「若々しく、泥臭くも輝いている」 ななほ

10月31日

(朝)

 お父さんの脚本を思うと、理解されているという感覚は、本当に温かくて、安心することだと感じます。

 そして、お父さんはどこまでも私たちのことを理解してくれていることを感じるし、私はこれまで、誰かに理解されることも、誰かに自分の良いところも悪いところもひっくるめて、認められて受け入れられるということも、経験したことがなかったんだなと感じました。
 もう一歩、遅かったら私は欲にまみれた人生を、欲に支配されたまま生きていて、好きなものも分からない、何をしたいのかも分からないまま、ただ呆然と症状に振り回されながら生きることしかできなかったです。

 昨日の読み合わせのあと、お父さんが話してくれたように、小さな頃からいくつもの習い事に通って、夕食はいつも車の中でお弁当やコンビニで買ったもので、小学校の頃は、「どこの中学校に行くか」を考えながら遊ぶこともせず、習い事や勉強。
 そして、中学校に入った瞬間に先生たちから進路の説明や相談を受けて、志望校に合格するために、今は我慢の時期となって。
 私は早い段階でなのはなに出会えたからよかったけれど、もし、なのはなに来ていなかったら、確実に、高校生になったらよい大学に、そして大学生になったら給料の高い会社に、会社員になっても遊び方も、楽しみ方も経験してこなかった私は、常に未来に不安を抱いて、「今は我慢の時」と自分に言い聞かせていたように感じます。

 進路に関わらず、私はずっと、(私は我慢ができる子だから)(私は期待を裏切ってはいけない)(私は周りから評価されるよい子でいなければいけない)と思い続けて、自分に嘘をついて、縛ってきて、なのはなに来るまでの人生で、遊んだという経験も、誰かと深い共感を得たという経験も、絶対的な安心感、今を満足すると言うこともなかったなと思います。

 今回の脚本の中に、私たちがどうして摂食障害になって、これからどんな風に生きていったらいいのかという答えがたくさん盛り込まれていて、とても嬉しいです。

 私はまだ利他心100パーセントになりきれていなくて、自分だけがよければいいという欲や損得勘定が働いたり、ものすごく粘りがあって諦めなくて強い自分と、その反対にすぐに逃げて、弱くて、やけくそになれる自分がいて、私たちが回復するために必要な、たった1つの『利他心』を自分の中にしっかり入れて、なのはなの利他心を軸に生きられるようになりたいです。

 なのはなファミリーだったら、自分にとっては恥ずかしいと思うような自分の欲や利己の考えも、それを見て見ぬ振りをしたり、回復できないと諦めたり、残念に思うこともなく、ちゃんと、自分に何が足りないか、何が課題かを見つけ、自覚し、考えて、心の内側から綺麗になっていけることが本当に嬉しくて、ありがたいことだなと感じました。

・私たちは

 話は変わりますが、昨夜は『ビューティフル・ピープル』のコーラスをあゆちゃんに見てもらいました。

 その中であゆちゃんが、
「19とか、20歳の年で、自分が働いて買ったわけでもないブランドバッグを提げて、それを振り回しながら生きている人は何だか、若さがないように感じるし、私たちとは違う。そういう意味では、美しい人ではないけれど、もっとスケールが大きなところで、本当に若者らしく生きていく」
 と話してくれて、より、この曲が大好きになりました。

 なのはなでの生活で感じる、みんなの力強さ、強く生きたい、よく生きたいと思う気持ち。

 決して、今の価値感に染まり、幸せを見失いながらもブランドのバッグとか高級品に囲まれて、それで自分を取り繕うのではなく、泥臭く何度でも立ち上がり、本当に理解し合える仲間と力を合わせていくなのはなのみんなは本当に生き生きとしていて、活力に溢れていて、決して子供ではないけれど、勇敢な若者らしく、生き方に張りがあります。

 私もその中の1人なのだと思ったし、あゆちゃんとのコーラス練習を通して、この曲が大好きになり、歌いながらもみんなと繋がっている感覚、みんなの力が集まれば本当に、世界を変えていけるというような力強い気持ちになりました。

 そして、私はこれまでビューティフルピープルのようにならなければいけないと思って生きてきたから苦しかったんだなとも思いました。

 学校に行ってもみんな、ブランドの服を着たり、休みの日はどこに行ったか、その洋服はどこで買っていくらするのかを誰もが競争し、自慢するように話し、私はその中で必死に周りに合わせよう、馴染もうと頑張ったけれど、いくら物が手に入っても私の心は動かなかったし、むしろ、虚しさや私は外見だけしか評価されないんだという悲しさを感じていました。

 だから余計に『ビューティフル・ピープル』の歌詞が心に響いたし、(ああ、これでよかったんだ)と思いました。

 途中にみんなで「エイ!」というところは、心の底から若々しく、逞しく、泥臭くも輝いているような気持ちで言えて、音楽室いっぱいにみんなの繋がった声が響き渡る感覚に、涙がこみ上げてきて、とても嬉しかったです。

 この曲になんどもwe areと出てくるように、私たちは、美しい人たちではなくても、私たちは利他心でもっとスケール大きく、強く、過去がどうであっても、今の時代を真っ正面から受け止め、向かっていくんだと感じて嬉しかったです。
  

(夜)

 今夜も、コーラス練習からギターの習慣練習、『シヴァーズ』の振り入れ、ダンスバディと、消灯までコンサートモードが詰まっているのですが、あと、5分だけ日記を書きます。

 今日、私が1番楽しくて、1番、大変で、1番、達成感を感じたのは、サツマイモの蔓回収でした。

 サツマイモの蔓回収は私の中で、苦手意識が強かったのですが、(毎回、洋服が汚れるのと心の中で対決する必要があるからです)、今回は最初からやってやるぞと強気で向かいました。

 みんながプロフェッツソングのダンスの練習をしている間、まえちゃん、ももかちゃんとプロフェッツソングの千手観音チ-ムでサツマイモの畑に行ったのですが、他諸々の作業へ向かった人もいたため、集まった人数は6人で、内心、(え、もう少しいると思ってた)と思いながら、まえちゃんと、「千手観音だから、手が千本あるような気持ちで頑張ろう」と言って笑いました。

 それからはもう、気合い100パーセントでサツマイモの蔓を刈り、引っ張り、運びます。

 サツマイモの吊り回収は、サツマイモ掘りよりもハードで筋トレのような作業なのですが、何度やっても、楽しくて、大変だけれど、楽しくて、やっぱり、畑は楽しいなと感じました。

 5時を少し過ぎてしまったのですが、畑の半分までは蔓回収も済んで達成感を感じたし、最後、まえちゃんたちと「楽しい-!」と帰ってこれて、疲れたけれど、ものすごくエネルギーに満ちているような気持ちになりました。

 桃作業以外で1日、作業は久しぶりだったのですが、午前中は5枚の畑の小豆の収穫を終わらせて帰ってくることができて、とても達成感を感じました。

 よく、お父さんが、自信を持つには小さな成功体験をたくさん積み重ねることだと話してくださるのですが、なのはなの活動では畑でもダンスでも、コンサートでも日々、小さな成功体験を積み重ねられる場面はたくさんあって、それをちゃんと感じて、積み重ねていけるようになりたいなと感じます。

 今日は朝食前にもひろこちゃんに栗山を案内してもらったり、夕方にハウスミーティングもあったり、私の中ではとても素敵な1日だったなと感じます。

 今からのコーラスも楽しみです。