「ミーティングを終えて」 えみ

7月17日

*ミーティングを終えて

 今日の午後の時間に、悲観的な気持ちを消すためのミーティングのまとめを、グループごとに進めて、チームの他の人の感想や、お父さんお母さんのお話も聞かせてもらえたことで、より理解を深められたことが、ありがたくて嬉しかったです。

 私は、今回のミーティングを通して、自分の頭の中の、もう一人の自分の存在をはっきりと自覚できたことが、一番の変化だったと思いました。今までも、人の評価や顔色をずっと気にしてびくびくとしている、影の部分はずっとあったけれど、それが自分という人間の一部だと思ってきました。だから、自分の気持ちが落ちた時、なんかもやもやするな、ということは分かっても、自分でもその原因がよく分からないし、少し分かったとしても、被害感情や自己否定がほとんどで、人にも相談できない、でも自分でどう解決していいのかも分からない、の悪循環だったと思います。

 でも、今回、その頭の中でずっと自分にささやきかけてきた声自体が、幼い頃の心配を忘れられずにいる無意識の自分で、それが作られてしまった過程には、自分が小さいころに受けた心の傷、それも誰か特別な悪者がいるというよりも、構造的なものが大きく関係していたということ。今まで自分で作り出していたと思った苦しさが、自分のせいではなかったというだけでなく、これからちゃんと直していけるものだと知れたことで、心がすーっと軽くなるのを感じました。

 これがミーティングの効果かは分からないのですが、最近、自分の悩み方が少し変わったなという風に思います。被害感情や自己否定のジャグリングに飲まれて自分が何に困っているのか、何が問題なのかも分からなくなってしまっていたところが、雲が消えて視界が開けるような感覚があるなと思います。
 勉強でも、ただ不安の先取りをするのではなくて、上手く進まないところがあるんだったら何が問題なのか。どうすれば理解を深められるのか。
 無意識の中の怖さや心配がささやく余計な考えをちゃんと捨て去って、何事も、もっと広い視野で具体的に考えるようになりたいし、それがきっとできるようになるのだと思いました。

 また、まとめの時間に同じチームの子の話も共有させてもらって、自分にも通じるところがたくさんありました。勉強に対する心持ちも、これまでの価値観を引きずった利己的な考えに沿おうとしてしまった途端、すぐに足元をすくわれるのだと思いました。
「勉強を利己的な飛び道具にしてはいけない」
 この言葉が心に残っていて、自分も損得勘定的なものはきっぱりと捨てて、いつも自分を試すわけではないけれど、利他的な気持ちを忘れずに持ち続けたいと思いました。

 夜に少し話をしに行かせてもらった時に、お母さんから、みんなの中にいる時間も、もっと大切に自分のものにしていったらいいんだよといったことを教えてもらいました。時間は限られていても、配膳とかでも15分前にヘルプに行ってあげるだけでも、すごくみんなは助かると思うよ、ということや、それもいつもいいよいいよとユアペースになりすぎるのではなくて、自分が勉強に乗っていたら、はっきりと今はいけないと断る。その線引きはある意味難しいかもしれないけれど、そのくらいの意思をちゃんと持てるようになっていきたいし、そのくらいもっと自由に考えていいんだということに安心しました。

 最近は、なかなかタイミングがつかめなくて畑にも行けなくなってしまっていたけれど、それも勉強があるからいけないんだと自分で自分を縛るんじゃなくて、もっと囚われずに考えていいのかもと思ったし、少しでも人のために動くことで、それが人のためになるだけでなくて、自分自身も救われるのだと感じました。

 これまで2人歩きだった、心配や怖さを抱えた無意識の自分を手放して、自分がさらに空っぽになってしまった感覚というのももちろんあるけれど、未熟なら未熟なりに、しっかりとなのはなを基盤に、ぶれない軸を作っていきたいです。
 今回のミーティングを通して、改めてなのはなファミリーの仲間の存在の大切さを実感しました。人と話したり関係をとったりすることに対して、まだ薄っすらと緊張感というのは残っているけれど、怖さが大きく取れてきていることが嬉しいです。

 来週は、初めての模試を受ける予定です。また気持ちを新たに、勉強の方も毎日精一杯で頑張っていきたいと思います。