「優しい世界を作っていく」 ななほ

5月8日

・お母さんを思って

 母の日。お母さんのリクエストメニュー。餃子とチャーハン。
 昨日は朝からあゆちゃん、りゅうさん、そしてひでゆきさんも一緒に家族全員で餃子とチャーハンを作りました。

 私は写真を撮っていたので、餃子を包みそびれてしまったのですが、家庭科室の机に次々と、綺麗に包まれた餃子が並べられていき、それを見ているだけで、ワクワクとした気持ちになりました。
 あゆちゃんがお手本を見せてくれながら、みんながお母さんを思って餃子包みをしている姿は、その場にいるだけで温かい気持ちになったし、いつ、写真を撮っても、希望のある笑顔で溢れていて、これが幸せということなんだなと思いました。

 餃子作り。ただ、それだけなのに私にとってはこれ以上ないくらいに嬉しくて、1日1日、今日も幸せだな、楽しいなと感じます。
 台所に行くと、また空気が変わり、りゅうさんを中心に体育会系のチャーハン作り。

「チャーハンは炒めるというより、フライパンに押し付けるようにして、その後、フライパンを振る~!」
 りゅうさんの作ってくれる、明るい空気、活気のある空気、思わず笑ってしまいくらいに元気の出る声に、私もパワーをもらうし、りゅうさんの隣でひでゆきさんが炒飯を作っている姿を見ると、これから、なのはなの台所にはどんな未来が待っているのかなと嬉しい気持ちになりました。

 大好きなお母さんに感謝の気持ちを込めて、みんなで楽しく作った餃子。そして、りゅうさんやひでゆきさん、台所チームのみんなが作ってくれたパラパラでプロのシェフが作ったようなチャーハン。
 あゆちゃんが餃子を焼いている姿を見ているだけで、私も生まれた時からずっと、なのはなで過ごして来たかのような満たされた気持ちになりました。みんなでたった1人の為に料理を作る時間は、まさに、カレンダーを見ても日曜日って、分かるくらいに賑やかで、こんな風に過ごせる今が、幸せだなと思います。

 夜にはお仕事組さんを代表して、ひろちゃんとなおちゃんがお母さんへの手紙を読んでくれました。
 その手紙を聞いていると、お母さんがその子にかけた言葉から私は答えをもらって、救われたような気持ちになりました。考えてみると、いつも、私はそうなのかもしれないです。

 例え、自分にかけてもらった言葉じゃなくても、お父さんとお母さんが集合で話して下さることから、卒業生の事を話してくれることから、ハウスMTで日々の質問でお父さんとお母さんがいうその子への答えから、私はいつも救われて、正しい方に引っ張ってもらっているなと思います。

 気持ちが落ちることもある、自分が今どうしたいのか、どうしたらいいのか分からなくなることもある。でも、そんな時、私が落ちすぎずにちゃんと、道をぶらさずにいられるのは、日々、お父さんとお母さんの言葉から小さく救い上げてもらい、間違った自分の気持ちや志を軌道修正してもらっているからだなと感じます。それは、ものすごく幸せなことです。

 学校でも、病院でもない、なのはなファミリーという場所。なのはなでは回復させてもらう人、回復させる人ではなく、いつもお互い様です。だから私も、受け身ではなく、気が付いた時に回復する、気が付いた時に拘りや雑念を捨てて、自分がこうありたいと願う理想に近づこうとする。

 そして、回復して、自立してなのはなの気持ちを広げている仲間がたくさんいます。
 私もお母さんの仲間としてこれからもずっと生きていきたいし、ひろちゃんとなおちゃんの手紙に涙が出て、この仲間とお母さんの求めるような世界を、優しい世界を作っていくんだと希望を感じました。

・母の日

 お母さん、いつもありがとうございます。お母さんに出会えて、私は初めて、未来に希望を持つことができました。

「もう、安心していいんだよ。お前は、なのはなの子だよ。お父さんとお母さんの子になりな。ほら、顔をあげて、」
 なのはなに来たばかりのころ、ずっと泣いていた私にお母さんがそう言って、私の顔を包み込むように手を伸ばし、笑いかけてくれた時、悲しい涙が安心の涙に変わりました。

(人は、安心したり、嬉しくなったり、希望を感じた時もこんな風に、涙が出るんだな)
 これまで、泣きたくても泣くことを許されずに、必死に涙をこらえようとしてきた私は、いつの間にか苦しい時や分からない時の涙は出るけれど、嬉しい時に涙が出ることを忘れていました。

 それでも、私は泣いている姿を見られるのが怖かったり、申し訳なくてなのはなに来てからも、泣く時は1人でトイレの中で泣いていた私がいました。そんな時、お母さんが怒りも、慰めもせず、ただただ、頭を優しくなでてくれて、ものすごく心が落ち着いたのを覚えています。

 いつも怒られるんじゃないか、馬鹿にされるんじゃないか、見放されるんじゃないかと不安になり、良い子であろうとしていた自分。お母さんと話をすると、もう、そんな縛りの中で生きる必要はないことを感じます。
 今まで自分が身に着けてきた鎧。その鎧は自分でも分からないくらいに複雑で、とても重たかったけれど、お母さんと話したり、お母さんの姿を見ているだけで、私は自分で自分を縛って、海に沈んでいただけなんだと気づきました。

 今でも、時々、道を踏み間違えそうになった時、判断に迷って苦しくなる時があります。でもそんな時、いつもお母さんの、「前向きな所にしか答えはない」という言葉が浮かんできます。
 私が生きる道は1つ、私の回復する道も1つ。

「ななほは、お父さんとお母さんがこんな風に成長していってほしいな、という理想のようになのはなで成長してくれていて、そのまま大人になっていってほしいです」
 お母さんがそう、話して下さる度に、どんなに自分が未熟でも、不出来でも、これといった、得意なこともない私でも、私はこのままでいいんだ、なのはなの子なんだと希望を感じます。

 自分の精いっぱいで、泥臭く生きていく。足元の幸せを感じながら生きていく。
 私はずっと、幸せは未来にあるものだと思っていました。その為なら、どんな努力も我慢も耐えられる、そんな生き方をしてきました。でも、そうしているうちに、何をしても心から楽しむことができない、自分が何をしたいのか、どうなりたいのか分からない、自分の意思も未来も見えなくて、苦しかったです。

 お母さんに出会って、お母さんの夢を聞いて、私は視界が開かれていくのを感じました。
(もう私は1人じゃない、今は諦めない、力強い仲間がいる。私はこの仲間と、手を繋いで、新しい世界を作る、切り開いていく。自分の足で、ちゃんと未来を生きていく)

 お母さんが誰かにかけている言葉、お母さんがお花を生けている時の表情、お母さんと廊下ですれ違う度に、お母さんの笑顔は「ななほ、大丈夫だよ」「ななほ、このまま真っすぐ、成長していってね」
  と言ってくれているようで、お母さんの存在に私は救われ、なのはなの一本道を生きることができます。

 そして、私もお母さんの求める世界、大きくて豊かで、彩のあるお母さんの夢をかなえる仲間です。お母さんに出会って、初めて持つことができた明るい未来、夢。お母さんの存在に初めて、気が付くことのできた自分の間違っていた価値観と、新しく気が付いた足元の幸せ。

 どんなに未熟でも、私はなのはなの子であり続けます。例え、挫けそうになっても、間違った方へと引っ張られそうになっても、私にはずっとなのはながあると思うと、なのはなの気持ちでいることができて、お母さんの言葉に正しい方へと修正してもらっています。

 上手く言えないけれど、お母さんのことが大好きです。お母さんは私の中で、今の時代の先頭を切って走る戦士です。
 私もお母さんのような考え方、良かれの気持ち、心と身体の使い方ができるよう、これからも成長していきます。いつもありがとうございます。