【6月号①】「稲作の始まり、はじまり ―― いくつもの工程を経て迎える、播種 ――」るりこ

 

  
 今年から新たに田んぼが増えて、面積も三町三反四畝へ広がった、なのはなの稲作。

「今年の播種は、午前・午後と繋げて、一日がかりでやるよ」 
 そう、あゆちゃんが教えてくれたときから、播種という大切なイベントが、さらにビッグイベントになりそうだと緊張が高まりました。

 そして迎えた、五月十五日の日曜日。朝から空気が澄んだ、気持ちの良い天気に恵まれました。播種までの三日間ほどは雨が続いていたので、グラウンドの状態が少し気がかりでしたが、そんな心配は太陽の力で無用になりました。

 いつもよりちょっぴり早めの朝食を摂り、播種は午前九時から開始です。
  
  
 今回の播種は一日がかりということで、これまでの流れとは少し変わり、午前の部と午後の部でメンバーが入れ替わります。そのなかで播種機に付く人や、防除をする人、ミラシートを掛ける人など、いくつかの専属の役割があり、その担当に入った人は、午前・午後のどちらも続行して、播種を行うことになりました。

 午前に播種をする人、他の畑作業に行く人に分かれますが、まずは全員で集まり、第一枚目の育苗トレーが播種機を通っていくのを、みんなで見守りました。

■それぞれの役割で

 今日は一日、各自で動きがそれぞれに分かれるけれど、播種の始まりにお父さん、お母さん、永禮さんも一緒にみんなで播種機を囲んで、記念すべき一枚目を見届けることができたことで、その場にいるみんなの気持ちややる気が、播種に向けて一つになったように感じました。
  
  
 さぁ、いよいよ、みんなが役割に散らばります。
 あゆちゃん、まりのちゃんが播種機に付き、水圧、焼土と種籾の量が適切かをよく見ながら、二枚目、三枚目とトレーを送っていきます。

 うるち米のミルキークイーン、もち米、紫黒米。まえちゃんを中心に八人のチームで手入れをした種籾は、どの品種も揃って芽が出てくれて、なるちゃんが容器を使って優しくすくい上げ、播種機に投入してくれました。

 うずたかく積み上げられた育苗トレーの中には、事前にあゆちゃんやさくらちゃんたちが、隅々まで平らに均等にならして焼土を詰めてくれていて、それらを、よしえちゃんとまことちゃんが崩さないようにそっと持ち、あゆちゃんに手渡していってくれました。

 中庭の播種機部隊のチームワークは順調そう。

 視線をグラウンドの方へ向けると、グラウンド一面に、七列の育苗トレー置き場がセットされていて、そこで永禮さんとさやねちゃんが笑顔で待ってくれていました。

 中庭からグラウンドへ、みんなの手によって運ばれた、種籾が蒔かれた育苗トレーは、永禮さんとさやねちゃんが一枚ずつ慎重に並べていってくれました。
  
  
 それを追いかけるように、次に待つのは、お母さん、ゆりかちゃん、ゆずちゃん、さくらちゃん。種籾の育苗に強敵となるカビを防ぐため、グラウンドの地面に並べられた育苗トレーの両脇に、コテを使って、土をがっちりと固めて、城壁のように囲います。

 なのはなでは、この工程を“左官屋さん”と呼んでいますが、お母さんを筆頭にメンバーのみんなが、コテを使って、美しく土を固めていく姿が本当に職人のようで、左官屋さんはわたしも一度やってみたい、憧れの工程です。

 続くは、れいこちゃんとつきちゃんの防除シスターズ! 
  
  
 二人は防除担当ですが、れいこちゃんが水色、つきちゃんがピンク色の上着を着ていて、身長も同じくらいの二人がエンジン噴霧器を背負って、グラウンドを行ったり来たりしている姿が本当に双子のようでした。

 れいこちゃんとつきちゃんは、七百枚を超える育苗トレーの一枚一枚を四隅まで、均一に防除しなければならない、重要なポジションです。

 そのなかで二人がエンジン噴霧器を上手く使いこなして、変速レバーをどの辺りにしたら適切で、一回につき二十枚ずつ、きっちり噴霧できるのかということを、自分たちの手で確立していました。

 播種のときにエンジンタイプの噴霧器を使って防除をするのは今回が初めてでしたが、れいこちゃんとつきちゃんがこの一回で、今後に繋がるマニュアルにして確立していたのがすごかったなと思います。
  
  
 そして最後に待つのが、まえちゃんリーダーの不織布、ミラシート張り係。今回わたしはこのチームになり、まえちゃん、ひろこちゃん、なつみちゃんと播種の最後の工程に携わらせてもらいました。

 育苗トレーがグラウンドに並べられ、左官屋さん、防除の工程を経て、ある程度の枚数が溜まるまでは、わたしたちは育苗トレーを運ぶ役割に入っていたのですが、いよいよ、まえちゃんから声がかかり、グラウンドへ走りました。

■小さな準備が大きな成功に
  
 播種までの準備期間、雨が続いた日に、まえちゃんたちと室内でできる播種の準備を進めました。今回は育苗トレーを並べる列が七列あるため、少しでも早く不織布やミラシートをかけられるように、事前に不織布もミラシートも必要な長さに切り、一方向へ引っ張るだけでミラシートが広がるように、じゃばら折りに畳んでおいていました。

 外での準備ができない分、室内で細かなところを詰めたこと。これがどんなふうに活かされるのか、楽しみな気持ちと緊張する気持ちの両方がありました。

 不織布を張るのも種籾の発芽に関わる、重大なこと。しわなくピンと張ることで、風が入らず、発芽が均等に揃うのだと、まえちゃんから教えてもらいました。
  
  
 不織布は釘を使って、丁寧に留めていきました。片方を引っ張りすぎても、あるいは片一方の人が先に進みすぎてもいけない。しわが出ないように、育苗トレーを挟んだ向かい側にいるまえちゃんと歩調を合わせるように張っていきましたが、思っていた以上に難しく感じました。

 不織布が張り終えられたら、いよいよミラシート張り。(さぁ、準備の成果はどうだろう?)とちょっぴり緊張のほうが大きいなか、ひろこちゃんとなつみちゃんがミラシートの端をもって、反対側へ勢いよく駆けていきました。

 すると、畳まれてあったじゃばら折りがするすると解けて、風のように伸びていきました。一瞬にして、育苗トレーを覆ったミラシート。その速さと美しさに、カメラを構えていた、ちさとちゃんからも感嘆の声が聞こえてきました。

「いいねぇ!」まえちゃんが喜ぶ声がしました。その言葉を聞いて、じゃばら折り作戦が大成功だったんだ!と思いました。

 真っ白なミラシートに光が反射すると、その白光りが照り返すように目に眩しくて、雪が降った日の朝みたいな錯覚に陥りました。

 小さな準備が、結果として大きな成功に繋がることを感じ、それ以降もするすると伸びていくミラシートを見ていると、自分も肯定されていくような気持ちになりました。

■美味しいお米を

 育苗トレーを覆ったミラシートは、風で飛ばないように、そして隙間風が入らないように、ブロックで厳重に周りを留めていきました。事前に用意していたブロックだけでは心許ない部分はさらにブロックを足すことにし、一輪車を使って、ブロックをせっせと運んでいると、四人のチームワークも高まっていくようでした。
  
  
 不織布をかけたり、時には育苗トレーを運んだり……。中庭とグラウンドを行ったり来たりしているうちに、あっという間に四列が埋まりました。

 稲作のメインとなる、うるち米の育苗トレーの枚数も残りわずか。午前中だけで約五分の三ほども進み、良いペースで播種が進んでいました。

 その辺りで時刻が十三時になり、一度、お昼休憩になりました。台所さんが、外でも食べられるようにワンプレートの昼食を用意してくれて、永禮さんもご一緒に、係がある子たちで中庭のテントの下で昼食をいただきました。

 プレートの上にのった、大きなおにぎり。口の中にほおばると、程よく塩気が効いた、お米の甘さが、いつも以上に身体に染み渡って、何て美味しいのだろうと感じました。

 普段、何気なく食べているお米だけど、播種をしているときに食べると、こうして播種があって、田植え、稲刈りをして、ようやくいただけるものなのだと、余計にお米のありがたみと美味しさを感じることができました。

 来年もまたいっぱい、美味しいお米をいただけますように。そんな思いを込めて、エネルギーが回復したところで、午後の部へ突入です。
  
  
 午後からはメンバが入れ替わり、午前中に畑作業を進めてくれていた子たちが、午後には播種へ来てくれました。わたしは引き続き、不織布張りをしたり、ミラシートを掛けたり、手が空くときにはトレー運びに加わりました。

 今年もお母さんの呼びかけで、播種恒例、中庭の草取りもトレー運びと同時並行で行われました。トレーを一枚運んだら、帰り際に中庭の草を十本抜く。

 この日は雨後だったこともあって、地面が程よく湿り、草抜きには最適の日でした。スポスポと抜けていく快感に、一度始めると手が止まらない。

 それはみんなも同じだったようで、気がつけば草抜きに没頭してしまって、お父さんから、「トレー運びの手が足りていないぞ」と声を掛けられてしまうこともあったほどでした。

 中庭の草取りは、なかなか細部にまで手が行き届かないけれど、播種という絶好のチャンスに、中庭からグラウンドのネット際まで、どんどんと範囲を広げていきました。

 大人数の手でやると一気に進み、播種と同時並行で、古吉野周りもきれいにしていくことができて一石二鳥だなと思いました。

■最後の一枚
  
 グラウンドに並べられた育苗トレーは六列目に突入していきます。播種機に付いている、あゆちゃんから、「次のトレーからモチ米になります!」と、品種の入れ替わりの声が掛かると、播種ももう少しだということがわかりました。

 そして、「今から紫黒米!」と聞こえたときは、もうラストスパートだと思いました。

 十五時十分。とうとう記念すべき最後の一枚のトレーを、まりのちゃんが運んできました。それをさやねちゃん、続いて永禮さんが受け取り、苗床へ収めました。

 まりのちゃんが慎重な足取りで最後の一枚を運んでいるとき、その後ろからあゆちゃんや何人かの子が見守るように見ていた姿がありました。一日がかりの大仕事を、みんなの手で成し遂げた達成感と、大きなトラブルもなく、無事に終わった喜びが、ちょっぴり感動になって、その気持ちが表情から見て取れて、わたしも少しうるっとしました。

 全トレーが七列に置かれ、各工程も左官屋さん、防除、不織布張り……と最後の役割を順に終えていきます。
  
  
 わたしたちも最後の役割として、不織布張りとミラシートを張りました。七列目のミラシートもするすると美しく伸びていき、最後まで順調でした。

 始まる前に、あゆちゃんが、「十六時には播種を終えて、片付けまできれいにやりたいね」と話していました。播種が終わった時刻は十五時過ぎ。時間の目標も達成できて、最後はみんなで中庭に集まって、少し休憩もとりました。長かったようであっという間だった一日でした。

 夜にグラウンドに目をやると、白いミラシートが何本にも伸びる景色が見えて、この下で種籾たちが眠っているのだと思うと、稲作が本格的に動き出したことをより実感しました。

 それから一週間後。不織布を外し、ミラシートをはぐると、ぞっくり芽が出揃った苗の景色に一変していました。思わず撫でたい衝動に駆られるほど、草丈がびしっと揃い、苗の緑の濃さがきれいです。
  

播種から4日経った、稲の発芽した様子

  
 それが二十メートルも続いていると、グラウンドに色を塗ったようで、空から見たらどんなふうに見えるのだろう、きっと浮かび上がって見えてきれいなんだろうなと思いました。
 
 毎日、朝夕の水やりも始まり、これからは田植えまで水やりの量や頻度も増えていきます。枚数が多い分、みんなと時間を上手に使って、効率よくやっていきたいです。

■おじいちゃんの知恵
  
 今回、わたしは初めて種籾の芽出しにも携わらせてもらいました。
 野菜にも芽出しはあるけれど、種籾はもっと繊細でシビアで、浸種から催芽までの約三時間おきの見回りは、味噌の糀づくりを思い出し、まるで赤ちゃんを育てているような気持ちでした。

 まえちゃんやまことちゃん、なるちゃんが夜中も見回りを続けてくれて、出過ぎず、出なさすぎずのベストな芽の長さの状態で湯から上げてくれました。その後も播種当日までどうか生育が行き過ぎませんように(芽が伸びすぎませんように)と緊張しながら、種籾を見守ったときもありました。
  
   
 播種が迎えられるまでに、いくつもの工程を得て、ようやく種籾が用意できる。

 そのことをより深く知る機会になり、これまで盛男おじいちゃんが教えてくださった知恵を、まえちゃんの姿や言葉から教わり、自分の中にも少しでも落とすことができた気がしました。

 一つ知ると、見え方が変わります。種籾の芽だしを通して、播種に対する見方も新たな視点で見ることができて、出揃った苗を見たら、より嬉しさが倍増しました。

 今年も稲作が成功して、豊作になりますように。