「1年に向かって」 るりこ

9月17日

○今日からまた1年に向かって

 お父さん、お母さん、ウィンターコンサートの調べものは順調ですか?
 今日から月曜日まで3連休で、お仕事組さんも揃って、1日、のんちゃんに『リカバリー』のダンス練習をしてもらいました。

 夕方には畑に出て、セロリの植え付けや種まきをしたばかりの野菜に水やりに行きました。3日前に播いたばかりのダイコンの種が、朝にはまだ芽が出ていなかったのが、夕方に再び水やりに行くと、3割ほど発芽していました。
 台風の影響で種が流れてしまうようなことがないといいなと思います。

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 個人的ですが、今日、誕生日を迎えさせていただきました。
 朝昼夕と3回、みんなから『ハッピー・バースデー』を歌ってお祝いをしてもらって、本当に嬉しい1日でした。
 
 この1年を振り返ると、ちょっと停滞していた時間が長かったと感じます。1歩進んでは1歩下がる……という状態を繰り返していて、気持ちも不安定でした。
 どうしてこうなってしまうのかなと最近考えるのですが、やっぱり自分には、利他心が完全に入っていないからだろうと思います。苦しさや生きにくさから解放されるには、やっぱりどこまでも利他心がないと、摂食障害になった自分は生きられないのだと強く感じます。
 だから今日から始まる1年は、毎日のどんな些細なことからでも、目の前にいる人のため、次の人のためにという思いで、自分の心と身体を己のためじゃなくて、みんなのために100%使えるように成長していきたいです。

 みんながくれたコメントの中で、あゆちゃんが、わたしがなのはなに来たばかりの頃に、お父さんに「なのはなの生活はどう?」と尋ねられて、「掃除の時間が1番楽しいです」と答えた話を、改めて話してくれました。

 今でもずっとその当時の光景で、ゆりちゃんやりさちゃんたちと渡り廊下を雑巾がけしているときの景色を思い出せるし、みんなが手を抜かずに、細かいところまで時間ギリギリまできれいにしたいという真っ白な気持ちだけで掃除に向かっている姿、最後にはメンバーが全員集まって、「ありがとうございます」と挨拶する姿に、自分の心が洗われていくような感覚がしたことを覚えています。小学生、中学生と、ずっと自分はこんなふうに真面目に掃除がしたかったです。

 なのはなでは手を抜かずに目の前のことに最善を尽くすことが当たり前で、真面目が1番美しいと肯定してもらえたことが、本当に本当に嬉しくて、当初は食べることが怖くて、ご飯の時間は怖くても、掃除の時間だけは好きでした。
 あゆちゃんが、この話をお父さんから聞いたとき、自分のような人が癒される居場所を守っていきたいと思った、と感じたと話してくれて、(あぁ、そうか)と思いました。

 最近お母さんが話してくださったことと少し通ずるところがあると思いますが、わたしは不真面目が格好いいとされる世の中では普通には生きられなくて、苦しくて、もう居場所がなくなった最終手段でなのはなに来たら、真面目でいいんだよと肯定してもらって、それだけでも大きな癒しをもらいました。 

 だからこれからは自分がお父さん、お母さん、あゆちゃんたちに続いて、たった今、生きづらさに苦しんでいるまだ見ぬ誰かのために、もう大丈夫だよと思える安心できる居場所を広げていく一人にならなければいけないのだと思いました。
 癒しをもらった自分だから、これからは次の人へ返していく番なのだと思いました。

 わたしは、不真面目さを良しとしたり、自分や狭い範囲の関係だけが利益を得れば良いと思うところでは生きられなくて、そこに合わせようとすると、悲しいことだけれど自分を痛めつけなければやっていけません。

 なのはなにいると常に癒しがあるから、こうして症状を出さずにやっていられるけれど、なのはなの気持ち(ひいては利他心)が自分から抜け落ちたとたん、本当にすぐ横にどん底の穴が待っていることがわかります。
 本当にどこまでも、自分の真ん真ん中に利他心の気持ちを入れて、自分がここにいる意味を忘れないでいたいです。

 あゆちゃんが掛けてくれた言葉に、これからどう自分を立て直していくかのヒントがあるように思いました。
 あゆちゃんは、
「るりこちゃんは一見物静かそうに見えるけれど、本当は考えや意見をたくさん持っている人だと思う。そこをもっと上手に出して、リーダーシップを取れるようになっていけたらいいのかな」
 というようなことを話してくれました。

 時々、自分で自分がどんな人なのかわからなくなって、何もしたくなくなると、自分で自分をすべてゼロにしてしまうことがよくあります。思っていることも言いたいこともすべてなかったことにしたくなります。
 でも本当はあゆちゃんが言ってくれたような自分が本当の自分で、思っていること、考えていることはたくさんあって、出たがりなところはあるのだと思います。
 でもそれを出し方が下手だから、自分自身でも何を考えているのか、何に悩んでいるのかわからないという状況を作ってしまったり、成長できない要因なのかなとも思いました。

 いろいろと書いてしまいましたが、自分なりに思うこの1年の課題としては、依存を完全に断ち切って(ここでいう依存とは、甘えや頼る気持ちです)、利他心を持って、みんなのために自分の頭と心を使うこと。そしてそのなかで自分の考えはしっかりと持って、いざというときにはリーダーシップも取れるくらいに強くなること。気持ちが落ちる時間を最小限にして、頭と心を100%、外に向けられる時間を多くしていくことです。

 今日1日、みんながたくさん嬉しい言葉をかけてくれましたが、そのなかでも面白かったのが、なっちゃんのコメントでした。
 毎年のようですが、今年もまた、蛇淵の滝でわたしが詠んだ俳句が登場して、黒板の似顔絵の真横にも大きな文字で、「父、美脚」と書かれてあったり、あんなちゃんが「振り返る 長くて艶ある 父美脚」と大きな声で詠んでくれました。
 黒板に、今日が誕生日の人に「正岡子規」と書かれてあり、なっちゃんが、
「正岡子規という歌人と同じ誕生日で、るりこちゃんは正岡子規の生まれ変わりなんじゃないか」
 と言っていたのが、笑ってしまいました。
 みんなが今でも俳句のことで笑ってくれることが恥ずかしいけれど、嬉しいなと思いました。

 迷惑をかけてしまうことばかりだけれど、お父さん、お母さん、みんなから日々大きく受け入れてもらっています。こうして「おめでとう」と言ってくれる仲間がたくさんいることが本当に本当に嬉しくて、わたしは普通の世の中では生きられなくても、大好きなみんながいて、なのはながあるから、誰に言うわけでもないけれど、良いだろうと胸を張っていいたくなりました。

 今日から始まる1年は、必ず、プラスの方向へ成長していきたいです。
 おやすみなさい。