「甘えを捨てるということ」 るりこ

9月20日

○甘えを捨てるということ

 夕方、サラマンダーのハウスミーティングがあり、「甘えのない自立」について、お父さんのお話を聞かせていただいたことがとても心に残りました。今感じていることをしっかりと言葉にして残しておきたいと思いました。

 昨日のハウスミーティングで甘えについての質問があり、夜の集合で改めて、お父さんが甘えには2つの種類があると話してくださいました。
 1つは、身内や親に経済的な面でも精神的な面でも頼る気持ち、すがる気持ちが残っていることから、今、目の前にいる人と関係をとらなくてもよいと思うこと。
 もう1つは、怒られたり、評価を受けることを恐れる気持ちから、責任を負うことから逃げ回り続けて、人のあとを付いていくだけの人のこと。
 どちらにしても、自分に籠もって人と関係を取ろうとしないことが甘えだとわかり、改めて言葉にしてもらって、自分に当てはまる部分があることをはっきりと自覚することができました。
 
 わたしは甘えを捨てて自立をすると考えたとき、自分で立つと書くくらいだから、何でも自分で責任を負って、自分で解決して、人に頼らずに自分1人で決断していくことが、甘えがないということだと勘違いをしていました。
 人と関係をとっていくということが1番大切だということが、自分の中に大きく抜けてしまっていたなと思いました。
 そういうことを今日のハウスミーティングで話させてもらったときに、お父さんが、「自立と孤立は違う」と教えてくださったことが、とてもしっくりときました。

 お父さんが挙げてくださった例としてわかりやすかったのは、例えば働いていて、自活できるお金をしっかりと稼いでいたとしても、誰とも会わずに仕事をして、日中にみんなが働いているときに家に籠もっている人。それは自立しているようだけれど、孤立だよねと話してくださったことでした。
 甘えがないということは、後ろ盾がないということ。どこに行っても、自分はこの人たちとは違うと言って関係を築くことから逃げていたら、それはどこに行っても孤立するだけということ。
 本当に自分一人で立つのだとしたら、今、目の前にいる人を大切にして利他心を持って関係をとっていくしかないのだよ、という言葉に、自分の甘えた気持ちが、このままではいけないと強く感じました。

 わたしが目の前のことに本腰になれないと感じるときがあるのは、まだ後ろ盾を残しているからだとわかりました。
 本当に甘えを捨てて自立しようと思うのなら、到底1人では生きていく力はないから、誰かの力を借りることが必要です。それがわたしにはなのはなであって、お父さん、お母さん、みんななのだと思います。
 それなのに、日々の生活で自分に籠もっていたり、誰かと関わることを避けたり、無責任なほうに逃げていては、いつまで経っても甘えは抜けないし、自立なんて不可能だと思いました。

 自分一人でできると思うときほど、間違えていると自覚して、修正していきます。
 自分一人でできる=後ろ盾にすがっている、と思い直します。

 ちゃんと自分の足で立って、でも今の力では自分一人では生きていくことはできないのだから、お父さん、お母さん、みんなと適切な関係を深く築いて、利他心で生きていきたいです。
 いつかの未来を待つのはやめて、今目の前にいるみんなを大切にして、なのはなを帰る場所にして、なのはなで生きていきたいです。