「確かなものとして」 ひろこ

5月20日(金) 

(昨日、日記に書けなかったことを書きます。)
 夜の集合のお話で、 『恐怖を取り除けば、摂食障害の症状を消すことが出来る。』 と教えてもらいました。
 恐怖、つまり、恐れる気持ち。不安とも言えます。それが、症状を引き起こす。逆に言えば、その不安を取り除くことで、症状を消すことが出来る、と。

 そのお話を伺い、ものすごく納得しました。私は、心の中にうっすらと常に不安を抱いて生きていたと思いました。それが、自分が完全に抜けきれない原因だったのだと思いました。なのはなに来て、過食嘔吐などの症状は治り、気持ちも体も安定している中で、いざという時に心の底で引っかかるものがありました。私の場合、過去の記憶に対する恐怖はなく、未来に対し不安を抱いてしまう、不安の先取り。分からない未来に対する不安を抱いてしまったり、思い込みの被害感情。評価を恐れる気持ち。

 お父さんは、助けてくれる人がいる。だから自分は大丈夫なんだと信じること。一番は、ダークマターを信じることが大切だと教えてくれました。
 私は、もっと自分自身と向き合い、自分の中にある恐怖や不安とは何か、何がひっかかっているのか、何が未消化なのかを知り、解決する必要があると思っています。

 けれど今、ダークマターやなのはなファミリーを信じる気持ちは自身を持って『ある』と言えます。なのはなファミリーが私の家で、たくさんの仲間がいます。何があったとしても、困ったら必ず助けてくれる。絶対に見捨てたりしない。私が私であること、私という存在を大切にしてくれていること。信じて下さっている事。そして、私はダークマターに包まれていることを実感しています。信じることが出来ます。それに、自分は、生かされていると思えてなりません。自分には使命があって摂食障害になり、なのはなの子になれたのだと思えてなりません。それは、なのはなファミリーやダークマターを信じられなかったら思えないのでは無いか、と思います。

 この信じる気持ちをもっと大きくして、確かなものとして、絶対に良くなりたいです。私は、明るい未来を信じます。 

 お父さんお母さん、私は最近、身体が動きやすくなったと感じます。作業でも当番やお掃除でも、何をしていても、面白さや楽しさを感じ、もっとより良くしたいという向上心がわき出てきます。毎日のお風呂掃除やトイレやシンク掃除では、ぴかぴかにするのがとても楽しくて、やり甲斐を感じながら、同じ当番の子と協力してやるのが嬉しくて、楽しいです。お互いに今日はここをしたよ。明日はここの重点的にしよう。と報告しあえるのもとても嬉しいです。お米研ぎでは、ぬかの残らないように、真っ白でふっくらと美味しいご飯を目差して極めているのですが、お米の水加減も上手く判断出来るようになって、つやつやの美味しいご飯が炊けるようになってきて、嬉しいです。

 昨日は草刈りで、午前にあゆちゃんに草刈りのアドバイスをもらい、午後はあゆちゃんに託され、田んぼの草刈りをました。とくに畔際を綺麗に刈るという任務をもらい、いかに綺麗に刈るか。あゆちゃんならどう刈るか。スピード感や質をイメージしながら、極めていくことが、凄く楽しいなと感じました。

 今日は、桃の防除の作業に初めて入らせて頂きました。とても緊張しました。あんなちゃんは、丁寧なのに確実に葉の裏表、1枚1枚、枝の先まで、全体にかけ、且つスピーディーで重複もなく、無駄がない。その仕事の質の高さが凄いなと感じました。

 いざ自分がやってみると、同じようにはなかなかいかず、難しいなと感じました。あんなちゃんが、「桃と会話をするように」「実に確実に噴霧する意識で」「常に集中して見る」等と教えてくれました。あんなちゃんがどれだけ心と頭、気持ちを使って桃と向き合い、手入れをしているかを思いました。そのあんなちゃんの気持ちまでコピーをしたい、と思いました。でも、難しいのだけれど、心を使って集中して、桃と向き合い、桃の未来を見据え、防除をしていくのが、楽しいと思えました。ちゃんと的確に防除が出来るようになりたい、そう強く思いました。あんなちゃんの姿を目に焼き付け、今日教えてもらったことをきちんと自分に入れ、次に活かします。防除の後は、摘果を進めました。摘果の作業も楽しいです。桃の未来を見て、日当たりや葉の枚数、木の全体の状態をふまえ、考え、摘果をしていくのが、インタレスティングな楽しさがあります。
 桃の作業は繊細で、心も頭もものすごく使うけれど、そんな作業が、自分は好きで、楽しいなと感じます。
 もっと役に立てるよう、成長したいです。