「作りたいと願っている」 みつき

10月11日

 今日、わたしは22歳の誕生日を迎えました。

 恥ずかしながら、わたしはまだ未熟で、足りないところばかりです。
 そんな自分が情けなく、みんなに対して申し訳ない気持ちがぶくぶくと湧いてきては溢れて止まらなくて、ああ、自業自得かもしれないけれど、 誕生日を迎えることが怖い、と思ってしまいました。

 でも、そんなことも吹き飛んでしまうくらい、大きくてあったかいみんなのお祝いの空気が、ものすごくものすごくうれしかったです。
 みんながそれぞれプレゼントしてくれる言葉ひとつひとつが、ずっと唱えていたい、ずっと心に留めていたいと思う、大切な宝物になりました。

 お母さんが、
「みつきは上手く動けないことがあるけど、それが、なんでもパパっと出来る人よりも、安心感があって、助けたいなって思えるんだよ」
 と、言ってくださいました。

 その通りで、わたしは、やっぱり未熟です。上手く動くことができないこともしばしばあるけれど、でも、すべてを受け入れて、振り返って、わたしのほうへ手を差し伸べてくれる仲間がいてくれます。
 何も怖くないんだ、と思いました。
 わたしは、何も怖くありません。未熟なわたしだって、どんなわたしだって、なのはなの子なのです。
「みつきちゃんは、なのはなの子なんだよ」
 みんながわたしに、はっきりと伝えてくれました。
「みつきも、誰もが、なのはなをつくるピースのひとつなんだよ。ひとりでも欠けたり脆かったら、そこから水がこぼれてしまうんだよ」
 集合の時間にも、お母さんが、こう話してくださいました。

 22歳になったわたしは、仲間を、守ります。
 自分が守ってもらっているぶん、それ以上、仲間を守ります。まだ見ぬ誰か、卒業生のみんな、誰もが安心して帰る場所を作ることができるよう、優しさにあふれた世界を作ります。

 みんなの言葉のおかげで、確信しました。
 わたしは、本当に、優しくてあたたかい世界を作りたいと願っているのだ、ということです。
 利他心でないと生きていけない。それは病気が許さないのではなく、わたしが許さないのだ、ということです。
 それが、わたしがわたしであることの、誇りなのだと思いました。

 いくつも瞬く流れ星のように、きらきらうれしさと喜びが次々止まらない1日でした。
 生まれて良かった。生きていて良かった。なのはなに来られて良かった。
 誕生日は、たくさん感じることがあるけれど、でも、わたしにとって、何よりも、だいすきな家族に感謝する日でした。
 わたしは幸せです。
 なのはなのみんな、お父さんお母さん、ありがとうございます。だいすきです。