりと、とても楽しかったです。

 衣装部に入ってから、改めて自分の頭で考えたり、誰かに頼りにされているのを感じたり、誰かのために動けるということが幸せだなと感じるし、針と糸を持って作業するのも、私は今まで自分で何かを繕うという経験が少なかったなと感じ、とても嬉しいです。

 今から、ギターの練習に行ってきます。

 明日は脚本の読み合わせもあって、お父さんは本当に私たちのために全神経と、力を使い果たしてくださったのかなと思うのですが、お父さんとお母さんの「よいものになりそう」という言葉が力強くて、私もコンサートを作る1人として、精いっぱい向かいます。