「1つのものを構成する為に」 まりの

10月18日

 お父さんのお誕生日会が嬉しかったです。会の準備をしていく時間が自分にとっても、とても嬉しかったです。
 私はあゆちゃんチームで、『スカイフォール』を衣装コンシャスで考えるチームでした。あゆちゃん、あんなちゃん、なるちゃん、しなこちゃん、ななほちゃん、りなちゃんといったメンバーでした。

 みんなで集まると、いつも穏やかな空気が流れているように感じました。衣装を作ったり、台詞の練習をしながら、みんなでこんなふうに深い話ができるのは、ここでしかできないことだなと思いました。

 本番前日に、音楽室で練習していた時、あゆちゃんが話してくれた言葉が印象に残りました。
 地球も、人の細胞も、宇宙の縮小版であって、必要があって生み出されたもの。だから私達1人ひとりも、必要があって生み出されたもの。それなのに、自分は必要がない、ここにいるべきではない、ということを考えるのは謙虚でない。
 例えばダンスで後ろのほうだから、いてもいなくても同じと思うような、簡単に言えばそういうのと同じこと。それは謙虚ではない。そういった考え方は自分にこもっている。誰でも、必要があって今ここにいる。

 あゆちゃんの言葉を簡単にしてしまったと思うけれど、そういったことで、私は、ともすると自分はいてもいなくても同じという考え方を持ち合わせていて、それは謙虚でないと気づきました。

 何か1つのものを構成する為に生きていて、自分はただ1つのパーツのようなものである。全体(大きく言えば宇宙だと思うけれど、社会と言ってもいいのかと思う)を良くするために、何かしらの役割が与えられていて、それを果たしたらいいのだろうなと思います。
 短くなってしまったけれど、時間がなくなってしまい、ここまでにします。