「まえちゃんの踊る姿」 さくら

10月18日

 過去のことなのですが、お父さんのお誕生日会の準備の過程のことを書きます。
 まえちゃんチームで『ビリーバー』をさせてもらいました。集まった時、まえちゃんが、「踊りたい、参考にしたいダンスがあるんだ」と話してくれて、次の日から、振りの解読が始まりました。
 振りがとても早いのと、見慣れないダンスで、すごく難しいのですが、スロー再生をして解読をしていきました。私が解読した部分はゆっくりなところのほんの一部で、ダンスにすると10秒くらいだけれど、まえちゃんが速いところを解読して、踊りやすいように改良してみんなで踊れる形にしてくれました。

 ダンス練習が始まって、はじめは速すぎて、まえちゃんの動きに合わせて動くのが、笑えてくるくらい難しかったです。できると信じてとにかく身体を動かして詰め込んでいきました。
 まえちゃんが、透明に全力で踊って、みんなを引っ張ってくれて、とても濃い時間でした。

 ビリーバーの和訳を調べると、「痛みが信念を作った」「痛みが俺を信念のある人間にしたんだ」「痛みの雨がもっと降り注げばいい」ということを歌っている歌詞がありました。その歌詞に共感しました。摂食障害になり感じた痛み、人に申し訳ないことをしてしまったときの痛み、それを忘れてはいけないと思いました。
 摂食障害になった人は、利他心でしか生きられなくて、利己的になったら症状が戻ってきます。その痛みがあるから、利他心100%でないと苦しくなるし、苦しい人が出ないように利他心を広げていく一人になりたいと思いました。

 2番に入った最初の振りで、手を掻くように回すところを踊りました。練習のとき、まえちゃんに、
「この部分はかっこいい感じか、面白い感じか、どういうふうに踊ったら良いでしょうか」
 と質問させてもらいました。
 まえちゃんが、かっこよさというのも、面白さというのも追及していない、ということを話してくれました。この振りは伸ばせるところまでぎりぎりまで手を伸ばして踊っていて、限界まで自分を使うということ。このダンスは普通の自分で踊ったら恥ずかしくて踊れなくて、狂気ともとれるような、尖ったアーティスティックな気持ちと正気との間で、全力で生きる姿だと教えてもらいました。まえちゃんの踊る姿はまさにその姿で、それは普段の生活も同じなのだと思いました。

 なんとなくの手ではなくて、「バットのスイングが当たってもびくともしないくらい力を入れる」と教えてもらい、痛みを持った私たちはその分強く信念を持っているんだ、ということが表現される振りに思いました。

 振りの一つひとつに意味があって、ただかっこいい振り、面白い振りという解釈は浅かったと思いました。ダンスで表現するということが、一つひとつの振りに思いを入れたら、とても濃くて深いものだなと思いました。